不覚「???視点」
「してやられたわね」
本を売って手に入れた銀貨を手に私は苦笑した。
「あのボウヤ、狙ってやっているのかしら?」
一言でいうなら、入れ違いだ。まず最初に姿だけ見せ、店の外では待ち伏せず、次にあのボウヤが向かった店で再び接触する。
「古本屋で会った時、確かに動揺していたものね」
とはいえ、愚かと言うほどではない。何とか動揺を隠そうとしていた様だった。なら、先に店を出た私が外で待ち構えているのではと警戒ぐらいはする筈。
「そこで肩透かしを食わせておいて不意を突く、つもりだったのだけれど」
ボウヤをやり過ごし、向かった方向から次の店を推測、取り扱う品から予想したさらに次の店で待ち伏せるつもりが、私の待ち伏せていた店に向かう途中で引き返したらしく、行き違いに。たどり着いた店で聞いてみれば、ボウヤは既に買い物を済ませて店を出た後だった。
「旅支度、ともとれる買い物よね」
だが、私を見て動揺したということは、私をどこかで見ているということ。そして、警戒しているということでもある。
「盗賊ギルド……、いえ、シャロスが目をつけたことをどこかで知ったのかしら?」
それで、街から逃げるために旅支度をする。ありえないことではない。
「どういうからくりか興味はあるけれど、今回は縁がなかったということね」
幾らか前に盗賊ギルドに新入りが入った。元々は路上生活者で、家族同然に面倒を見ていた幼子がいたらしく、時折その子の事を気にかけていた。
「あの日、様子を見に行ったのはたまたまだけれど」
下っ端のそれも血のつながった家族でもない子供。私が足を運ぶ義理なんて、欠片もない。
「駄目ね。情けなんて足かせにしかなりはしないのに」
その下っ端が昔の自分の重なって、つい世話を焼いてしまった。その結果、色々と得た情報もあるのだけれど。
「ボウヤは末端構成員の知り合いを、ホンの気まぐれで助けただけでしょうけれど」
情けは足かせ、だけれど借りを作るのも気に入らなくて。最初に姿を見せたのは、探りの意味合いもあるが忠告のつもりでもあった。
「盗賊ギルドは、まだ目をつけているぞ」
と言う。
「けれど、街を逃げ出すというなら、それもあまり意味はなかったわね」
ボウヤがあの末端構成員の知り合いに匿われていたことを知るのは、まだ私と私が自由にできる手駒だけだ。
「黙って居れば、裏切り。だけど知らせるのが少し遅れるだけならば、手違いで済むわ」
その遅れの間にボウヤが街から姿を消しても、ただの偶然だ。
「それに、今のギルドはボウヤにばかり構ってもいられないものね」
街の付与品を扱う店から、技能書が盗まれた。その店はギルドに保護費を密かにはらっていたにもかかわらず。
「あれを放置すれば、メンツにかかわるもの」
動ける人員のうちかなりの数がそちらへ向けられた。中には解体屋と言われる技能持ちが混じっている。技能書で技能を得た相手限定だが、対象を殺すことで技能を奪い白紙の本に注入して技能書を作るというのがその解体屋の持つ技能だ。
「回収、うまく行くのかしらね」
犯人は既に街を出たと言われている。だが、その割には街中の衛兵たちが厳戒態勢をとり続けており。
「あちらは何か掴んでるのかしら? それとも、対外的に犯人を街から逃がしていないというポーズ?」
私たちへのけん制と錯乱の為にあれだけの人員を動かしている、とも思いづらい。
「本当にわからないことだらけね」
そう、わからない。明日の自分がどうなっているかも。技能書の盗難の件で誰が最後に笑うのかも。私を自由にしてくれるような誰かが、現れるかどうかも。
「ふふ」
自分で考えの端に登らせて、ありえなさに自嘲する。盗賊ギルドを丸ごと敵に回しても勝ちうるような人物が味方になってくれなければ、自由を勝ち取ることなど不可能だ。
「少なくとも、これまでは駄目だったわ」
肌を重ね、相手のことを知って失望するの繰り返し。それでも技能を使うのをやめないのは、組織の命だけではない。私が、私を救ってくれる誰かを探すためだった