村から出発
見張りを交代してからどれくらい経っただろう。
遠くに見える山々から顔を出し始めた太陽が、辺りを覆っていた暗闇を徐々に薄れさせながら、これから越えるであろう山の表面を照らし始める。
あれから誰が先に見張りをするかを話し合った結果、『寝ずに動き回っていたんだから、ユーキが最初に休みなさい』というエレナの言葉に甘えて――実際は半ば強制に近い形だったが――先に休ませてもらうことにした俺は、ゼナから見張りを引き継ぐまで横になることができた。
お陰でリオン救出の際に溜まった疲れもだいぶ癒えたので、今日の活動に支障はなさそうだ。
両隣で気持ち良さそうに寝息を立てているエレナとゼナの頭をそっと撫でながら、朝日に照らされている山へと視線を向ける。
昨日は村に着いたのが暗くなり始めてからだったのでよく分からなかったが、これから越える予定の山は中々の大きさがあるようだ。
来る途中で遠方に聳えていたラーン山脈に比べれば遥かにマシな高さだとは思うが、それでもこの高さの山を登っていくのはそれなりに時間が掛かるかもしれない……とはいえ自力で登るわけでもなし、大変なのは荷物と人を乗せた荷馬車を引く馬なのだが。
科学があまり発展していないらしいこの世界では、移動手段に馬を使うのが一般的なので、自動車を開発したらぼろ儲けだろう……まぁそんな知識は無いので、取らぬ狸のなんとやらだけど。
「んん――あれ……もう朝……?」
右側で寝ていたゼナが身じろぎした後、薄っすらと目を開けて視線を彷徨わせる。
あれこれ考えている間も無意識に彼女達の頭を撫で続けていたらしく、今尚自分の頭に置いてあった俺の手に気がついたゼナと視線が交差した。
「おはようゼナ。ごめん、起こしちゃったかな」
「あ――ユーキお姉ちゃんおはよう」
瞼をこすりながら起き上がると、両腕を真上に突き出して伸びをするゼナ。
艶のある漆黒の髪を穏やかな風に揺らしながら、朝日に照らされてきらきらと輝いている様は、黒髪が多い日本で育った俺でも思わず息を飲むくらい綺麗で、端正な顔立ちと相まって幻想的ですらあった。
「あれ? じっと見つめてるけど、どうしたの? 髪になにかついてた?」
「――ううん、大丈夫。なにもついてないよ……ただ、やっぱり皆見る目がなかったんだなって思ってただけ」
俺の答えに余計疑問が深まったのか、ゼナが眉をハの字にしながら小首を傾げている。アニメなんかだと頭上にクエスチョンマークが浮かんでいる場面だろう。
これだけ綺麗な黒髪なのに、異端扱いするなんて本当に勿体ない……元いた世界ならアイドルなんて話にならないレベルなのに。
とまぁゼナに返した答えも嘘じゃなく本心だけど、見惚れてたと素直に言うのは流石に気恥ずかしいから内緒にしておこう。
「さ、そろそろエレナにも起きてもらわないとね。朝ご飯も食べないといけないし」
「むー?なんか誤魔化された気がする……」
ゼナがジト目で見つめてくるが、気付かないフリをしてエレナの起床を促す。
なかなか起きないエレナに苦戦しながらも、なんとか目覚めさせることに成功すると、朝ご飯を食べるために三人で宿へと向かうのだった。
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朝食を食べ終え荷物をまとめて馬車まで来た俺達を出迎えたのは、先に来ていたガリスさんだ。
「おはようございますガリスさん」
「皆さんおはようございます。ユーキさん、昨夜は荷物を見張っていただきありがとうございました」
「いえいえ。二人も手伝ってくれたので、だいぶ楽しちゃいました」
感謝の言葉を伝えてきたガリスさんに対して、両脇にいたエレナとゼナを指しながら答える。
一人で見張りをしたわけではないので、俺だけが評価されるのはフェアじゃないからね。
それを聞いたガリスさんは、視線を二人に移しながら微笑みを浮かべた。
「そうでしたか。エレナさんとゼナさんもありがとうございました。……ところでユーキさん、今日はローブじゃないんですね。凛々しい感じで、とても似合いですよ」
「ありがとうございます」
二人にもお礼をした後、ガリスさんは再び視線を俺へと戻して服装について触れてくる。
昨夜のゴブリンとの戦闘で血塗れになった右袖は洗うことで落ちたのだが、弓矢によって空いてしまった穴を直すための道具――裁縫セットなんてものは当然持ってきていなかった。
明るくなってから確認してみたところ、左胸の少し上辺りにもう一つ穴が空いていたのである。
これは最後に囮でローブを投げた時についたものだろう。
とりあえず汚れは落ちたからいいかなと再び袖を通そうとした時に二人に猛反対された結果、ローブが直るまでは私服を着ることになったのだ。
ちなみに今着ているのは長袖のシャツに黒色のスキニーのようなパンツで――いつぞやに買ってからついぞ着る機会の無かったもの――そして長い髪は後ろで束ねてポニーテールにしている。
当然これも二人から反対されたのだが、じゃあローブ着るけどいい? と半ば脅しのような言葉を放つ事で、服装に関して初めての勝利を得たのだった。
……そのため二人はまだ不満そうにしていたりするのである。
「絶対あっちの方が似合うのに……」
「本当よね、何でわざわざ男物なんか着るのかしら」
後ろからゼナとエレナの会話が聞こえてきた。
あっちとは例のフリフリの多いゴスロリ風の服のことである。
私服を選ぶ際に、どこからともなくゼナが取り出したのがそれであった――勿論断固拒否し、上の流れの末に今の服を着るに至ったわけだが――仮に似合っていたとしても、護衛してるのがゴスロリ着た女ってシュール過ぎるでしょ……
というか、あの服は家に置いてきたはずなのになんでゼナが持ってたんだろう……四次元に繋がるポケットでもあるんだろうか。
そんな事を考えながら御者台に乗り込み全員の準備が整うと、ゆっくりと馬車が進み始める。
村の入り口まで来た時に、こちらに手を振ってきている二つの影――シオンとリオンの姉弟の姿があった。
「ユーキさん、昨日は本当にありがとうございました!」
「今度はゆっくり遊びに来てくださいね、お姉さん!」
「うん! また来るね、もう崖から落ちちゃダメだよー!」
こちらも二人に手を振って返す。
次は仕事じゃなく、遊びにこよう――勿論エレナとゼナも一緒に。徐々に遠ざかっていく姉弟を見ながらそう心に決めた俺の頬を、穏やかな風が撫でていった。





