街の散策とーー
「それにしても、あんな約束しちゃって良かったの?」
セリアさん達と別れてから当初の予定通り橋を渡り対岸へと着いた頃に、エレナの口からそんな言葉が飛び出した。
「せっかく街を自由に見て回れる時間があるのにね」
少し不満そうに呟いたのは俺の一歩前を歩いていたゼナだ。
明日から観光三昧にする予定だったらしいゼナにとって、今回の判断は面白くないものだったらしい。
あれからセリアさんからお願いされた事は、簡単に言えばクエストを手伝って欲しいというものだった。
特に手伝う必要があるとは思わない編成だと思うのだが、彼女曰く回復職がいるかいないかというのは結構な差があるとのこと。
色々お世話になっていた恩を少しでも返せる良い機会だった為、二つ返事で引き受けたという訳である。
とはいえエレナとゼナを巻き込むつもりはなかったので、二人には自由に街を見て回って良いと言ったのだが……
『三人で回らないと意味ない』らしく、結局二人も手伝いに来ることにしたらしい――無理しないで二人で観光してても良いのに。
それでも今日がフリーであるという事には変わりない。
それに明日は手伝いで潰れるけど明後日は空いている訳だし、まだ皆で観光を楽しむ時間はある筈だ。
「あの場で言った通りお世話になった人だからね。少しは恩返ししたいからさ」
「それ。さっきから気になってたんだけど、あの人との間に何があったの?」
尋ねてきたのはエレナだった。
ゼナも数回頷いて同意の意を示している。
いやぁ、何があったのかと言われてもね……
まさか異世界から来て帰る場所が無かった俺をしばらく泊めてくれた、なんて正直には言えないし。
「えっと……行き場が無かった私を匿ってくれたというか、助けてくれたというか……」
上手く説明出来ずに曖昧な言葉を返すと、謎が深まったとばかりに首をかしげる二人。
「行き場がないって、ユーキお姉ちゃんの家族は?」
「親と喧嘩でもしてるの?」
「そういう訳じゃないんだけど――何と言うべきかなぁ……」
元の世界でも一人暮らしをしていたけど、それは別に親と仲が悪かったという理由ではない。
まぁ色々あったからなんだけど……
こっちでの家族がいるかなんて考えたこともなかったけど、ある意味孤児の様な状態なのかもしれない。
「家族は(ここには)いないんだよね」
「「え」」
悩んだ末に出した言葉だったのだが、それを聞いた二人は絶句してこちらを見ていた。
あれ? 何か変なこと言ったかな?
「気軽に聞いていい話じゃ無かったわね……」
「ごめんね、ユーキお姉ちゃん……」
「え? いや、別にそんな重い話じゃ――」
あ、でも異世界に一人で放り込まれるってのは中々に重い話なのかもしれない。
少し微妙な空気になりつつも様々な店を巡っていると、珍しい品物を扱っているという場所があるという話を耳にした。
どんなものを売っているのか興味が湧いたので少し覗いてみることに。
その店は中央から少し外れた人気の少ない場所に位置していて、外観はこの街でよく見られるごく普通のものだった。
「割と普通の店だね?」
「ちょっと想像していたものとは違ったわね」
「たしかに」
意外と普通な見た目をしていることに驚きながらも店へと入る。
店内でまず目に映ったのは、所狭しと並べられている大小様々な品物。
指輪やらネックレスなどから果ては鎧や剣まで、ジャンルの定まらない物の数々だ。
「見てこれ! 綺麗!」
棚に並べられていたブレスレットの一つを手に取ってこちらに見せてくるゼナ。
赤い宝石のような物の内部に金色で菱形の物体が入った、不思議な石が嵌っているようだ。
「へぇ、結構綺麗じゃない」
エレナもそのブレスレットを見て感嘆の声を上げた――心なしか目も少し輝いているように見える。
女の子って光り物が好きなんだろうか?
他にも色々な装飾品があり、二人して夢中になっていたので他の棚を見にいくことにした。
仄かに光を放つ銀の剣や文字が動いてる本など、普段見ることのない物が沢山置いてある。
どういった仕組みで光ってるんだろう?
文字が動く本は仕組みはおろか、文字自体も読めないものだった。
もしかしたらインテリア用なのかもしれない。
他に人のいない通路を進みながらあれこれと見ていくうちに、一番端の棚があるところまで来ていた。
そろそろ戻るかなと思っていた時、棚の角の方にひっそりと置いてある小瓶がふと目に止まり手に取ってみる。
手の平に収まるほどの小さな小瓶の中には丸薬がいくつか入っているようだ。
「おや……お嬢さん、それに興味があるのかい?」
何の丸薬なんだろうかと考えていると、突然横から声を掛けられた。
視線を向けると、さっきまで誰もいなかった筈の通路にフードを被った小柄な人影現れている。
声からすると女性だと思うのだが、靄がかかったような感じではっきりしない。
「角に置いてあって少し気になって。えっと、あなたは……?」
「私かい? 私はここの店主さね」
「あ、そうでしたか。お邪魔してます」
軽くお辞儀してから店主といった女性? の姿をもう一度よく見てみる。
身長は俺より少し低いくらいだが、頭まですっぽりと覆っているフードがあるので顔は全く見えない。
なんというか上手く言葉にできないけど、不思議な雰囲気を纏っている人だ。
「それは昔私が作った薬でね。一時的に身体を成長させるものなのさ」
「身体を成長……? そんな魔法みたいな薬があるんですか?」
もし本当に効果があるならちょっと試してみたい気持ちもある。
ある意味変身のようなものだし、面白そうだ。
いやまぁ、現状が既に変身してるようなものなんだけど。
「あるさ。私自身で試したから効果は保証するよ――ただ魔力がある程度ある人しか効果が出ないみたいだからねぇ。それも魔力がある人しか見えないような細工を施してたのさ……今までそれを見つけられた人はいなかったんだけどねぇ」
俺が手にした小瓶を指差して説明してくれる店主。
そんな細工があったなんて分からなかったけど、ゼナに教わった幻術の類なんだろうか。
何はともあれ、効果があるなら買ってみてもいいかもしれない。
「そうなんですか。なんだか面白そうですね」
「興味が湧いたなら試してみるかい?」
「いいんですか?」
店主は頷くと、どこからともなく取り出した水入りのグラスを手渡してきた。
まぁ店主がいいって言っているなら大丈夫かな。
小瓶の中から一錠取り出すと口に放り込み、店主から受け取った水で飲み込んだ。
次の瞬間、身体が火照りだすと共に強い目眩に襲われ、思わずその場に座り込んでしまう。
しばらくそのままでいると次第に目眩も収まり、立ち上がると違和感を感じた。
視界に映る景色が先程までより少し高いところから見ているようになっているのだ。
――これはもしかして。
「ほれ、効果あっただろう?」
そう言って店主がこちらに向けてきた鏡には、少し落ち着いた雰囲気の色白な美女が写っていた。





