撤収開始
「ではそろそろ戻りましょうか」
実りがなかったとは言わないが、危険もなく。ただ技能を使うか取り出した品をしまったり処分する時間はトラブルらしきトラブルもなく過ぎ去った。ミリティアも動けるようになって、部屋の利用時間も残りホンの僅かとなれば、あとは帰路につくだけだ。
「元の宿では音が漏れるかもしれませんけど、ミリティアにも技能のことは話しましたから、二人だけの時であればもうこそこそ技能を使う必要はありませんし」
状況はずいぶんマシになったと思う。ここから僕があきらめず技能を使って熟練度を上げていけば、道はきっと開けるだろう。
「もちろん、だからって気は抜けませんけどね。追手の件もですけど――」
明日になれば、あの悪魔が現れてもおかしくないのだから、ただ。
「なるほど、油断はせぬと言うか。だが、俺に言わせてもらうなら隙しかないぞ?」
「え」
唐突に近くで聞こえたミリティア以外の声に僕は固まった。
「ヴァ、ヴァル」
「止まれ」
言葉の途中でミリティアもまた固まったかのように動きを止めるが、僕の硬直とは性質が違う。何より今までここにいなかった「それ」が手をかざし、命じた直後に起きたのだ。
「久しいと言うほど久しくはないか、俺を辱め滅ぼした者よ」
見覚えはなかったが、それが誰かはすぐわかった。そう話かけられずとも、ミリティアに行った何かで推測はついた。
「時をつかさどる悪魔」
「ふ、僕は今日のところは去ると言ったようだが、それはあくまで僕の話だ。今日のうちなら安全とは勘違いも甚だしい」
こぼした笑みは恐らく肯定なのだろう。そして、僕の予想が外れていたなら、アークデーモンの時とはくらべものにならない窮地でもある。
「どうやって書物の封印を?」
「知れたことだ。未来で解いて過去に来た」
聞かずとも考えればたどり着く答えだからか、あっさり明かし。
「……時をつかさどるならそれぐらいは簡単、ですか」
「その通り」
「では、なぜこのタイミングで姿を?」
「それを聞くか? ふん、いいだろう」
僕の問いに顔をゆがめた最上級悪魔は話し始めるのだった。