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20話 再び東へ

 三日後。

 旅の準備を終えた俺とエステルは、村の出口にいた。


「エステルちゃん、体には気をつけるんだよ?」

「寂しくなるねえ……いつでも帰ってきていいからね? 全力で歓迎するよ」

「旅の間はお父さんの言うことをしっかりと聞くんだよ」

「えと……ありがとう、ございます」


 主にエステルのために、たくさんの村の人が見送りに来ていた。

 小さい子供がいないせいか、半ば、アイドルと化していたからな……

 誰も彼も別れを惜しんでいる様子で、エステルに声をかけている。


 そんな村人たちに感化されたらしく、エステルもうるっとしていた。

 友だちというわけではないが……優しくしてくれた人たちとの別れだ。

 色々と思うところがあるのだろう。


 ……出発は少し遅らせて、思い残しがないように、ちゃんと挨拶をさせるか。


「ああ、よかった。まだ出て行ってなかったんだね」


 振り返ると、宿の女将が。

 その手には、なにやら大きな包みが。


「ほら、これを受け取りな。こいつを作っていたせいで、遅れそうになったよ」

「これは?」

「弁当だよ。こんなところだから贅沢品はないが……それでも、めいっぱいおいしいものを詰めておいたよ。エステルちゃんと一緒に食べておくれ」

「いいのか? 悪いな」

「保存の問題もあるから、一食分しか用意できなかったけどね」

「十分だ」

「昼食はこれでいいとして、夕食はしっかりとしたものを用意するんだよ? エステルちゃんに干し肉とか、そんなものばかり食べさせたらダメだからね?」

「……わかっている」

「その間はなんだい、まったく。そのつもりだったんだね?」


 女将が呆れたような吐息をこぼした。


「できるものならば、きちんとしたものを食べさせたいと思うが……旅の途中となると難しいからな。毎回料理をするとなると、それなりの手間と時間がとられてしまい……」

「あほかい!」

「いてっ」


 ぺこん、と頭をチョップされた。


「エステルちゃんは女の子で、それ以前に子供なんだよ? 今は大事な成長期なんだ。いいものを食べさせて、しっかり栄養をとらせてあげないと、後で後悔するよ」

「うっ」


 もっともな正論に返す言葉がない。

 俺とて、エステルに不憫な思いをさせたくない。

 腹いっぱい食べてほしいし、栄養バランスも考えたい。


 しかし……

 調理スキルが皆無なのだ。

 魔王を討伐する旅をしていた時は、世界の命運がかかっていたから、おいしいものが食べられないとダメだ、とか思うことはなかった。

 腹が膨れればなんでもいいという感じなので、調理スキルが上がることはなかったんだよな。


「ほら、これをあげるよ」


 女将が一冊のノートを差し出した。


「これは?」

「うちで提供してる料理のレシピさ。あと、旅の途中でも作ることができそうな料理も調べて記載しておいたよ」

「それは素直に助かるが……宿の料理のレシピを外に出していいのか?」

「構わないさ。辺境の宿の料理のレシピを知りたがる奇特なヤツなんていないだろうし、そこまで大層なレシピが載っているわけじゃないから、ウチが困ることはないよ」

「そうか……助かるよ。ありたがくいただくことにする」

「元気でね。しっかりとやりなよ」

「ああ、ありがとう」


 女将と握手を交わして、それを別れの挨拶とした。


 ちょうど、エステルの方も挨拶が終わったらしい。

 村人たちにもう一度、ぺこりと頭を下げて……

 ててて……と、小走りにこちらに駆け寄ってくる。


「おとうさん……そろそろ、行く?」

「ああ、そうだな。出発しよう」

「んっ」


 エステルがちらちらと俺の手を見た。

 その意味を察して、手を差し出す。


「ほら。はぐれないように手をつなごう」

「うん!」


 エステルは笑顔になり、うれしそうに俺と手をつないだ。


「それじゃあ、世話になった」

「なりました。えと……またね、ばいばい」


 別れを惜しんでくれる村人たちに手を振り……

 俺たちは背を向けて、村を出発する。


 目指す地は東クリモア。

 新しい旅の始まりだ。




――――――――――




 東クリモアまでは、ここからだと歩いて三日というところだ。

 エステルの足を考えても、遅くても四日で着くだろう。

 村で色々なものをもらったから、水も食料も問題はない。

 無理をせずに、ゆっくりと行こう。


 エステルと手を繋いで歩いて……

 途中、エステルが蝶に誘われるようにフラフラと横道に逸れて、時間をとられてしまう。

 あと、道端に咲いている花を見つけるとその場に座り、ごきげんそうに鑑賞する。


 そんなことを繰り返しているものだから、なかなか先に進むことができない。

 でも、エステルを止めるつもりなんてない。

 色々なものに興味を持つことは、子供の性のようなものだ。

 いちいち止めていたらキリがないし……

 なによりも、そんなことをしたら心の成長を妨げてしまうかもしれない。


 だから、エステルの思うように、好きにさせた。


 ……まあ、危ないところに行きそうになった時は、さすがに止めたけどな。


「あぅ」


 しばらく歩いたところで、きゅるるる、という音が聞こえた。

 エステルが恥ずかしそうに頬を染めて、お腹を押さえる。


「……聞いた?」

「元気な音だな」

「うぅ……お腹の音、おとうさんに聞かれちゃった」

「恥ずかしがることないさ。誰でもそうなる」

「私のこと、食いしん坊、って思っていない?」

「思わないさ。ちょうど、俺も腹が減ってきたところだ。そろそろ昼にしようか」

「うん!」


 周囲の気配を探り、魔物をいないことを確認した後に、手頃な岩を椅子代わりにした。

 エステルは……


「よいしょ」


 俺の膝の上に座る。


「エステル?」

「えっと……ダメ? こうして、おとうさんと一緒にいたいな」


 ダメなわけがない。

 むしろ、もっと来い! という感じだ。


 そんな感じで、二人くっついて昼を食べることにした。


 昼は女将が作ってくれた弁当だ。

 メインはサンドイッチ。

 色とりどりの野菜が挟まれていて、バリエーションが豊かだ。

 おかずにからあげ。

 それと、採れたての果物。

 とてもおいしそうだ。


「じゅるり」


 エステルはよだれを垂らさんばかりの勢いで、弁当を凝視していた。

 猫耳がせわしなく動いていて、尻尾がぶんぶんと揺れている。


「あーん」

「待った」


 さっそく弁当を食べようとしたエステルに、ストップをかけた。

 エステルは止められた理由がわからないらしく、なんで? と小首を傾げる。


「食べる時は、いただきます、だろう?」

「あぅ」


 あまり口うるさいことは言いたくないが……

 こういうところは、きちんと教育しておかないとな。

 将来、エステルが困ることになるかもしれない。


「いただき……ます?」


 食事の挨拶がわからないらしく、エステルは不思議そうにしていた。

 たぶん、ずっと独りの生活だったから……誰もそういうことを教えてくれなかったのだろう。


 今までは、俺もそんなに気にすることはなかったのだけど……

 でも、これからはきちんとすることにした。

 なんたって、俺はエステルの『おとうさん』だからな!


「料理を作ってくれた人に対する感謝の言葉だ。おいしいごはんを作ってくれてありがとう、っていう礼儀みたいなものだよ。あとは、食べものに対する感謝の念もあるが……まあ、そっちは小難しい話になるから、今はいいか」


 小さい子供に他の命を糧に生きる、という話をしても意味がない。


「感謝……ありがとう?」

「そうそう、ありがとう、っていう気持ちが大事なんだ。これは女将が作ってくれた弁当だ。この場にいないけど、お礼を言いたいだろう?」

「んっ」

「なら、ちゃんと言葉にしないとな」

「わかったよ」

「よしよし、エステルはいい子だな」


 すぐに『いただきます』の意味を理解できる子供なんて、そうそういないだろう。

 もしかしたら、ウチの娘は天才なのかもしれない。

 いや、きっと天才に違いない。


「それじゃあ、俺の真似をして手を合わせて」

「こう……かな?」

「そうそう。それで、一緒に……」


 エステルがややぎこちなく両手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。


「「いただきます」」


 温かい陽を浴びながら……

 俺とエステルは一緒に弁当を食べた。


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