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018 目覚めても夢も中

「重いよね? 疲れたらすぐに言ってね、自分で歩くから」

「はァ……うだうだ、うるせェなァ本当に。お前みてェな薄い奴一人背負うくらいで、へばるわけねェだろうが」



 こちらとしては気を使ったつもりなんだけど、どうやら青年は侮辱されたと思ったらしく少しだけ苛立った様子で「なめんな」と言われてしまった。

 そうじゃないんだけどなぁ……と、大きな背に揺られながらひっそりと苦笑を浮かべる。正直この状況が気恥ずかしくてたまらないけど、これ以上余計なことを言わない方がよさそうだし、大人しく黙っておこう。


 一定のリズムを刻む穏やかな振動、接触面から伝わる温もりがとても心地いい。

 なんて思っていたら、だんだん瞼が重くなってきた。疲労が溜まっていたこともあって、レベルの高い睡魔が襲い掛かってくる。流石に寝ちゃダメだろうと、必死に抗うけれど悲しい事に私のヒットポイントの残量は少なく、薄れゆく意識の中で最後まで「ダメ」だと思いつつも、結局のところ白旗を上げてしまった。





「ん……あれ……?」



 気がつくと、見知らぬベッドの上にいた。霧がかかったような覚醒しきらない頭で、見慣れぬ天井を見つめる。

 あれ、この木目の天井、照明がない……と、疑問に思ったところで、急に脳にスイッチが入った。今日一日で体験した散々な光景がフラッシュバックし、嫌でも状況を理解せざるを得なかった。

 私、まだあの怖いファンタジーの世界にいるんだなぁ……



「……どうやったら帰れるんだろう……」



 不安を呟きながら、重く軋む身体をゆっくりと体を起こす。

 肩から滑り落ちてくる髪を抑え薄暗い部屋を見回せば、ワンルームだということがわかった。一人暮らしには十分な広さだ。

 青年の姿はない。耳を澄まさずとも物音ひとつしないので、恐らく外出しているのだろうと察する。早く帰ってきてほしいなと、よそ様のお宅に一人でいる居心地の悪さに子供のような事を祈った。


 最初は暗くてよく見えなかったけれど、目がだんだんと慣れてきて部屋の様子がわかるようになった。

 私が今いるベッドのすぐ傍には小さなサイドテーブルがある。その上には使い込まれた燭台があって、この部屋との違和感のなさに唇が歪んだ。ドアの直ぐ傍にはキッチンらしきスペースがあり、小さなテーブルと椅子が二脚あった。


 大きめな出窓の直ぐ傍には、年季の入ったカウチソファがあり、見覚えのある鞄や手袋、そして剣などが無造作に置かれている。肘掛の部分にはたたんで直すのが面倒だったのか、シャツが数枚かけられていて、主の性格を表しているかのよう。あの青年の私生活が垣間見える光景に、なんだかちょっと、ほっとした。


 ぼんやりと私の部屋とは似ても似つかないこの部屋を眺めていると、不意にキッチンの直ぐ傍にあるドアがガチャリと音を立てた。そして以外にもゆっくりと開いたドアから、青年が入ってきた。

 慣れた様子で後ろ手で鍵を閉め、すぐ傍にある棚の上にカギを置く。そこで私に気がついたらしい。



「んぁ? ンだよ、起きてたんなら明かりくらいつけろや」

「えっと、今起きたところなの……」



 至極当たり前のように言われた言葉に、苦笑いを浮かべてそう告げる。

すると、スリッパに履き替えた青年が荷物をテーブルの上に置き、サイドテーブルの上の引き出しを開けて、手際よくマッチで蝋燭に火をつけた。そしてその燭台を持ち、暗くてよく見えなかったけれど四方の壁に掛けてある燭台へと火を移していく。

 あっという間に、薄暗かった部屋が、小さな炎が作り出す暖かな明かで照らされた。



「腹ァ減っただろ? 準備すっから、その間にサクッとシャワーでも浴びてこいや」



 そう言った青年が持っていた燭台をキッチンの傍にあるテーブルの真ん中に置いた。代わりに先ほど置いた荷物を、キッチンの作業スペースらしき所へと移動させる。

 まな板と包丁を取り出し、料理の準備を始める青年の手際の良さに思わずポカンとしていると、フライパンを片手に振り返った青年が「また寝ぼけてんのかァ?」と片眉を吊り上げた。



「お、起きてます……ただ、ちょっと驚いたっていうか……」

「はァ?」



 まるで泊りに来た友達でも相手にするように接してくれることに、戸惑いが隠せない。だって私たち、今日が初対面だし、青年にとって私は面倒事でしかないはずなのに。

 とりあえず、ベッドから出よう。そう思って足を下ろしたら、足先に柔らかな何かが当たった。驚いて足をひっこめつつ反射で触れた物の正体を探ると、スリッパが揃えられていた。

 有難く使わせてもらって、立ち上がる。完全に筋肉痛になっている体のあちこちが悲鳴を上げるけれど、そこはグッと堪えて。



「寝ちゃったうえに、ベッドまで借りてしまってごめんなさい。本当に何から何までお世話になってしまって……」



 頭を下げる。

 申し訳なさと感謝の思いが胸中で競り合いを起こして、上手く言葉にならないのが、情けなさに拍車をかけてくる。

 はあ、と大きなため息が部屋に落ちた。「だァら」と、青年の低いけれど落ち着いた声が続くのを聞いて、おずおずと顔を上げた。

静かなヘーゼル色と目が合う。鋭さを感じさせる三白眼が、ほんの少しだけ目尻を下げているように見えた。



「そんぐれェ別にいいつーの。アンタ礼言うのも謝んのも好きだなァ」



 呆れ交じりにそう呟いた青年が、手にしているフライパンでベッドの向かいにある二つの扉を指す。



「手前がトイレ、奥がシャワールームだ。10分で上がって来い」



 制限時間を告げるだけ告げて、青年はさっさと背を向けた。これ以上会話を続ける気がないという、意思表示に乱してしまったベッドを整え、教えてもらったドアへと向かう。

 ふかふかで肌触りはいいけど、大きいせいでスリッパがペッタンペッタンと間の抜ける音を立てた。



「それじゃあ、ありがたくお借りするね」

「あと9分だからな」

「……頑張るけど、オーバーしたら私のことは気にせずに先に食べてね」

「おー。中にあるもんは適当に使え」

「はぁい」



 一声かけてドアノブに手を伸ばせば、背中越しに軽口が返ってきて思わず笑ってしまった。意外と茶目っ気があるというか、本当にギャップだらけな青年である。

 癒されるなぁ、とオタク心を潤わせながらドアを潜る。小さな脱衣所にはコンパクトな洗面台もついていたんだけど、特に気にすることなく服に手をかけた。



「わぁ、猫足バスタブだ」



 パパっと服を脱いで、棚の中からタオルを一枚かりてバスルームの扉を開く。途端に目に飛び込んできた、女性なら一度は憧れたことはあるだろうと勝手に思っている、可愛らしいバスタブに目を奪われた。

 途端に心が弾む。しゃがみ込んでみたり、角度を変えたりして思わず堪能してしまった。



「ってこんなことしてる場合じゃなかった……」



 しばらくして我に返り、濡れないようにタオルをバスタブのふちにかけ、シャワーヘッドへと手を伸ばす。何の違和感もなく、それを取って、当たり前のように蛇口をひねろうとしたその時。ふと、目の前の鑑に視線を移した。それは、自然の流れだったと思う。



「え?」



 だから普通は、こんな風に戸惑った声を出す必要はないはずなのに。喉の奥から自然と漏れたその音は、弱弱しく頼りないものだった。

 シャワーヘッドに手をかけたままのポーズでフリーズする。いや、動けなくなったというのが正しいかもしれない。

 鏡の中から私を見つめてくる“少女”から目が離せない。



「おい、どうかしたか?」

「あっ、ううん、大丈夫。なんでもないよ」



 あまりにも物音がしないからだろうか、ドアがノックされ青年から声がかかったことで、慌てて脳が再起動する。咄嗟に口をついて出ていった「大丈夫」は、ほぼ無意識だった。

 シャワーヘッドに伸ばしていた手を戻して、そっと両手で頬に触れてみる。私の手の動きに合わせて、鏡の中の“少女”も同じ動きをして、“私”より丸いように思える頬がむにゅむにゅと形を変えた。



「ねえ、青年」

「あ? なんだよ」



 思わずまだドアの傍にいるかどうかもわからない青年に、呼びかける。どうやら届いたらしい。ぶっきらぼうな言葉を聞きながら、右手で頬をつまんで伸ばす。地味に痛い。



「私、いくつだと思う?」

「はぁ?」


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