68:露払いが始まりました1
本日2本目です。
アロルド・セーデルルンド(第一師団副司令官)
ディンケラ子爵(宰相の子飼い/ユスの付き添い)
グスタフ・アールステット(宰相)
フレデリク・エクヴァル(アストリッドに惚れてる先輩)
トピアス・ユーホルト(双子たちの代の訓練兵の副主席)
ユスティーナ(現国王妃)
ラウラ(アスタの侍女)
イングヴァル・フォーセル(双子の祖父・将軍)
「こんなのはおかしい!」
動揺にざわざわと練兵場の広場に、声があがった。一人の主張に、落ち着かない様子だった訓練兵たちが静まる。そして次々に賛同の声が上がった。
「前回の狂い咲きからまだたった二〇年だ。本当ならくるいざきはまだ三〇年も先の話のはずだ」
「こんな時期に聖女が出てくるなんてあり得ない」
異口同音の主張が次々にあがり、再びざわざわと動揺が広がった。
「司令官が赴任した頃からおかしくなった」
「失策じゃないのか」
そうだそうだとあおる声があると同時に、ばかじゃねぇのと反論がでた。
「失策とかで瘴気や狂い咲きが進むとかあり得るわけがない」
こちらの意見にも賛同の声が上がり、口々にいろんな意見を言い始める。喧々諤々の言いあいが、ただの罵りあいになるまで大した時間はかからなかった。手がでるのは時間の問題だろう。
「大丈夫でしょうか」
カーテンの隙間から入ってくる薄暗い馬車の中で、手を止めたラウラが不安そうにドアを見つめた。
「落ち着いて。コレだけ兵士がいれば、訓練兵が少々騒いだところでどうにもなりようがないよ」
ね、と笑いかけた時、ギャア! と一斉に騎鳥が咆哮する。驚いた馬たちがいななき、逆に騒いでいた訓練兵たちは再びしんと静まりかえった。
「まあ不安になるのもわかるけれど、なにを言ったところで狂い咲きのまでの時間が延びるわけじゃないからねぇ」
のんびりしたアロルドの声で、外の空気が和らぐ。烏の鳴き声に竦んでいたラウラも、アロルドの声にほっと肩の力を抜いた。
何回かこのままでは暴動に発展するかもと思ったタイミングもあったが、今回はあっさりと収束したようだ。いつか暴走するタイミングを狙っているのか、それともシグヴァルドが言うように状況が変わったので、不発に終わってしまったのか。
とはいえ、暴動が起きたとしてどうなるというものでもない。シグヴァルドの評判が多少落ちたところで、イェルハルドが王になれるわけでもない。第一師団の司令官だって、こんな最前線のトップなんて誰もやりたがらないから、王太子という身分ながらシグヴァルドが押しつけられたのである。
フレデリクの言うグスタフが用意したというポストの話や、いなくなったトピアスのこと、アストリッドや他の人たちにつけられた隷属の首輪のこと。聖女殿と手を組んだということと、ニーナにしている嫌がらせ。
グスタフの狙いはシグヴァルドや祖父イングヴァルなのだろうが、とはいえ実際なにをしようとしているのか、ベルトルドにはまったくわからなかった。
「ベルトルドさま、お顔が下がってます」
「あ、ごめんね――っていうか、まだ塗るの?」
片手に小箱を持ったラウラが、もう片手に持った大ぶりなハケを頬に往復させる。
「お嬢さまの方がお顔がシャープなので、もう少し陰影を足させてください」
ユスティーナのところの侍女のお仕着せ姿のベルトルドは、同じ格好をしたラウラから化粧を施されていた。
入れ替わるなら自分は必要なはずだと主張するラウラを伴い、黒髪のウィッグを持って、朝早めに総督府に向かった。しかし受付でユスティーナに取次を願っていいものかと悩んでいると、彼女の侍女がすぐに現れた。そして侍女の制服に着替えさせられたのだ。
肝心のユスティーナはというと、馬車のすぐ傍で誰かに明るい声で話しかけていた。状況が状況なのに、肝の据わった女性である。普段より少しだけトーン高い声で話していて、相手が気になったが、相手の声は聞こえてこない。
馬車の小窓にはカーテンがかけられ、外を直接うかがえない。音を聞く以外に外界を知る手段がない。足下からにゃーが相変わらずごろごろ喉を鳴らすのを感じながら、ベルトルドは馬車の中でじっと外から聞こえてくる物音に耳を澄ましていた。
ユスティーナがベルトルドたちをすぐに迎え入れたということは、アストリッドとはすでに話がついていたので間違いないはずだ。アストリッドが探していた転生者とはユスティーナのことだったのだろうか。
だとしてもおかしくはない。ユスティーナとアストリッドは持つ雰囲気がまるで違うのに、話す内容はよく似ていた。それに、アストリッドがたまに使う、聞いたことがない異国の響きを持つ言葉を、ニーナもだが、ユスティーナも使っていたのだ。
アストリッドのことを思い出して、ベルトルドはラウラに悟られないように小さく息をつく。
――……いじめるんだ。王子を取らないでーって。
――……聖女を殺そうとしたんです。
アストリッドの言ってることとニーナの言葉に矛盾はない。
聖女を害そうとしたこと、それが問題だったのだ。
王子をとられそうになって嫉妬心からニーナを殺そうしたなんて、いかにも愛憎劇の中にはありがちなシチュエーションだ。でもそれをアストリッドがするって考えるとどうにもおかしな感じになる。でも、今の彼女ならそれも考えられなくはない。
今のアストリッドは危うい。ニーナが聖女殿で受けた仕打ちに、アストリッドが直接関与したのかはわからない。ただ今のアストリッドは命じられたことに逆らえない。自身がそんな気がまるでないとしても、今のアストリッドは命令されれば動かなければならないときがあるからだ。一昨日の総督府での出来事がその状況だった。
今、アストリッドがニーナを殺せと言われれば、彼女はあらがえるのだろうか。ううん、アストリッド自身が手を下さなかったとしても、誰かに罪を着せられたらアストリッドは否と答えられるのだろうか
そしてアストリッド行動はそのまま祖父の失点となる。シグヴァルドの気持ちがどこにあろうと、アストリッドがこの時期に聖女を害したとなれば、シグヴァルドは対処せざるを得ない。アストリッドがなしたことの如何によっては、一族郎党断罪というのもあり得ない話ではないのだ。
アストリッドはどれくらい自分の置かれた状況を認識しているのだろうか。首輪のことは言うなと口止めされていたから、従兄姉たちにもアストリッドの危険な状況を伝えてない。アストリッドが今日、ベルトルドと入れ替わろうとしていることを、シグヴァルドには言っておくべきだったのだろうか。
ガチャリと馬車の扉が開くと、アストリッドを伴ってユスティーナが戻ってきた。金茶の髪をまとめ、乗馬ドレススタイルのユスティーナと、長い黒髪を背に流した制服姿のアストリッドだ。そのうえユスティーナはとても機嫌が良さそうで、従うアストリッドはげんなりした様子という、対比の激しい二人にベルトルドは目をぱちくりさせた。
アストリッドはラウラの隣に座り込むと、疲れた様子で押し黙る。
二頭立ての馬車が動き出し、随従する騎馬の蹄の音が続く。ガラガラと音を立てて馬車が進み出してもアストリッドは黙ったままだった。
隣で心配そうにおろおろしているラウラは、アストリッドに声をかけたいのだろうが、ユスティーナが同席しているために口を開けない。チラチラと送ってくる視線は、代わりに尋ねろという催促の視線だろう。
「ええっと、アーシャ、その……大丈夫?」
アストリッドは兄を見て、その目を横へとスライドさせる。
「おまえ、だましただろ」
久々のアロルドおじさまですが、出番が短い……。




