サタナス家騒動
「ルリ、大丈夫かな」
名誉ある戦いが終わって数日後、俺は天井を見上げながら、言葉を吐いた。
「主、気になるなら、付いて行くべきだったのでは?」
「でも、家族のことだし俺が行ってもね...」
俺の言葉に反応して、レオが口を開くが、それに対してぼんやりしながら答える。
昨日、ルリ宛に手紙が届き、内容は「話があるので、{イルミナ}に帰ってきてください」とのことだった。ちなみに差出人はアイラさん。何の話か聞いてはいないが、ルリに追及することもない。というか、聞いてほしくないような素振りをしていたから、聞かなかった。
だが、俺とレオは何となく察している。あの大会が始まる前にルリの姉妹と出会って、ルリが置かれている今の状況を知っているから。
だからこそ、俺は付いて行くことを躊躇った。
「主、本当によいのですか。このままでは主とルリさんは、魔王の手によって仲を引き裂かれてしまうんですよ」
「その言い方はやめろ。話がおかしくなるから」
「???」
ピンポイントで刺さりそうな言葉を何の意図もなく言う、この獣人は天才かもしれない。そう思ってしまった。
別に今回の件は、誰が悪いとかではないし、誰が正しいとかもない。だがレオの言うことも間違いではない。
「でも...」
「でも、なんですか主?」
家を出る時のルリの顔、あれが頭から離れなかった。表情は悲しそうなのに、その目は何かを覚悟している目。それも大きな覚悟。そんな風に思ってしまった。それがどんな結果になるか、俺には全く分からないが、その決意を揺らがせるようなことを俺がしていいのか、そう悩んだら、自室から動くに動けなかった。
「なぁ、そういえばリアンは...」
「お母様、ルリ・サタナス、ただいま参りました」
「お帰り、ちょっと待ってね。リリエルとローザもすぐ来るから」
魔王の間で静かな時が流れる。そこには家族らしさなど一切なく、魔王とその娘以外、誰もいない。無駄な会話は一切なく、時間だけが過ぎていった。
コン...コン...コン
「母上。入るぞ」
「ママ、入るね」
ローザとリリエルが扉を叩き、魔王の間に入る。そしてこの場には、魔王一家が集合した。
だが、その空気は誰が見ても家族らしい雰囲気ではなく、トップの魔族とその他の魔族にしか見えなかった。
「ルリ、ここに呼んだ理由、分かってるわよね」
集まって早々、アイラが話を切り出す。だがその言葉は、冷徹という文字がぴったりなほど冷え切っていた。普通の者であれば、このプレッシャーに耐えることができず、気絶するか、黙り込んでしまうかだろう。だが、この程度で怖気づくようなルリではなかった。
「分かってます。婚約の件ですよね」
「そうよ、何か言い分があるなら聞くわ」
婚約の件...これは前回、名誉ある戦いが始まる前に、アイラとルリが話し合っていたこと。要約するなら、今のルリではハクヤと並ぶことができないから、新人戦で優勝して、名前ぐらいは残すという約束だった。
「母上、ちょっといいか?」
アイラに向けて質問をぶつけようとしたのは、ローゼだった。本来ローザとリリエルは、この場の見届け人のような役割で呼ばれているため、別に発言する必要はないのだが、発言してはいけないという理由もない。
「どうしたの、ローザ?」
「私は、あの大会が始まる前に、ルリの婚約者に会ってきた」
「え!?」
「お、お姉ちゃん!?」
ローザがした突然の告白に、ルリとリリエルも困惑した。だがアイラは困惑しない。むしろそれを知っていたかのような反応をする。
「実際に会って思ったことだが、あの存在は危険すぎる。あれ自体もヤバかったが、あれの眷属も相当にヤバい。放っておけば、世界すら手に入れられるほどの力を持っていると思う。もっと言うなら、母上が相手をしてもどうなるか分からないぐらいには、危険な存在だ」
ローザはハクヤがどれほど危険かを訴えるようにして、言葉を繋げる。確かに今のハクヤは全力を出せば、世界をどうにかすることはできるが、アイラに勝つことはまだ無理だと思われている。それは力の差ではない。圧倒的な経験の差。それが戦った時の勝敗を分ける要因になると思われる。
「だから、私は提案したい。婚約者ではなく、ハクヤを監視させるという理由で、ルリを付けるべきだと」
その一瞬、ローザはルリのことを見ながらウインクした。まるで「これで平和に解決できて、一緒にいる理由もできる」と言わんばかりのウインクに、ルリの瞳は潤んでいた。
「はぁ...」
何かを諦めたように、アイラは息を吐く。そして一瞬にして空気が和らぐのを、ルリ達は感じていた。
「ローザ、まさか貴方がルリの肩を持つとは思わなかったわ。それにリリエルも反論しないし。これじゃ私が悪者みたいじゃない」
「母上、私は思ったことを言ったまでだぞ」
「そう。でもね私、初めからルリとハクヤの婚約に反対する気はなかったのよ?」
「「「は!?」」」
ここに来て、まさかの言葉に魔王の娘達は大困惑している。なら今までの空気は何だったのか。そもそも条件をクリアしていないのに、どうして反対する気がなかったのか。疑問は積もるばかり。
「だってルリは、一応条件クリアしてるし、私言ったわよね『大会で優勝して、名前を残せ』って。実際ルリは、準優勝して、名前も残したわけだし」
「お、お母様? それでいいの?」
恐る恐る、リリエルがアイラに質問するが、アイラは笑顔で答える。言葉などなくても、その表情だけで条件をクリアしていると伝えたいのが分かる。
こうして、和気藹々とした雰囲気が流れ出した途端、その空気をぶち壊すような出来事が起こる。
いきなり扉が少し開き、突然のことに全員の視線がそちらを向く。そこには1人の獣人の娘がいて、もの凄い速度でルリに飛びつきながら、一言叫んだ。
「ま、ままぁ~~!!」
そして、ルリをママと呼ぶケモ耳少女のおかげで、また空間は凍ることになった。
ハクヤ「気配がない...」
レオ「探しましょう、主。近くにいるかもしれません」
ハクヤ「そうだな、待っていろよ、リアン」




