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020 異なる二人

 キッチンの蛇口で青年に水を出してもらって、とりあえず手を洗わせてもらった。

 それからさっさと席についた彼の向かいにある椅子を借りる。テーブルの上にはホカホカと湯気を立てるスープとお肉、そして目玉焼きとサラダが用意されていた。

 若干落ち込んだ気持ちとは裏腹に、じゅわりと口内に唾液があふれる。どんな状況でも体は本能に忠実なのだと、思い知った。食欲には勝てない。



「ん」

「ありがとう」



 長いバゲットを器用に切り分ける青年から一切れ貰う。なんていうか、慣れないヨーロピアンな食事風景にちょっと戸惑いつつ、胸の前で手を合わせた。



「いただきます」

「……おう」



 私の行動を見て、食べ始めていた青年が物珍しそうな顔をした。そんな彼の口元にパンくずが付いているのを見つけ、つい微笑ましくなる。



「ここ、ついてるよ」

「んぁ? ああ、どうも」



 自分の顔を使って、そのことを教えてあげる。

 すぐに同じ場所に手をやって、パンくずを取った青年は少し気恥ずかしそうなそぶりを見せながら、また大きな口でパンにかぶりついた。ああ、最後に教えてあげた方がよかったのかも、と脳裏でこっそり苦笑いを浮かべる。


 さて、冷めてしまわないうちに私もいただこう。

 青年の食べ方を見習って、なんのお肉かわからないけど(深く考えるのはやめておいた方がよさそうだ)パッと見では、牛平肉っぽいそれを薄くスライスしたバゲットの上にのせる。

 青年の真似をして、大きな口を開けてかぶりついた。

 自分の作ったものを人に振舞うというのは、結構気になるものだよね。青年もそうなのだろう、やや緊張したような表情で私の様子を伺ってくる。

 けれどそんな不安そうな顔をしていたのはたった数秒だけで、もぐもぐと噛めば噛むほど口元が緩み目尻が下がる私を見て、彼は盛大に噴き出した。失礼だぞ。



「おいしい~、いくらでも入りそう」

「ハハッ、そりゃどーも」



 ごっくん、とあっという間にひと口目を飲み込んで、呟いた感想に青年が可笑しそうに笑う。

 かかっていたソースはどうやら玉ねぎ系だったようで、コッテリしてそうな見た目よりもずっとサッパリしていて、食べやすい。ほんのり甘味もあって、非常に私好みな味付けだった。サラダにも合いそうなソースである。



「まァ、あんだけ“良い音”させてりゃ、なに食っても旨そうだけどなァ?」

「うっ……お恥ずかしい。でも、本当に美味しいよ。見た目ほど油っぽくなくて、サッパリしてる」



 ニヤリ顔でからかってくる青年に、引っ込んでいた羞恥心がぶり返す。素直に熱くなる顔が余計に恥ずかしくてそっぽを向けば、彼はさらに楽しそうに笑みを深めた。

 くっそ、恥ずかしいけど、推しが楽しそうで何よりです……! 悪戯っ子のようなその笑顔、プライスレスです。



「そうかァ? ただのロッシュ=ボアの肉だぜ」

「そ、そっかぁ」



 「ろっしゅぼあ」とやらがどんな生き物なのかはわからないけれど、青年が機嫌よさそうなので、なんでもいい。オタクにとっては推しが嬉しそうにしている、それだけで平和なのである。 


 ……あー……しあわせ……!

 推しが作ってくれたご飯とか、それだけでも拝み倒したくなる代物なのに、こうして向かい合わせで食事とか、最&高すぎる。あーもう、存在自体が尊い……生まれてきてくれてありがとう。

 っていうか、そんな強面ヤンキーみたいなルックスで料理も出来ちゃうとか……。

 ……めっっっちゃくちゃ……いい……! 素晴らしい。そういうギャップ大好きです。ありがとうございます。



「ん。あ、それは下の棚な」

「はぁい」



 幸せいっぱいな空間で夕食をいただいたあとは、もちろん後片付けである。お礼もかねて本当は食器を洗うところから全部私がやりたかったんだけど、残念ながらキッチンの蛇口も『魔道具』だそうで……私じゃ使えなかったんだよね。うん、何となくそんな気はしてた。

 なので、青年が洗った食器を拭いて棚に戻すというお手伝いをさせてもらっている。

 二人分の食器はあっという間に片付いた。最後に濡れた手をタオルで拭けば、どことなく気まずい沈黙が訪れ、二人して立ち尽くす。



「……えーっと、それじゃあ、私の話を聞いてくれる?」

「……そうだな」



 はー、と大きなため息をつき、頭をかきながら青年が先ほどの席に戻る。私もスリッパを鳴らしながら、あとに続き、向かいの席へ。



「信じられない話だろうけど、この状況で君に嘘をつく必要もないから、正直に話すね」

「おう」

「私、この世界の人間じゃないの」



 背筋を伸ばし、青年のヘーゼル色の瞳を見つめながら言い切った。

 途端に、不安が心を埋め尽くす。早まったかな、気持ち悪いって思われたらどうしよう、そもそも信じてもらえないかな、とネガティブな感情が一気に湧き出てきた。緊張から口の中が渇き、冷えてきた指先をぎゅっと握りしめる。



「…………」



 青年は沈黙を保っている。

 テーブルの上で静かに揺れる蝋燭の炎のお陰で、彼の顔は良く見えるけれど、生憎なにを考えているのかサッパリ読めなくて、一秒ごとに不安が蓄積していく。

 ふいに青年が立ち上がった。無言でドアの方へと歩き出した彼に、思わず視線を落とす。けれど、すぐに仕方ないことだと思い直した。

 誰だって、厄介ごとに巻き込まれたくないものね。


 ……さて、これからどうすればいいのかなぁ。とりあえず、安全に夜を越せるところを探さなきゃ、と今後の予定を立てながら、立ち上がる。

 ふと、青年の広い背中が視界に入り、感情が波立つ。優しい温もりを覚えている肌が、寂しいと訴える。けれどそれは抑えこむしかない。

 これでも大人だもの。引き際は分かっているつもりだし、ただでさえたくさんお世話になったんだし、どうせならありがとうと笑顔でお別れしたい。


 青年のあとに続き、ドアの前までやってきた。あとは、彼がこの扉を開くのを待つだけ。

何を言われてもちゃんと「ありがとう、お世話になりました」と言えるようにと、深く息を吸って、心を落ち着かせる。



「あ? なについて着てんだよ?」

「……え?」



 振り返った青年の不思議そうなお顔を、ポカンと見上げる。

 想像し身構えていた言葉と違い過ぎて、なにを言われたのか理解が追いつかない。

 立ち尽くす私を気にすることなく、彼は玄関を通り越して部屋の隅にある棚の引き出しをあさり始めた。探し物がなかなか見つからないのか、次々と引き出しを開けていく青年の背中をぼんやりと見つめる。


 ……あれ、追い出されるんじゃなかったの?


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