第24話:モンスター娘軍団の結成
黄昏の辺境の境界線――そこには、絶望的なまでの戦力差が視覚化されていた。
地平線を埋め尽くすのは、エリュシオン王国が誇る正規騎士団と、エリザベートが私財を投じて雇い入れた数多の魔導兵団。五万の軍勢が発する重厚な鎧の擦れる音と行進曲は、大気を震わせ、辺境の霧を物理的に押し返していた。
対する黄金のログハウス側。
中央に立つのは、黄金の毛並みを朝日に輝かせた小さなマスコット――王子アレン。
彼の左右には、藍色の雷光を帯びた杖を構えるルナと、エメラルドの鱗を逆立てたミーシャ。背後には、黄金の雷を全身から噴き上げる銀狼のフェリス。さらに空を覆うピーの翼、地を固めるクゥ、アリア、スイ。
そして、アレンの魔力によって「もふもふの狂戦士」へと進化した三千のモンスター娘たちが、死を恐れぬ瞳で主君の号令を待っていた。
『……みんな。……怖いかい?』
アレンの念話が、戦場全域に澄み渡る。
「……いいえ、アレン。……貴方の隣に立てるこの瞬間を、私は一生忘れないわ」
ルナが震える指で杖を握り直し、不敵に微笑む。
「主殿! 怖いなんて、アタイの辞書にはねぇぜ! あんたの鎖で繋がれてる限り、アタイは無敵だ!!」
フェリスが咆哮し、大地を黄金の電撃が走る。
王国軍の中央、巨大な魔導戦車の天辺に、エリザベートとシルフィが姿を現した。
エリザベートは優雅に扇子を閉じ、戦場を見渡す。
「……あら。……あんなゴミ溜めのような軍勢で、私に挑むつもりかしら。……アレン、貴方のその『おままごと』、今日で終わりにしましょうね。……その娘たちを一人残らず処刑して、貴方を真っ白な部屋へ連れ戻してあげるわ」
「お兄様ー! どこにいるのー!? シルフィ、お兄様の足を縛るための『特製の赤い鎖』、作ってきたよー!!」
シルフィが狂気に満ちた笑顔で巨大な鎌を振り回す。
――ドォォォォォォォォン!!
エリザベートの合図と共に、王国軍の魔導砲が一斉に火を噴いた。数千の火球が流星群のようにアレン領へと降り注ぐ。
『――【白金の加護】!!』
アレンが叫ぶ。彼の首にある『白金の鎖』が激しく発光し、三千のモンスター娘全員を包み込む巨大なドーム状の結界を展開した。着弾の衝撃波が大地を削るが、アレンの「守りたい」という意志が具現化した結界は、一ミリの亀裂すら許さない。
「……バカな!? 王国軍の総攻撃を、たった一匹のマスコットが防いだというのか!?」
王国将兵に動揺が走る。
『――反撃だ! みんな、僕の後に続け!!』
アレンがフェリスの背中に飛び乗った。
フェリスが黄金の閃光となり、正面から五万の軍勢へと突っ込む。
「――【神雷・千変万化】!!」
フェリスの雷とアレンの白金魔力が共鳴し、戦場を黄金の稲妻が蹂躙する。先頭の重装騎士団が、鎧ごと塵へと帰していく。
「……空は私の領分ですよぉ!! ――【黄金の暴風】!!」
ピーが率いるハーピー部隊が、上空から真空の刃を雨あられと降らせ、魔導兵団の詠唱を物理的に切り裂く。
「……アレン様を汚す者は……私が、地の底まで飲み込んであげるわ。 ――【琥珀の沼】!!」
ミーシャが地を這い、巨大な尾の一振りで百人の兵士を薙ぎ倒す。彼女が通った後にはスイが広がり、落とし穴のように敵軍を底なしの粘体へと引きずり込んでいった。
戦場は、もはや戦争ではなかった。
一匹の「王」を狂信する乙女たちが、数という概念を凌駕して荒れ狂う、一方的な「愛の蹂躙」だった。
「おのれ……! たかが人外のメスどもが! ――全軍、退くな! 聖獣を捕らえた者には、公爵の位を与えるぞ!!」
将軍の叫びに、王国軍が再び活気を取り戻す。
だが、その時。
アレンが、自ら鎖を解き放った。
『……ルナ。……今だよ。……僕と、君たちの魂を一つにするんだ!』
「……わかったわ! ――【万物共有・真の戴冠】!!」
アレンを中心に、三千のモンスター娘全員が光の糸で繋がれた。
彼女たちの「アレンへの愛」が、アレンの「白金の鎖」を通じて一本の巨大な魔力の奔流となる。
ガチリ。
鎖が、アレンの肉体という限界を超え、戦場全体を覆う「黄金の法」へと進化した。
眩い光の中から、再び、あの『黄金の王』が姿を現す。
しかし、以前のような一時的な変身ではない。
三千人の乙女たちの想いを背負い、白金の鎧を纏い、背中には魔力の翼を広げた、真の戦神の姿。
「……あ、あぁ……。主殿、あんた、なんて格好良いんだ……」
フェリスが呆然と見上げる中、アレンは一歩、空を踏みしめた。
「エリザベート義姉様。シルフィ。……終わらせよう。……君たちの愛も、僕の呪いも、……全部、僕が引き受ける」
アレンが白金の剣を掲げると、空から黄金の雪が降り注いだ。
その雪に触れた王国軍の兵士たちは、戦意を喪失し、その場に膝をついて涙を流し始めた。アレンの「慈愛」が、彼らの心にある恐怖を上書きしたのだ。
「……ふふ。……ふふふ。……あははははは!! さすがだわアレン! 私の想定を、私の愛を、さらに超えてくるのね!!」
エリザベートが、自身のドレスを破り捨て、禍々しい紫の鎧を顕現させた。
「いいわ……。なら、その白金の光ごと、私の永遠の闇に沈めてあげる!!」
「お兄様、だめだよ!! お兄様は、シルフィだけの物なんだから!! ――【血糸の檻】!!」
シルフィが叫び、戦場全域に赤い糸を張り巡らせる。
五万の軍勢を背景にした二人のヒロインと、
三千の愛を背負った黄金の王。
激突の瞬間、辺境の大地が真っ二つに割れた。
アレンの白金の剣が、エリザベートの紫の盾を砕き、シルフィの赤い糸を焼き切る。
だが、二人の執念は、砕かれるほどに鋭利になり、アレンの白金の鎧を傷つけていく。
「……アレン! 貴方は、私の物よ!!」
「お兄様を離さない!! 一生、離さない!!」
二人の叫びが、呪鎖を通じてアレンの心臓に直接突き刺さる。
その時。
アレンを支える仲間たちの声が、鎖の隙間から流れ込んできた。
『……独りじゃない。……私たちは、貴方と共にいる』
ミーシャの、ルナの、フェリスの。
三千人の乙女たちの「温かな執着」が、エリザベートたちの「凍った執着」を溶かしていく。
アレンは、二人を抱きしめるようにして、最後の一撃を放った。
――【白金の抱擁】。
爆鳴。
王国軍五万を飲み込む、巨大な黄金の爆発。
光が収まった時、戦場には静寂だけが残されていた。
王国軍は、武器を捨てて呆然と立ち尽くしている。
エリザベートとシルフィは、ボロボロになった姿でアレンの前に倒れ伏していた。
「……負け……たわ。……私の、支配が……あんな『温かい光』に、負けるなんて……」
エリザベートが、力なく微笑んだ。
「……お兄様……。……ずるいよ。……あんなに、優しくされたら……シルフィ、何もできなくなっちゃうもん……」
シルフィが、アレンの足首に触れながら、静かに涙を流した。
アレンの姿が、再び小さな黄金の毛玉に戻る。
だが、その首にあった紫と赤の呪鎖は、今はもう、淡い白金の輝きを放つ「絆」へと変わっていた。
『……終わったよ。……みんな。……僕たちの、勝利だ』
アレンの声に、三千のモンスター娘たちが、天を突くような歓喜の声を上げた。
王国軍五万を相手にした、辺境の奇跡。
だが、アレンは知っていた。
二人の愛が「溶けた」ということは、彼女たちが、この領地の「新しい住民」として加わるという、更なる受難の始まりであることを――。
「……アレン。……お疲れ様。……さあ、私の膝で、ゆっくりお休み……。……あ、エリザベート様。……その手をアレンから離してください。……ここは、私の場所です」
戦場が静まり返る間もなく、早くも「女たちの第二ラウンド」が始まっていた。
黄金の王、アレン。
彼の本当の戦いは、ここから本格化する。




