時と場所を選んでほしいというのは贅沢なのか・前
「こういうのを何て言うんでしたっけ」
結果的にミリティアを誘うことは出来た訳だが、僕としてはこう心の中がモヤモヤしていた。
「うーん」
ミリティアの言でそう言えば僕もいってなかったなと足を運んだトイレの中、唸る声を聞くのはおそらく自分だけ。
「まぁ、それは僕の心の問題ですし、どこかに置いておくとして――」
件の施設を本来の目的で使うつもりであるなら、まだ時間的に早すぎる。今から行って利用できるかも謎ではあるが。
「そも、夕飯の方が先でしょうし」
出発はもっと後でいいだろう。ただし、二人での。
「地図をもらっただけですもんね」
念の為に下調べぐらいはしてしかるべきだと思う。冒険ギルド利用者に追いかけられて逃げ回った結果、スラム地区に逃げ込むしかなかったあの時の反省も踏まえるなら、周辺地形の把握は重要だ。
「誘っておいて迷子になったりでもしたら目も当てられませんもんね」
どこか遠くを見つつ、僕はもう一つ考える。ミリティアにどこまで秘密を打ち明けるかだ。
「実家には戻らないつもりで僕について来てくれたんですから、ここは僕も腹を据えるべきですよね」
現状の技能で取り出せるモノではミリティアと僕、そしてムレイフさんを追っ手とかから守れるかと自分に問うと疑問が残る。
「ミリティアが協力者になってくれれば、『二人っきりになりたい』って名目でムレイフさんに遠慮してもらうこともできるでしょうし」
寄るべく場所もない今、技能の熟練度稼ぎが可能な時間が増えるのは歓迎されるべきことの筈なのだ。
「何と言うべきか、ウジウジ悩むにも限度があるのではないか?」
自分を納得させる言葉を紡いでいると、ふいに隣から声がして。
「放っておいてください。至ら無い部分は解かっているつも――」
応じ返した言葉の途中で、ふと気づく。トイレには誰もいなかった筈、と。
「なっ」
「はぁ、ちょっと油断しすぎではないか?」
弾かれたように脇を見れば、腕を組み呆れたように嘆息する人外が居た。足は二本、腕も二本。だが側頭部には一対の牛か何かを思わせる角があり、背には蝙蝠の様な翼が畳まれ、甲冑とも外骨格ともつかないモノの隙間からは、人のソレにしては青白い肌が覗く。
「初めましてか、人の子よ」
硬直した僕に向かって、その人外は言うのであった、自分は悪魔だと。




