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22話 ペット

 どうやら孵化する寸前だったらしい。

 卵にヒビが入り、どんどん全体に広がっていく。


「エステル、離れろ!」

「やっ」


 なにが出てくるかわからないというのに、エステルは大事に卵を抱きしめる。


 どうする?

 無理矢理引き離すか?

 しかし、そんなことをしてエステルに嫌われでもしたら……

 いやいや、でも、エステルの安全のためには……

 いやしかし!?


 ……なんて迷っている間に、ヒビは卵全体に行き渡り。


「ピィ!」


 ついに卵が割れて、ソイツが顔を見せた。


 両手で抱えられるくらいのサイズ。

 白い鱗と白い羽。

 それと、牙と角。


 一般的に言うと……

 ソイツはドラゴンと呼ばれている存在だった。


「ドラゴンの……子供?」


 まさか、こんなところでドラゴンの子供を見つけるなんて……

 驚いた。

 色々と旅をしてきたけれど、ドラゴンの子供なんて見たことがない。


 なぜ、こんなところにドラゴンの卵が? と疑問に思うが……

 ドラゴンの生態を考えると、あながち不思議なことではなかった。


 強力な力を持つ魔物、ドラゴン。

 そのドラゴンには、とある特徴がある。

 それは、育児がとてつもなく苦手という点だ。


 ドラゴンは育児が苦手で、自分で子供の世話をすることは少ない。

 群れの最下層に位置する飛竜などに世話を任せることがほとんどだ。

 いざ自分で世話をすることになると、うまく子供を育てることができず、死なせてしまうことが多々。


 それだけではなくて、卵を産んだ後、育児を嫌い、そのままどこかへ飛び去ってしまうことがある。

 こんなところに卵があったのは、そのためのだろう。


「ピィ♪ ピィ♪」


 ドラゴンの子供はエステルを見ると……

 その胸に飛び込み、頭を擦りつけた。


 刷り込みだ。

 どうやら、エステルを親と思い込んでしまったらしい。


「わぁ♪」


 ドラゴンといえどまだ子供なので、その姿は愛らしい。

 エステルは目をキラキラと輝かせて、自分に懐いてくれるドラゴンの子供を全力で愛でた。


 なんていうか……

 これは、厄介なことになりそうだ。


「おとうさん」


 エステルは子ドラゴンを胸に抱いて、俺を見た。

 次に出るセリフが容易に想像できる。


「あの……えと……その……あぅ」


 エステルは言葉を紡ごうとして、でも、口をパクパクさせて……

 結局、なにも言わない。


 どうしたのだろうか?

 てっきり、子ドラゴンを飼いたい、と言い出すと思っていたのだが。


「えっと……あのあの……うぅ」


 エステルはぎゅっと子ドラゴンを抱きしめつつ、それでも、「飼いたい」の一言は口にしない。


 いや……口にしないのではなくて、できないのでは?

 エステルがこれまで置かれていた環境を考えると、彼女はわがままを口にすることができない。

 そんなことを口にしたらどうなるか?

 恐怖がこびりついていて、それを振り払うことができないのだ。


 でも、エステルは子ドラゴンを見捨てるということはできず……

 しっかりと胸に抱いて、なんとか言葉を紡ごうとしている。


「……まいったな」

「おとうさん?」

「ソイツ、飼いたいのか?」

「あっ……う、うん!」


 問いかけると、エステルは何度も何度も頷いた。


 今まで、こうしたい、ああしたいと思ったことがあっただろう。

 しかし、生まれ育った環境のせいで、それを口にすることは叶わなかった。


 そんなエステルの初めてのわがままだ。

 言葉にできなかったとしても、十分、その気持ちは伝わっている。


 俺は、エステルの父親になると決めたのだから……

 娘のわがままに応えるのも、父親の仕事ということだ。


 それに、ペットを飼うことは情操教育に良いというようなことを、どこかで聞いた覚えがある。

 子ドラゴンを飼うというのは、大変なことだろうけど……

 それ以上の『なにか』を得ることができるだろう。


「なら、名前を決めないとな」

「ふぁ……い、いいの? この子、飼っていいの?」

「飼いたいんだろう?」

「う、うん……でも、私、こんなわがままを言うなんて……」

「気にするな」

「わぷっ」


 くしゃくしゃと、エステルの頭を撫でた。


「子供はわがままを言ってなんぼだ。細かいことを気にする必要はない。なにかあったとしても、フォローするのは親の仕事だ」

「おとうさん……えへへ、ありがとう♪」


 エステルがとびっきりの笑顔を見せた。

 その笑顔を見ているだけで、心が癒やされていくような気がした。




――――――――――




「シロ!」


 エステルは子ドラゴンを指さして、元気よく言った。


「この子の名前はシロ! うんっ、決定♪」

「ピィ!」


 白いドラゴンだからシロ。


 安直だなあ……と思うけれど。

 当の本人は気に入ったらしく、うれしそうに鳴いていた。


「ピィ~♪」


 子ドラゴン改め、シロはエステルに頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細めていた。

 尻尾がふりふりと揺れている。

 そして、エステルも尻尾をふりふりと揺らしていた。


 似た者同士。

 そんなことを思い、ついつい笑ってしまいそうになる。


「おとうさんも……シロをなでなで、してみる?」

「俺が?」

「うん。シロ……かわいい、よ?」


 元勇者の俺としては、ドラゴンは討伐対象なのだけど……

 まあ、そんなことはいいか。

 今は勇者ではなくて、ただの親だ。


「それじゃあ……」


 そっと、手を伸ばす。

 シロの頭に触れて、よしよしと撫でる。


「ピィ♪」

「おぉ」


 シロはうれしそうに鳴くと、スリスリと頭を寄せてきた。

 尻尾をふりふりして、羽をぱたぱたとさせて、全身で喜びを表現している。


 こういう時のパターンでは、俺には懐かなくて敵意むき出し、っていうのが多いと思うのだけど……

 そんなことはなくて、シロは幼さ故の無邪気さを思う存分に発揮して、俺にも笑顔を振りまいていた。


 なんていうか、これは……


「かわいいな」

「だよね♪」


 シロが褒められて、エステルがうれしそうな顔をした。

 親のような気分になっているのかもしれない。


「ピィ!」


 シロは元気よく鳴くと、羽ばたいた。

 軽くだけど、すでに空を飛べるらしい。


 ふわりと浮き上がり……

 そのまま、エステルの頭の上に着地する。


「ピィ~♪」


 どうやら、そこがお気に入りの場所らしい。

 ひときわ元気よく鳴いた。


「えっと……よろしく、ね。シロ♪」

「よろしくな」

「ピィ!」


 こうして、俺たちの旅に新しい仲間が加わるのだった。

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