70:露払いが始まりました3
フレデリク・エクヴァル(アスタに惚れてる先輩)
アロルド・セーデルルンド(副司令官)
ベルトルドの問いかけに、アストリッドは怪訝な顔をする。
「当然でしょ」
「でも殿下の気持ちも考えてあげてほしいっていうか……」
「ベルが考えてあげればいいんじゃない」
他人事のように答えるアストリッドに、ベルトルドは唇をとがらせる。
婚約破棄を一方的に告げられたあとでも、シグヴァルドはアストリッドを助けてくれると言ったのだ。アストリッドのことをいやになったっておかしくないのに、見放さないでいてくれるのである。
アストリッドとシグヴァルドの感情の落差はわかっていたけど、アストリッドはさすがに少し情がなさ過ぎやしないかと思った。
そんなベルトルドの気持ちを察したのか、アストリッドは嘆息してベルトルドを見やる。
「どうして私と王子を仲良くさせたいわけ?」
「だって、殿下はあんなにもアーシャのこと思ってるのに……」
「だから最初から言ってるよね。王子は別に私が好きなわけじゃないって」
自分の服を脱ぎ捨て、今度はベルトルドのお仕着せのボタンを外し始める。
「過去のことはただのきっかけに過ぎないから」
「やっぱりベルの方だったんだ。話が噛みあわないはずだ」
「昨日フレッド先輩と話したんだ。フレッド先輩も僕とアーシャを逆に覚えてて」
「ああ、聞いたんだ? ――ほら、腰を浮かせてバンザイ」
「で……でも先輩が僕と君が逆だったと知って、アーシャじゃなくて僕を好きになるの? 殿下だって一緒でしょう?」
素直に腕を上げたベルトルドの首からワンピースを脱がせる。ベルトルドには自分が着ていた制服を渡し、アストリッド自身はさっさとお仕着せに腕を通した。
「なんで? 君に乗り換えるでしょ? だってあの可愛かったベルに、みんなことごとくノックアウトされてるんだよ。君みたいのが好みなら、いずれ離れてくって。だいたい王子を憐れむように、フレッド先輩のことも憐れむつもり? ベルに従うなら私、王子と先輩で二股しなくちゃならなくなるんだけど?」
「ぅえ?」
「なあに、その反応? 王子はカワイソウだけど、先輩は別にカワイソウじゃなかったってこと?」
自分とは微妙にサイズが違う服を着込みながら、ベルトルドは顔を歪める。
助けてくれようとしているシグヴァルドと、害そうとしているフレデリクを同列に語るアストリッドには、さすがに納得がいかなかった。
「君にそんなもの着けた人だよ! カワイソウなんて思えるわけないよ。だいたいアーシャだって、どうして殿下のことはあんなに毛嫌いしてるのに、先輩のことは信用してるの?」
言い返したベルトルドに、アストリッドが肩をすくめる。
「そんなの簡単だよ。フレッド先輩、王子と比べるまでもなくバカなんだもん」
「ぅええ?」
思いがけぬ言葉が返ってきて、アストリッドを見てベルトルドは唖然とした。
「考えてもみなよ。王子なんてなに考えてるかわかんないタイプ、自分の身が危険なときに、怖くて傍に置いとけないんだって。気づいたら借金漬けで風呂に沈められてたとか、臓器売られてたとか、足に【コンクリ】着けられて海の中なんて、全然ありそうじゃない?」
「ぅえ? お風呂ってなに? 臓器買ってなにするの? それとも殺人事件の話? 海ってことはリゾートかなにかの話なの?」
混乱するベルトルドの横で、やだぁ、わかるぅ、と、ユスティーナがあっけらかんと笑う。いや全然わかりませんがと内心でつぶやいて、つい胡乱な目を隣の貴婦人に向けてしまった。
「フレッド先輩はなに考えてるかわかるから、危険がないし好きにさせてるだけ」
「殿下はそんなことしたりしないから」
「なに言ってんの。ベル、氷漬けにされかけて三日も寝込んだの、忘れちゃったわけ?」
呆れ顔のアストリッドに、確かにその通りで反論できなくなる。
「ベールー」
アストリッドはベルトルドの顔をガシリと両手でつかむ。額を合わせると緑の目がのぞき込んできて、ベルトルドはたじろいだ。
「昔よく言われたでしょ。おやつあげるからって言われても、絶対ついて行っちゃいけませんって。王子とアロルドおじさまは絶対、ついて行っちゃいけない類いの人だからね」
「ぅえぇええぇ?」
隣のユスティーナが、やだもう笑わせないでよぉとか言いながら、とても楽しそうだ。ただし笑っているのはユスティーナ、ただ一人だけだったが。
「まあそれでも、王子について行くのが君の幸せだって言うんなら止めないけどさ。仕方ない。なにかあったら言ってよ。一緒に殴りに行くぐらいはしてあげるから」
「ジャマしちゃダメよぉ」
「【腐女子】のお姉さまはちょっと黙ってようか。話がややこしくなるから」
終始ニコニコしているユスティーナを呆れ気味に見やり、混乱してるベルトルドを再び急かしてジャケットの着用を促す。仕上げにアストリッドは、ベルトルドの頭に黒髪のウィッグを被せた。
「なにするつもり?」
「人質取られてんの。だから取り返しに街に戻る」
「無茶はダメだよ。――やりすぎも」
アイナが未だに子ども時代のことを根に持っているのを思い出し、忠告も付け加えておく。
「了解。ベルはユズの傍にいてくれたらいいから、時間稼ぎよろしく」
「前も言ったけど、この歳になってバレないなんてあり得ないから」
「大丈夫だって。王子が釣れたんだから」
「殿下くらいしか釣れなかったんだよ」
自信持って、なんて言って笑っているアストリッドに、ベルトルドは唇を引き結んだ。
そのシグヴァルドだって、本当にだませていたのかアヤシイものだ。向けられている視線がずっとおかしな感じだった。たぶんアストリッドの悪ふざけだと思っていたに違いない。ニーナもアストリッドだと信じていたが、あれは彼女がアストリッドを知らなかったからこそ生まれた誤解だっただけだ。
馬車が止まり、扉が開く。ラウラと顔を伏せたアストリッドが降り、ベルトルドは一つ深呼吸する。
そして努めて無表情に、二人のあとへと続いた。
アスタのシグへの評価は、たぶんヤクザの若頭とかなんかのイメージ。
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