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赤い晩餐を口にした  作者: 宮山悠


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18/18

Ep.18 九代目

トマト畑は、静かだった。


私は、南と見人とともに、屋敷の裏手にある畑へ足を運んだ。


雨上がりの土が柔らかく、靴の裏にまとわりつく。


風はないのに、トマトの葉だけがわずかに擦れ合う音がする。


規則的に並んだ畝。均一に実る赤い果実。


そして、一定の間隔で立っている小さな札。


シノン、カイト、シュウタ、サヤ……


二十人の名前が、静かに並んでいる。


私は、ゆっくりと歩きながら、一つひとつの名札の前に立った。


二十二人の子供。


そのうち二十人が、ここで肥料になった。


有馬キヨシ、キヨシも、その一人。


畑の奥、名札の影に——片方のスニーカーが、土に半分埋もれていた。


ぐしゃりと潰れ、赤と茶色に染まった靴。


私は、膝をついてそれを拾い上げた。


冷たい。重い。


有馬が最後に履いていたものだ。


「……ごめんね。」


声が、震えた。


「私が、もっと早く気づいていれば……


私が、普通にしてろって言葉を、ちゃんと聞いていれば……」


南が、私の背中にそっと手を置いた。


見人は、少し離れたところで、静かに立っている。


私は、靴を胸に抱きしめた。


土の匂い。トマトの甘い腐臭。


そして、二十人の声が聞こえるような気がした。


今まだ、死にたくない。


でも、普通に生きることは、もうできない。


だから——もっと意味のある死を。


この狂ったサイクルを、終わらせるための死を。


私は、靴を元の場所にそっと戻した。


そして、もう一度、すべての名札に向かって頭を下げた。


「……必ず、終わらせるよ。」


風が吹いた。


葉が擦れる音が、まるで二十人の返事のように聞こえた。


私は、立ち上がった。


もう、迷いはなかった。




あれから、一年が経った。


私は、すべてを調べた。この場所の歴史を。このザ・テーブルという催しの意味を。そこに集まる者たちの顔と名

前と——罪を。


権力を悪用した人間。司法を捻じ曲げた人間。命を弄んだ人間。そのすべてを、私は知った。


そして——私は、決めた。


今年の招待状は、私が書いた。


宛先は、八人。


神代恒一。鷲宮翔理。久我真司。ノア・ジェームス・峯。五味怜。五味梓。


そして——もう二人。彼らと同じ、罪深い人間を招いた。


これは、本当の“デスゲーム”だ。


私は、普通の大学生から、九代目オーナーになった。


そして——正義の名を被った、殺人犯になる。


この覚悟は、これほど確信したことはない。


自分を犠牲にするとか、そういう次元ではない。私の手は、もう——血に染まっている。二十二人の子供たちの血

が。この場所の、すべての血が。


ならば——この血で、すべてを終わらせる。


それが、私の——私だけの、正義だ。


八月十六日。


約束の日。


私は、屋敷の前に立っていた。


白い外壁。陽を受けているはずなのに、どこか鈍い。建っているというより、そこに在る。一年前と、何も変わら

ない。


けれど——私は、もう、あの時とは違う。


黒いスーツを着ている。動きやすく、整いすぎていない。南が用意してくれたものだ。


「——来たよ」


見人が、静かに言う。


遠くから、車の音が聞こえる。一台、二台、三台……八台。


すべて、屋敷の前に停まる。


エンジン音が消える。ドアが開く。足音が、近づく。


八人の影が、玄関先に並ぶ。


神代。鷲宮。久我。峯。怜。梓。


そして——私が選んだ二人。


私は、扉を開けた。


音は、ほとんどしなかった。


外の光が、私の背中から差し込む。八人の影が、長く伸びる。


ホールに入った瞬間、六人の視線が一斉に私に向いた。


そして——


「……え?」


鷲宮が、珍しく声を上げた。冷たい軽さが一瞬崩れる。


神代の目が、わずかに見開かれる。


「これは……意外だな。」


久我が、分析的な口調で呟く。


「九代目……になったのか。」


ノアが、好奇心を隠さずに笑う。


「へえ。花奏ちゃんが? 予想外だよ。」


怜と梓は同時に首を傾げ、ほぼ同じタイミングで言った。


「九代目……」


「本当に?」


六人とも、明らかに動揺していた。


「普通の大学生」が、まさかこの屋敷の新しいオーナーになるとは思っていなかったのだろう。


驚きと、わずかな警戒が、彼らの顔に混じっている。


私は、静かに微笑んだ。


緋雨のように。けれど、決定的に違う微笑み。


「お待たせいたしました。」


私の声は、思ったより落ち着いていた。


「ようこそ——万果荘へ。」


その言葉が、ホールに静かに響いた。


六人の表情が、さらに変わる。


神代の余裕が少し崩れ、鷲宮の軽さが凍りつき、双子のシンクロした動きが一瞬止まる。


私は、ゆっくりと彼らを見回した。


歴代オーナーの肖像画が並ぶ壁の、最後に——


私の写真が、黒い額に入って掛かっていた。


九代目、緋雨花奏。


まだ二十一歳の、私の顔。


他の八枚と同じ大きさ、同じ黒い木枠。


けれど、私の写真だけは、どこか違う。


目は冷たくない。まだ、普通の人間の目をしている。


でも、それももうすぐ変わるのかもしれない。


私は、八人の前に立った。


「今年のザ・テーブルは、少し特別です。」


静かな声で、そう告げた。


「どうぞ、存分にお楽しみください。」


六人の視線が、私に集中する。


驚き、困惑、そして——はっきりとした楽しみ。


私は、もう笑っていなかった。


この一年で、私は変わった。


普通の大学生だった私は、もういない。


今、ここにいるのは——

九代目オーナー、緋雨花奏。


そして、この狂った家を終わらせるために、

血を背負った女。


赤い晩餐は、今日も始まる。


けれど、今日は——

最後の晩餐になる。

初めてのサスペンスホラーを書いてみました。

「赤い晩餐を口にした」——このタイトルを見たとき、どんな物語を想像されたのでしょうか。

この作品は、「食べる」という行為の二重性から始まりました。私たちは日常的に、命あるものを食べて生きています。それは当たり前のことです。でも、その「当たり前」の境界が、ほんの少しずれたら——。そんな問いかけをサスペンスホラーという形にしてみました。

登場人物たちが口にする果実の比喩はトマトの話であり、同時に人の話でした。選別し、収穫するという冷徹さが、この物語の核にあります。

主人公の羽瀬川花奏は、知らないうちにその選別の渦中に投げ込まれます。彼女が感じる違和感、少しずつずれていく日常、そして真実を知ったときの味を、読者の皆さんにも感じていただけていたら嬉しいです。

この作品を書くにあたって、大切にしたのは静かな恐怖です。派手な事件や過剰な表現に頼らず、細部の積み重ねで不気味さを作りました。読者の方の想像力と呼応しながら、ひとつの世界を作り上げていく、そんな体験を目指しました。

湿った空気、夕方の赤い光、熟れすぎた果実の匂い。これからの季節、暑い夜に読んでいただくのも、また一興かもしれません。

最後になりましたが、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。もし何か感じるところがあれば、ぜひ感想をお聞かせください!

それでは、また次の作品でお会いしましょう!

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