彼女のターン
「一体何を?」
そう言いたくても、口をふさがれていては不可能だ。もっとも、その拘束は長く続きはしなかったのだけれど。
「ぷはっ、はぁはぁ」
「ミリティ……ああ」
至近距離で荒い呼吸をしているミリティアに一瞬訝しむが、直前に泣いていたことを思い出して、おおよそ理由を察す。鼻が詰まって呼吸ができなかったんだろう。もちろん、それを口に出すほどの度胸もなければ、空気を読めなくもない。
「ふぅ、これでいいわ」
「え?」
「『え?』じゃないわよ!」
ただ、その後に口にした言葉の意味は分からなくて、キョトンとした僕にどこかむっとした様子でミリティアは腰に手を当て前のめりになる。
「ちょ」
「いい? これで私はお嫁にいけなくなっちゃったわ」
顔が近い。さっき唇が触れたばかりではあるが、だからこそか、直視もできない僕にミリティアは僕の理解が及ばないことを口にした。
「たまたま市井の料理店で再会したヴァルクに、私は個室に連れ込まれて、そう言うことになった」
「えっ、個室と言うかただ衝立があるだけの様な……」
そも、そう言うこととはどういうことだというのだろう。
「ヴァルクはわたしの初めてを奪うだけでなく、仕込まれた護身術と力で私をねじ伏せて、裏口から連れ出すの」
「え゛」
「どうにか逃げようとした私が付き飛ばしてしまった店の主人は腰を痛めてしまってどうしようもなく――」
「えっ、えっ」
これはツッコんだ方がいいんだろうか、それとも一応最後までいってから尋ねた方が良いんだろうか。
「お嬢様」
「あなたに類が及ぶのはさすがに悪いもの、それに床に倒してしまったのは事実だし……で、ヴァルク」
何か言いたげな店主にきまり悪げにそっぽを向いて告げると、ミリティアはすぐ僕に向き直った。
「街を出るというなら、ちょうどいいわ。約束、覚えているわよね?」
「へっ? あ、や、も、もちろんだけど――」
流石に鈍い僕でも何のことかはわかる。
「この機会を逃せば、次はないもの。だから――」
ミリティアは言った、私をさらって逃げなさい、と。