想定可能回避不能
「それでこそヴァルクよ」
僕が頷いたとたん、破顔したミリティアは抱きついてきた。
「ちょ」
ただでさえ胸が色々ギリギリだったのに急に動いちゃ、なんて長々と言っている時間は皆無で、二音発するのが精いっぱい。そんな僕を誰が責められただろうか。
「えへへ……あれ? 胸元が――」
ミリティアは漸く零れ落ちそうだった胸に気が付いたらしい。過去形になっているのは、うん、まぁ、ぽろりと零れ出たからなのだが、抱きつかれて両腕を封じられた僕に耳を塞ぐことなんて出来なかった。
「っ、きゃあぁぁぁ!」
絹を引き裂くような悲鳴と言うのは、こういう悲鳴なのだろうか。
「っ」
やっぱりとは思ったが、至近距離からの絶叫にはきついモノがあった。
「おい、何があった?! 今の悲鳴はお嬢様のものだぞ!」
「あっちゃあ」
「あっ」
そして悲鳴を上げてしまえば、もうこうなるんじゃないかと思ったけれど、まさに予想通りの方向に状況は転がる。ミリティアはようやく自分のあげた悲鳴が拙いモノだと理解したみたいだけど、護衛か御者か知らないけれど、ミリティアの悲鳴はついてきたと思しきミリティアの家の人に完全に聞かれた後だ。
「完全に性犯罪者じゃないですかーっ!」
零れ出た胸、ミリティアと密着した僕。抱きついてるのはミリティアの方の筈だが、きっと人はそんなところ見てくれない。さっき泣いていたから赤いミリティアの目とか、涙のあととかそっちに目が行って僕を追いつめるんだ。
「どうしてこんなことにっ」
頭を抱えたくなるが、もうこのまま逃げるしかない。
「申し訳ありませんけど、勝手口、勝手に通りますよ! ミリティア!」
さっき外で声を出した人が駆けこんでくるまで、もう時間はないだろう。ミリティアが何とか自分の胸を服に詰め込もうとし始めたおかげで自由になった腕で、僕はミリティアの二の腕をつかんだ。
「っ、そ、そうね」
追手が来るからせめて走ってと言う言外の訴えが通じたのか、ミリティアもこっちを見て頷くと胸との格闘をやめ、行きましょうと答え走り出す。僕としてはありがたい、ありがたいのだが。
「で、走り出したのはいいんですけど、相手は馬車の御者か護衛ですよね? 馬をはずされて追跡されたらあっという間に追い付かれそうなんですけど」
「それは大丈夫よ。私が技能さえ使えば」
「あー」
懸念にあっさり答えられて、内容の方には僕も納得するしかない。ミリティアが目覚めた技能はかなり強力なモノなのだ。