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日記の束  作者: 紅白
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【表紙:紅薔薇色】

 ようやっとで、一週間前から冬休み。実家に帰って来た私は、おばあちゃんのお櫃を納屋から拝借した。

 小学生の夏休み、一つ上の兄と一緒に恐る恐る入った納屋。別に出入りを禁じられていたわけではなかったけれど、扉は家の一番奥だし、開けたら開けたで暗いし狭いしで、それまで入ったことがなかった。二人で勇気を振り絞って中に入れば、桐箪笥がずらりと並んでいた。その中に、古くて大きなお櫃が一つ。中を見てみれば日記の束が入っていた。アカ色が一冊と白色が一冊、そして桜色が何冊も。私たちはそこで少しだけそれを読んだ。そして今、私はそれを読み込みつつ、その少しばかり古い文章を現代語に直している。

 大みそかの今日になって、ようやく私と同じように帰って来た兄が、私の部屋に無断で入って来るなり叫んだ。

「うわっ、なに埃っぽいもん広げとるん!」

「もうっ、なにノックもせずに入ってるのよ!」

 私は叫び返した。

 兄はどれどれと言いながら、私が広げているものを見て、小学生の頃の記憶をちゃんと呼び起こした。兄らしからぬ超常現象に私が驚いていると、兄は言った。

「で、今さらこんなもん引っ張り出して、何すらん?」

「別に何も。ただ現代語に直してるだけよ」

「やからなんで」

「……忘れたくなかったの、おばあちゃんの夢。悪い?」

「夢ねえ。いんや、悪いこたない」

 兄は含みのある声で呟いた。兄は今、とある人の夢を忘れないために……というか、人々にその人の夢を忘れないでいてもらうために、レンタルレコード店を開こうと奔走しているのだが、まあ、それはまた別の話だ。

「せっかくやし、書き上がったら俺の店に置いちゃるわ。クラシックの棚の横っちょな。夢の特等席やぞー」

「開店のめどもまだ立てられていないお兄ちゃんに、そんな偉そうな口利かれたくありません」

 言って兄を部屋から追い出し、私は再び日記の束を見た。

 桜色の日記の中は、数ページごとに違う筆跡となっている。一つはアカ色の日記と同じ、癖が強くて太い字。一つは白色の日記と同じ、几帳面だが優しい字。そして桜色の日記帳は、途中から手紙が差し込まれるようになる。その筆跡は几帳面な優しい字の方。ところどころに、検閲で食らった塗り潰し。そしてそれが五通分あった後は、手紙の筆跡が変わる。癖が強くて太い字が、必死に几帳面で優しい字をまねている。

 私のおばあちゃんは、春分、秋分、夏至、冬至の四日、必ずどこかへ出かけている。前日までに、私の家の玄関には、山桜の小枝か青葉の小枝か、秋桜か裸の小枝かが、水の張られたバケツに入れられて置かれている。一度おばあちゃんがバケツを見下ろしてつぶやいた言葉が、今でも耳について離れない。

『若き葉のつれなく見えし散りゆきより つむじばかり憂きものはなし』

 私は今日、掃除の合間におばあちゃんに尋ねてみた。

「ねえ、おばあちゃんってさ、今幸せ?」

「何を急に言い出すんね、あんたは」

「なんとなく」

「……そうやんねえ。幸せやんねえ」

「どうしてそう思う?」

「家族がおって、みんな仲良うしとるからかんねえ」

「じゃあさ、幸せって何色だと思う?」

「桜色かんねえ」

 実家の庭では、おじいちゃんが植えたらしい山桜が、春に向けて花咲く準備を始めている。

~白菊色の日記帳より一部抜粋~


 今日、夕食中に妹が眉尻を下げて言った。

「ねえ、お祭りの花火がなくなるがって、本当なん?」

 聞いた話、本当だった。でも、妹の表情を受けて、すぐに答えることができなかった。妹は毎年花火を楽しみにしていたし、今年中学に入って初めての祭りだったから、友達と見に行くのだと意気込んでいて。

 答えたのは、ばあちゃんだった。

「そうや」

 そっけない一言。妹は伏し目がちにつぶやいた。

「なくなるものばっかりやなあ」

 一呼吸おいて、ばあちゃんが軽い口調で言った。

「本当に『なくなる』んかんねえ」

「どういうこと?」

「本当の姿に戻ったのかもわからん。在ることが自然なんか、ないことが自然なんか、誰にも分らんし、決めたところで意味もない」

「……えっと、つまり」

「のうなったから言うて、一喜一憂すんがは馬鹿らしいっちゅうこっちゃ」

 妹は、納得したような、丸め込まれたけれども腑に落ちないような、微妙な表情をしていた。俺も大体、似たような感じ。今日もばあちゃんはばあちゃん節を炸裂させていたし、この程度でばあちゃん節は止まらない。ばあちゃんは、少し箸を止めて語りだした。

「むかあしむかし、中国に荘周っちゅうお人が居ってな、ある日、夢ん中でちょうちょに為ったんやと」

 正直、ここから先の話はよくわからなかった。俺がもう少し大きくなれば……大学生くらいにでもなればわかるようになるだろうか。





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