80:エピローグ
イングヴァル・フォーセル(双子の祖父/将軍)
ヘンリク・アベニウス(聖女殿付官吏長官)
イェルハルド(第二王子/ユスの息子シグの異母弟)
グスタフ・アールステット(宰相/ユスの父)
アグネータ(聖女)
昼下がり、総督府のガゼボで、ベルトルドはひたすら小さくなっていた。
「ようやく婚約解消できたと思ったのに、その翌日に熱愛報道? なに考えてんの? んなコトあるわけないでしょ、フツー」
「ぅええ、ゴメンナサイ」
片肘をつき、逆の手に持った紙をバサバサと振っているのは、円卓の正面に座っているアストリッドだ。
「大体ね、これ総督府裏の幕壁でしょ。他にも人がいることくらいわかんでしょ。なんなの、脳内お花畑なの?」
「面目次第もございません……」
「だいたいドコの誰だよ! 軍人の分際で、司令官閣下の恋愛事情なんて瓦版屋に売ろうと思ったの!」
珍しくお怒りのアストリッドの手から、ユスティーナが号外と書かれたその紙を取りあげた。
「あらあら、雰囲気があってステキに描けてるじゃない。これ、もらってもいいかしら?」
「ナニするわけ? そんなもの」
「もちろん大事に保存するのよ」
アストリッドが悪趣味と呆れた声を聞かせる。
昨日シグヴァルドを話していたところを見られていたらしく、昨日の遅くに号外として街にまかれたらしいのだ。そんなものまで観察日記の一ページに追加する気でいるらしい。
ベルトルドはユスティーナが持つ紙を目で追いながら眉を垂らした。
「あーなるほど。確かにこれはシグとアスタですよねぇ。【写真】だったら違ったんでしょうけど、なんと言っても絵ですもんねえ」
正面にいるユスティーナから受け取った号外に目を通し、ニーナはしみじみとつぶやく。
「これの原本、もらえないかしら」
「瓦版屋に訊いてみたらどうでしょう? 二妃さまがご所望ならイヤとは言えないんじゃないですか」
「そうねえ、探してみようかしら。引き伸ばして飾りたいわ」
「飾るって、ちなみにドコに飾るんですか?」
「もちろん王宮よ。世継ぎ王子とその婚約者の絵よ。王宮にぴったりじゃない」
「正気? ドコの世界に王子のキスシーンなんて悪趣味なものを、堂々と張り出してる王宮があるっての」
「ぅう、ホントにゴメンナサイ」
心底嫌そうにしているアストリッドに、ベルトルドはますます小さくなる。
「ああ、ベル、大丈夫よ。アズタの言うことなんて気にしなくて大丈夫よ。わたくし大歓迎だから」
「どさくさにまぎれてナニ言ってんの、あんた?」
アストリッドが呆れた目を向ける。だが気にすることなくユスティーナは、右隣に座っているベルトルドの頬を白魚のような指でなでた。
「ユズさん? ちょっとベルくんに気安く触りすぎじゃないですか? 【推し】にベタベタ触られて不快なんですが」
「あら、わたくしだってシグ×ベル【推し】だもの」
ニーナにとがめられても、ユスティーナはベルトルドを見つめてうっとりと微笑む。
「七歳のベルのお世話を、殿下が甲斐甲斐しくしていらして、ヤだ、今思い出してもきゅんきゅんしちゃう」
「あー、ユズさんってもしかして、腐ってる界隈の人……?」
「……ユズのご贔屓ってところで気づいてれば、私もこんな盛大にから回りしなくてすんだのに」
身もだえるユスティーナにぎゅうぎゅうと抱きしめられて、ベルトルドはニーナとアストリッドに助けを求めて視線を向ける。だけど二人は身を寄せあって、コソコソと言葉を交わしていて助けてくれそうにはない。
ベルトルドが困っていると、ユスティーナは拗ねたように顔をしかめた。
「いいじゃない。王都に帰ったら早々会えなくなるんですもの。今のうちに堪能しとかなくちゃ」
「いつ帰んの?」
解放したベルトルドの皿に、謝罪代わりなのかユスティーナは手ずからケーキをのせてくれた。ありがたくいただきながら、ベルトルドはユスティーナを見つめる。彼女はどうかしらねと小首を傾げた。
「護衛がそっくりいなくなっちゃったから、フォーセル将軍が帰るときに便乗するか、陛下がシビレを切らして迎えを寄越すかかしらね」
「将軍はまだ到着されてないんですか?」
「直に来るんじゃない? こんなもの見られたら、ジジイがどう反応するかと思うと気が重いから、来ないでくれると助かるけど……」
「本当のこと言うしかないんじゃなくて?」
「もちろん言う。でもコッチを現実にしようとして躍起になりそうで頭が痛い」
じろりとアストリッドに睨まれて、またベルトルドは小さくなった。
そんなベルトルドを助けようとしたのか、ニーナが話をずらす。
「ま……まあ、おじさんってホント、話を聞いてくれませんよね。聖女殿の官吏の皆さんも、ホント話聞かない人たちだったし」
「アベニウス長官に殴られたんですって? 治癒士に治してもらったの? よかったわ」
「ぅえ?」
思わず変な声をあげてしまったベルトルドに、ニーナが不思議そうな顔をする。アストリッドにもどうしたのかと聞かれて、ベルトルドは慌てて頭を振った。ユスティーナだけが意味深に微笑んで、話を変えた。
「ニイナさんってもしかして、社会人だったの?」
「あ、はい。【アラサー】の【OL】でしたよ。毎日会社でおじさんと戦ってました。コッチだって仕事してんのに、どうでもいい仕事押しつけられたり、向こうのミスの責任なすりつけられたり」
話ながらもいやなことを思い出したのか、ニーナがこめかみを引きつらせた。ユスティーナはあらあらと苦笑する。
「お二人はどうだったんですか?」
「私たちは【高校生】だったの」
「【女子高生】……! ウラヤマシイ。私なんておじさんたちとの戦いから解放されたと思って毎日楽しかったのに、またおじさんですよ。……思ってた【異世界転生】と違いすぎて、責任者どこにいるんでしょうか」
「責任者ねぇ……神さまとか?」
「え、もしかしていないんですか、責任者」
そういえばニーナは前から責任者にこだわってたなあと、話を聞きながらベルトルドは思いかえす。
「ジャンルによるんじゃないかしら」
「なんのジャンルになるんでしょう?」
「そうねぇ、悪役令嬢ものか、聖女ものか。聖女ものは召喚系なら、召喚者とかなんでしょうけど……」
「でも……それにしては、転生者が同時に三人とか、多くないですか?」
「それはたぶん、私たち、同じ事故で死んだんじゃないかしら」
「え? あの日残業で【終電】ギリギリだったから、【高校生】には結構遅い時間だと思うんですけど……」
「私たち【ライブ】の帰りだったの。アズタが童顔系アイドルスキーだったから」
ニーナは意外そうな目でアストリッドを見やる。
「年の差はたぶん死亡時間ね。アズタは【救急車】に乗った記憶があるって言ってたから」
「あ、私もなんとなくタンカに乗せられた記憶とかあります」
「わたくしはないの。だからわたくしは即死で、それが影響したんじゃないかしら」
「だけどアズタさんがアイドルスキーとか、意外です」
「自分の持ってないものに憧れるんだ――イェルハルド殿下とかドンピシャなのに」
「やめてよ、イヤよ」
「ベルくんがいるじゃないですか」
「きれいめの顔が好きなんだ。ベルはかわいい系だから」
「あの子はダメよ。ニイナさんに嫁がせるんだから」
「わたし? いや、だいたい嫁がせるって……」
急にご指名を受けたニーナはぽかんと口を開けた。そしてニーナの返答に、ユスティーナもまた唖然とした。
「いやわたし、故郷に彼氏いるんですけど」
「へー? だってベルが【推し】だって言うから、てっきりベル狙いなのかと思ったよ」
「【推し】は【推し】、彼氏は彼氏ですよ」
「わー、考え方が大人だ」
感心するアストリッドに、ニーナはだから大人だったんですってと苦笑した。
「トゥーラに来てから恋愛とかに巻き込まれたら、あとが大変そうじゃないですか。ゲームやってるときはそんなものかと思ってたけど、それが現実に起こるとなるとトラウマものだし。自分の【推し】にもいやな思いさせたくないし」
「そんな、私の計画が……」
「……なに企んでたんだよ」
ニーナの話を聞きながら、ユスティーナが額に手を当ててよろりと背もたれへとすがりついた。アストリッドはユスティーナへと胡乱な目を向けて、呆れたように問いかける。
「だって王位を狙った次男なんて、後々厳しい立場になるに決まってるじゃない。だいたいあの子、ちょっと考えが足らないから、アグネータさまにまで利用されてるし。聖女のニイナさんが後ろ盾になってくれれば、なんとかなるって思っていたのに……」
いくら実の母とはいえ、酷い言われようである。イェルハルドのことが少し気の毒になって、ベルトルドは目をそらす。それにしても本人の意思は、まるっと無視なのだろうか。彼はもしかすると、ニーナのことは苦手としているかもしれないのだ。
やっぱりお父さまをなんとかしないとと、切実な様子でユスティーナはつぶやいた。
「あの人、自分の人生が残り少ないからって、はっちゃけすぎなのよ。残される娘や孫のこと考えて欲しいわ」
「うちのお祖父さまと同じ年でしょ? 人生残り少なければまだ救われるけどさ」
「ユズさんもアズタさんも、容赦ないですよね……」
「いっそ陛下みたいに、辺境から婿取りしようかしら」
「……せめて嫁取りしてあげてください」
ニーナが突っこんだところで、アストリッドが目をあげた。
「ベル、お迎え」
促されて振り返ったベルトルドは、ぱっと立ちあがった。
黒い大猫を従えたシグヴァルドが、中央棟の建物から出てきたところだった。頬杖をついてそちらを見ながら、アストリッドは呆れ口調でつぶやく。
「もうどっからどう見ても、王子の飼い猫だよね」
総督府の敷地に限り放していてもいいと、シグヴァルドが許可をくれたのだ。昨日から放しっぱなしにしてるのだが、そうするとぴったりシグヴァルドに寄り添って、ベルトルドのところになど寄りつきもしない。
ニーナはいち早く駆けだしていって、にゃーにまとわりついた。その様子を見て、ユスティーナがベル【推し】ねぇなんて苦笑した。
「あの、僕はこれで……」
「ベル」
ユスティーナにいとまを告げようとしたとき、アストリッドがじろりとベルトルドを見た。
「王子に引きずられてその辺で不適切なことしまくったら、お祖父さまと兄さまだけじゃなく、姉さまからも鉄拳制裁食らうよ」
「ぅええ、ホントにゴメンナサイ」
「ベル、ほら早く行かないと、シグヴァルド殿下が待っていらっしゃるわ」
また小さくなったベルトルドに、ユスティーナが笑って助け船を出してくれた。頭を下げてベルトルドは、シグヴァルドの元まで小走りに近づく。
いつもみたいに笑って手を差し伸べてくれるシグヴァルドの手に、自分のそれを重ねる。大きな手にぎゅっと握りこまれ、ひかれるままにベルトルドは並んで歩きだした。
「待たせて悪かったな」
「お仕事忙しいんですか?」
黒から元の色に戻した銀糸の髪が、陽光を受けてきらめく。シグヴァルドはうなじを押さえて溜息をついた。
「あちこちから来る報告を聞いていただけだ。他人がいるところにおまえを同席させるなと、ルドがうるさいんでな」
「お忙しいなら、僕、時間できるまで待ってますけど……」
「そんなこと言ってたら、いつまで経っても会えんぞ。だいたいおまえ、明日から首輪を外すのにかり出されるんだろう?」
「でも一日では終わらないから、兄さまが無理ない範囲でいいって言ってました」
公邸へと続く短い段を上り、シグヴァルドが扉を開けた。ベルトルドを待ってくれているその前に立ち、シグヴァルドを見あげてエヘヘと笑う。
「終わったら会いに来てもいいですか?」
「当たり前だ。待ってるから、なるべく早く来い」
「はい」
シグヴァルドがやわらかく灰青の目を細める。腰にするりと腕が回り、体が引き寄せられた。ベルトルドは逆らわず体を預けると、大きな体にのしかかるように抱きしめられる。
見上げると目があって……。
目を閉じたベルトルドの背中で、パタンと扉が閉じた。
ベルとシグがくっついたので、これでいったん終了となります。
続きを書くとしたら、ムーンライトの方へ行くことになるかなと思います。
読んでもらえたことが、なによりもうれしかったです。
長い話にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
よければ、☆1~5段階で評価をつけていってくだされば、とても感謝いたします。




