誘拐事件
――ゼナが行方不明になった。
クエストを終えて家に戻ってきた後、買い物してくると言って外へ出てから中々帰ってこないのだ。
心配になって探しに出てあちこち走り回ったが、ゼナの姿を見つける事は出来なかった。
「一人で読め、他人には知らせるな。エルフの命が惜しかったらな」
途方に暮れる俺に、フードを被った男が手紙を押し付けてくる。
慌てて振り向くも、雑踏に紛れたのか男の姿は見えなくなっていた。
――エルフの命が惜しかったら?
ゼナは誘拐されたって事?
でも何で彼女が?
考えれば考えるほどに焦りが募り、正常な思考が出来なくなってくる。
「一度落ち着こう……」
そう自分に言い聞かせ、まずは渡された手紙を読むことにした。
手紙には短い文章と地図が描いてあるようだ。
――黒髪のエルフの身柄は預かっている。無事に返して欲しければ、一人で地図にある場所に来い。他人に話したり、一人で来なかった場合、エルフの命はないと思え――
地図には街の外れに目印が付いていた。
ゼナが誘拐された。それが分かった瞬間、心臓の鼓動が早くなる。
――一刻も早く助けないと
その一心で、指示された場所へと向かった。
人通りの全くない、廃屋が立ち並ぶ区画まで来る。
地図を見るとここで間違い無いようだ。
「――来たか、指示通り一人だな」
先程の手紙を渡してきた時と同じ声の男が、一軒の廃屋から出てくる。
「ゼナは無事なんだろうな?」
「あのエルフか、今の所はな。とりあえず中に入れ」
男は俺の問いに答えると、廃屋に入るよう指示してきた。
素直に従って中に入ると、柱に縛られたゼナと、その隣の椅子に座るアルドロが目に入った。
「――ユーキお姉ちゃん……!」
安心した様に顔を綻ばせるゼナ。
怖かったんだろう、目元は赤く腫れており、涙の跡が見て取れた。
こいつら……うちのゼナを泣かせたな?
「で――これは一体どういうつもり?」
アルドロを睨みつけながら言い放つ。
「やあ、妻よ。中々君は強情だからね、踏ん切りをつけさせてあげようと思ったんだよ。この婚姻届にサインするんだ、そうすれば彼女は離してあげよう」
ニヤニヤと最低の笑みを浮かべながら、アルドロが紙を見せてくる。
「なんでそこまでして結婚したがるんだ」
「君と結婚すればメイヴィス家とも繋がりができるし、宮廷療術士が身内になれば、国への発言力も高まる。そして何より君は美しいからね、他人に自慢できるだろ?」
俺の言葉に対する答えは、かなり最低なものだった。
出世と自慢のため――エレナが言っていた黒い噂ってのは本当だったのか。
「――こんなやり方されて、素直にサインするとでも?」
「するしかないだろ? 彼女を無事に返して欲しいならね」
悔しいけど、彼の言うことは間違っていない。
ゼナを無事に解放させるには、サインするしかないのだ。
しかし、それは同時に今の生活を失うことを意味している。
どっちに転んでも最悪な状況だ……
「さぁ、早くサインしなよ。それしか道はないだろう?」
「ユーキお姉ちゃん、サインしちゃだめ! 私は大丈夫だから……!」
「チッ――お前は黙ってろよ!」
ゼナの言葉に苛立ち、彼女の頬を叩くアルドロ。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
掌をアルドロへ向け、一言呟く。
「聖なる矢」
「え……?」
光を放つ矢が放たれ、アルドロの左足が消し飛んだ。
何が起こったのか分からない様子で呟いた後、部屋に絶叫が響き渡った。
「足がッ! 俺の足がぁッ!」
「――うるさいよ」
倒れたまま叫ぶアルドロを無視して、ゼナを解放する。
俺の豹変には驚いてはいたが、アルドロに対する嫌悪感の方が上回っていたようだ。
「どうした!? ――これはお前がやったのか?」
外で待機していたフードの男が部屋に入り、惨状を目にして呆然とする。
「そうだよ、こうなりたくなかったら邪魔しないで」
アルドロを指差しながら牽制すると、男は頷いて道を開ける。
酷い事をしたという自覚はあったが、不思議と罪悪感は湧かなかった。
自分は元々残酷な人間だったのだろうか?
「これ以上私達に関わらないで。次は殺すから――分かった?」
足元で呻くアルドロを睨みながら念を押して、頷くのを確認してから回復魔法を掛け、ゼナと共に部屋を後にした。
「ユーキお姉ちゃん、助けてくれてありがとう」
「こっちこそ、ごめんね? 私が原因だもんね」
「でもちゃんと来てくれたでしょ? さっきのは驚いたけど」
「だよね――自分でも結構残酷な性格だったんだなってびっくりしたよ」
家への帰り道の途中、ゼナとそんな話をしていた。
キレてたとはいえ、容赦無く魔法を撃てるなんて思ってなかった。
「それだけ怒ってくれたって事でしょ? 私は嬉しかったよ? それに最後ちゃんと治してたんだし、あの人にはいい薬になったんじゃないかな」
「そっか」
――まぁこれで暫くは手を出してこないだろう。
流石に殺すっていうのはブラフだけど、実際に撃たれて一度は足を失ったのが大きかったんだろう。最後こっちを怯えた表情で見ていたくらいだし。
とはいえ何かあってからじゃ遅いから、いくつか手は打っておこうかな。
――こうして誘拐事件は終わりを迎えたのであった。





