戻って
「・・・嘘だろ。」
「残念じゃが、大マジじゃ。」
信じられない、僕が、吸血鬼だって?
「まぁ、いきなり言われれば誰だってこうなる、安心せい。」
「安心せいって・・・。」
そんな身勝手な事を言われても。
身勝手な男は嫌われるとは聞いているが、身勝手な女も嫌われるのだろうか。
友達とそんな話も出来なかった僕には、いくら考えても分からなかった。
決して、友達がいないというわけではない。決して。
「それより・・・・、事の顛末を知りたいとは思わんか?」
「事の顛末って・・・・、それって。」
僕が何故、吸血鬼になったのか。という事なのだろうか。
ていうより、いきなり「お前は吸血鬼になったのだワハハ」と言われても実感が沸かない。
先程、彼女が起こした大変ショッキングな映像で吸血鬼という存在は確かに居る、という事は分かったが。
「僕が、僕が吸血鬼だって証拠は、どこにあるんだよ。」
「ふむ・・・、まずはそこからか。」
彼女は納得気に呟くと、手錠を無視したまま立ち上がった。
「・・・?」
僕が疑問を浮かべた表情で立ち尽くしたままの彼女を見つめる、その瞬間。
手錠がガタリと、床に落ちた。
「・・・へ?」
何をするかと思えば手錠を外すだけか、何だビックリした。
と、まるで期待外れかのような気分になった。幼女に期待を求めるのもどうかと思うが。
しかし手錠を外してくれたのはありがたい。
「・・・手錠も外れたし、外で話そ・・・・?」
未だに立ち尽くしている幼女の手を取り、外に出ようとする。
しかし、僕の右手は彼女の手を取る事が出来ず、空振ってしまう。
(あれ、薄暗いから掴めないのかな。)
そう思いながらも腕を振り回すが、何も掴めないし、何も当たらない。
(・・僕ってこんなに手短かったっけ。)
僕は、そこで違和感に気付いた。
いつもあるものが無くなった様な感覚、何かが欠けているような感覚。
そう、例えるならば、
(・・・人体の一部が、無くなっている・・・?)
そして僕は自分の肩、自分の肘、そして、自分の腕を見た瞬間。
「ッぁぁああぁあああああああああああああああああああッ!!!?」
「やはり人体を切り取るのは難しいのう、ズルズル肉で滑りよるわい。」
右手が、欠けていた。
まるで最初から、僕の右腕には手は付着していない、そんな風な断面だった。
しかしそんなに冷静に思考出来ていたのも最初だけで、
僕の意識はすぐに痛みと恐怖に支配された。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!)
(熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!)
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!)
焼ける様な熱い痛みが刺す様に僕を襲う、比喩ではなく本当にそうなのだから仕方ない。
余りの痛みに床に倒れる、ドタンッ!と鈍い音が僕の耳に入る。
手足を捥がれた虫はこんな気持ちなのだろうか、
僕がジタバタと暴れているのに、当の彼女は依然として普通の態度だった。
「ふむ、まだ血が馴染んでおらんのか。」
馴染んでないって何がだよ、と突っ込もうとするがさっき叫びすぎたせいか、全く声が出なかった。
しかしその言葉を最後に、彼女は全く喋らなくなってしまった。
その後数分間は黙っていただろうか、未だ彼女は、沈黙していた。
(・・・これって、話し掛けた方が良い、のか・・・?)
「・・・あのさ、」
と、健気に質問しようとした僕の優しい優しい心遣いを、
「余計な事は喋るなよ従僕。」
こいつは簡単に砕きやがったよコンチクショウ。
(もう決めた、僕は絶対こいつとは会話しないぞ・・・・!)
その約束は数分後に破られる事になるのだが、僕は気付いていなかった。
そして数分が経った頃、沈黙を貫いていた彼女が唐突に口を開いた。
「・・・そろそろじゃろう。」
「・・・・は?」
「ほれ、お前の右手を見てみろ。」
「・・・僕の右手って。」
お前が切り取ったんじゃないのか。
そんな思いを込めて彼女を睨み付ける。
「まぁ見てみろ、きっと誕生日ドッキリより驚くじゃろうて。」
そう言いながら彼女はケタケタ笑う。
彼女は誕生日ドッキリより驚くというけれど、誕生日ドッキリより驚くものなんてあるのだろうか。
「ええい、うるさいのう。女々しいぞお前。」
「・・・女々しくて悪かったな。」
「まぁ、そんな所も素敵じゃがな!きゃっ!」
「・・・。」
何だこいつ。
そんな間にも、彼女は頬を赤らめながら話を続ける。
「・・まぁそんな茶番は置いといて。とにかく右手を見てみるんじゃ。」
「・・・それで何も無かったら殴るからな?」
小さい子に優しいと評判の僕でも、さすがにこれは許せない。
法律スレスレのお仕置きを与えてもいいぐらいだ。
(嘘だったら絶対にお仕置きしてやる・・・っ!)
そう意気込んだ僕は顔をゆっくりと切られた筈の右手を見る。
その手は
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「は?」
切られた筈の僕の右手は、
もうこの世には存在しない筈の僕の右手は、
「・・・・何で、生えてるんだよ。」
元々切れていない様な、いや、切られていなかった状態へと――――――戻っていた。




