69:露払いが始まりました2
「だましただなんて人聞きが悪い。ベルが信じちゃったらどうしてくれるの?」
またまたベルトルドは目をぱちくりとさせた。砕けた調子で話すユスティーナは、以前話した時とは別人のようだ。たおやかで貴婦人然としていた印象は形’をひそめ、扇の陰でつんと顎を逸らした姿は少女のようだ。
眉根を寄せていたアストリッドは、沈み込みそうな深いため息をついた。
「昔のことを思いだした私が、どれだけ怖い思いをしたのか、少しくらいはわかってくれるよね?」
「よく言うわね。アズタに怖い物とかあるの?」
不機嫌そうに黙り込んだアストリッドに、ユスティーナが微笑んだ。
「だいたいね、あの時点で現状を予測して話していたとしたら、わたしは【エドガー・ケイシー】より優秀な超能力者ってことになるのよ?」
椅子に背を預け腕組みしたアストリッドは、いやそうな表情で顔を背けた。会話の内容こそよくわからなかったが、ユスティーナが勝ったらしい。
「……せめて手紙をくれたときに、もう少し親切にしてくれるとかさ」
「下手に関わりすぎると、ストーリーが変わってしまうじゃない。わたしがシグを前にして、どれだけ細心の注意を払ってきたと思っているの?」
再びアストリッドが溜息をついた。
いつもと様子の違うアストリッドとユスティーナを、ベルトルドは交互に見やる。とまどうベルトルドに、アストリッドは肩をすくめた。
「彼女が手紙をくれた人。昔、色々と教えてくれた友人」
「ああ……えと、アストリッドがお世話にな……りました?」
小首を傾げたベルトルドに、ふふとユスティーナは微笑んだ。ベルトルドの頬を、ユスティーナはすりすりと撫でさする。
「ベルってば、本当になんて可愛いのかしら」
「うちのベルに触んないでくれる?」
「独り占めなんて意地が悪いわよ」
「えと、ストーリーが変わってしまうって、お話通りに進んでるってことなのですか?」
拗ねた調子でアストリッドが文句をつける。過去の友人に呆れた表情を向けていたユスティーナが、ベルトルドの質問に目を戻した。
「今のところは、そうね」
頷いたユスティーナにとまどって、ベルトルドは小首を傾げた。
「その、結構違ってきてるって、聞いていたので……」
「ベルはニーナ嬢と話したのね」
さらりとニーナの名が口にのぼって、ベルは瞬く。ニーナの方はユスティーナの話をしていなかった。だからユスティーナが彼女を認識しているとは思っていなかった。
でもユスティーナは、またふふっと楽しそうに笑って、聖女が転生者なのはあるあるなのよ、と言った。
「ニーナ嬢はどうも表しか知らなかったんでしょうね」
「真エンディングというのがあるって聞きました」
「まあまあベルはアズタと違って、飲みこみが早いわねぇ」
「ほっとけ――んで? 真エンドってなに? ハーレムエンドとかってやつ?」
ラウラに髪を結ってもらっているアストリッドが、すかさず文句つける。ユスティーナは気にした様子もなく、そうねぇと、閉じた扇子を口元に添える。
そしてベルトルドへと流し目をくれた。
「このゲームにはハーレムエンドはなかったの。真っていうより、裏って感じかしら。向こうは乙女ゲームだけど、こちらはまあ、作者の趣味なのかしらと思ってたんだけど……」
「ユズのお気に入りは、小説かなんかじゃなかったっけ?」
「ゲームを作った作者が書いた、【同人誌】の小説ね。部数が少なかったみたいで、知ってる人がほとんどいないのよ」
へぇ……と、さして興味もなさそうにアストリッドが頷いて、話を変えた。
「それで? どれくらいまで情報開示してくれるつもり?」
「未来なんてわからないから、楽しいんじゃなくて?」
ふうんと相づちを打ち、アストリッドは自分の背後の壁へとチラリと視線を投げる。壁になにかあるのかと、ベルトルドも目を向けるが、御者席につながる小窓があるだけだ。
アストリッドがぼそりとつぶやく。
「じゃあ、二妃さまがベルに、ベタベタ触りまくって不快なんですって、王子に言っていいわけだ?」
「やめてやめて! そんなこと言ったらシグに嫌われちゃうじゃない!」
アストリッドの口を塞ぎ、ユスティーナが青くなって小さな悲鳴をあげる。
「そうは言ったって、こっちだって切羽詰まってるしさ」
「だからってやり方が汚いわ」
非難されたアストリッドはふむと頷いて、それから首をひねった。
「しょうがないな。じゃあ、二妃さまが王子によこしまな気持ちがあるみたいって、うちのお祖父さまに伝えとく?」
「……最悪よ。それでなくても警戒されてるのに、二人のこと、遠くから見守ることもできなくなっちゃうじゃない。なにが聞きたいの?」
「断罪は?」
「大丈夫でしょ。そんなことになったら恨まれるもの。だから全力でなんとかするはずよ」
「ああ、なる。それなら安心か」
ユスティーナがこちらを見て、そしてアストリッドまでもが目を向けてくる。ベルトルドの顔を見て頷きあっている二人に、どうにも居心地が悪くなって居住まいを正した。
「なあに、本当に気にしてたの? アズタのことだから、いざとなったら姿を消すくらいするつもりだと思ってたわ」
「そりゃそうだけど、一族郎党とか言われると、さすがに私だって罪悪感を感じるんだって――ベル、服交換して」
「あ……うん」
話している間、ラウラがせっせと編んでいた三つ編みをぐるりと頭に巻きつけたアストリッドは、シャツのボタンを外し始めている。いつもは下ろしている長い黒髪を上げただけで、印象ががらりと違う。
だが所詮中身はいつものアストリッドだ。人目など気にする素振りもなく豪快に脱ぐと、ベルトルドにも早くと急かしてくる。
その首元にはやはり、聖晶石が着いた、太く武骨な革の首輪が巻き付いていた。ベルトルドは顔をしかめた。明らかに装飾品というにはお粗末な首の飾りに、ラウラも眉根を寄せていた。
「外れそう?」
首元を覗き込んだベルトルドに、アストリッドが訊ねる。
「大丈夫だよ。今すぐはムリだけど、無効化するだけなら難しくないから。でも……」
魔法陣をトピアスの首輪についていた魔法陣を思い返す。一年前につけられたという彼のものと、アストリッドの首の魔法陣がなにも変わっていない。
「これって、つけられたの最近だよね?」
「魔鳥の襲撃のあと」
ベルトルドがここ数日見ていただけでも、改善――というのもおかしなことだが、できそうなところもあるのに、変わってないのは不可解だ。この魔法陣を作った人はこれで完成形のつもりなのか、それとも変更する気がないのだろうか。
「もしかして、ベル……」
ベルトルドが魔方陣に集中している間、じっと双子の兄の顔を見上げていたアストリッドが小首を傾げる。
「なにかあった?」
アストリッド自身、今大変なときなのに、その妹に心配をかけてしまった。情けに気持ちになって、ベルトルドは目を彷徨わせる。
「その、お祖父さまが来るって……」
「そっか……聖女か。そりゃ飛んでくるか――あーもう、会ったらどうしてくれよう、あんのくそじじい」
アストリッドが物騒に顔をゆがめる。もうすっかり、シグヴァルドのことで悩んでいたアストリッドはいなかった。ベルトルドは小首を傾げる。
「殿下と……本当に婚約解消するの?」
シグとかアスタとかはゲームファンの間での呼称です。「アズタ」や「ユズ(ユズカワ)」は前世での名字。ニーナはまんま「ニイナ」。




