39:聖女のお見舞いに行きました2
アイナ・クロンバリー(双子の従姉/ルドの妹/シグの侍女)
ユスティーナ(現国王妃)
グスタフ・アールステット(宰相/ユスの父)
イングヴァル・フォーセル(双子の祖父)
本日2本目です
「ふふ、それにしても久しぶりね、入隊のときも会えなかったし。アロルドおじさまが会ったって自慢してきて、どれだけ悔しい思いをしたか」
頬杖を突いて、アイナは唇を尖らせた。アロルドとなんの話をしてるのか呆れる。
「姉さまに会おうと思ったら、殿下に会いそうだったから」
「ルド兄さまたちね。ホントうるさい人たちよねぇ。それでわざわざ寮暮らしをしてるんだって?」
「う~ん、おうちに居るとどうしても、アーシャの話を聞いて気になっちゃうからから、距離を置いてたんだ」
「そこまで徹底してたのに、またどうして殿下と仲良くなっちゃったの?」
仲がいい? と頭の中に盛大なクエスチョンマークを浮かべながら、ベルトルドはお茶をすする。おそるおそる口に含んだお茶はぬるめで、口の中の傷にしみなかった。気遣いにほっこりしながら、しかしシグヴァルドはどういうふうにアイナに話しているのかと疑問だった。
「この間までほとんど会ってなかったんだけど、アーシャに一週間前くらい前、急に呼びだされて」
「廊下が凍った日ね」
間髪入れずに突っ込まれて、ベルトルドは小さくなった。
「……カツラ被せられて」
「また身代わりにされたの? 呆れたわ」
「だから仲良いとかじゃないよ。お仕事の話だし」
「貴族の訓練兵のことね」
ホント、頭が痛いわね、なんてつぶやいて、アイナはベルトルドと目を合わせるとふふっと微笑んだ。
「あの方はね、大抵の人とはわざわざ時間をつくってまで話はしないのよ」
「お仕事してるんだから、会わないなんてできるの? この間もアロルドおじさまと一緒に、ディンケラ子爵と会食したんでしょ」
「アロルドおじさまをクッションにしてね。普通はルド兄さまを通して報告させるか、報告書提出させるの。自分で会ったりしないのよ」
ベルトルドはドライフルーツを口の中に入れながら、ふうんと相づちを打つ。そう言えばなにかと二言目には、ルドと打ちあわせろと言っていたような気がする。
「ベルの話がシグヴァルドさまの口から出たのだってびっくりしたのに、連れてくるから好きそうな物を用意してやってくれって言いだすんですもの、目玉が飛びだして転がっていっちゃうかと思ったわ」
くすくすと非常に楽しそうに笑っているアイナを見て、ベルトルドは首を傾げた。
「姉さまが会いたがったからって、殿下はおっしゃってたよ」
「そりゃあ会いたいわよ。今までだって久しぶりに会いたいわぁなんて話はしてたけど、近くに居るんだし、休みをやるから行ってこいなんて素っ気ないものよ。うち、人数が少ないからそうそう休めないしねぇ」
そう言って、アイナはまたおかしそうに笑う。
「それがねぇ、連れてくるだけならまだしも、好物を出してやれ――って言ったのよ? 今まで押しかけてきた客に、茶なんか出すなって言ってらしたのに」
押しかけてって、面会の約束なしに突撃してくるってことだろうか。それはそれで、茶を出してもてなすなと言う意味はわからなくもない。
「じゃあ、二妃さまとは仲良しなの?」
どういうこと? と問うたアイナに、お茶会の時の話を説明する。殿下が城に滞在するようにと勧めたという件を聞いて、アイナは苦笑した。
「あー、あれはねぇ……なんて言うのかしら、つぼみがたくさんついてて怖いわぁなんて、こう……」
困り顔を作ってうつむくと、アイナは思わせぶりな様子で何度かベルトルドの顔を見ることを繰り返す。
「横目でチラチラしてらしてね、シグヴァルドさまが根負けなさったの」
二妃さまって強いなぁと、ベルトルドは感心した。いやまあ、本人の目の前で観察日記がつけられなくなると嘆いた人である、強くないわけがない。ベルトルドなんて、未だシグヴァルドに会うたびにびくびくしているくらいだ。本人は機嫌の移り変わりが激しくて怖い上に、近づいただけで祖父や従兄に叱られるのである。
しかしユスティーナが総督府にいる理由は納得がいった。
総督府は街の防衛施設でもある。聖木の真正面、それも一番高い建物となれば、いざ魔鳥が襲来したとき、真っ先に狙われる場所である。それでは安心して暮らせないと思った当時の王族がつくったのが離宮だ。離宮の方が圧倒的に安全なのだ。
なのにそばにいた方が安全だからなんて、シグヴァルドが言うのはおかしいなとは思ったのだ。
「まあ、でもシグヴァルドさまに強気でものを言える人なんてそうそういないから、ユスティーナさまは気安い方に入るかもしれないわね……――兄さまになにか言われたの?」
「違うよ。ただ、ルド兄さまが警戒しているみたいだったから、お祖父さまも同じなんだろうなと思って」
「そうね。基本的にはお優しい方だと思うの。ただ。彼女にも王宮でのお立場があるでしょう? だから必ずしも、いつでも味方してくださるとも限らないって所かしら。大おじさまの目にはその辺りがいまいち信用できないと思えるんでしょうねぇ」
アイナは手元のカップに目を落とし、王宮で暮らしている頃はね、と、ぽつりと言葉を落とす。
「それはもう大変でね。もちろん大叔父さまは手を尽くしてくださったけれど、ずっと一緒にいていただけるわけでもないでしょう? ユスティーナさまにはいろいろ助けていただいたのよ。ただお立場的に全面的に助けていただけないときだってもちろんあったから、兄さまたちも信用しきれないんでしょうね。でもね、あのお方だって王宮で自分の立場を守りつつ生き抜いていかなければならないのだから、助けてもらえないことがあるのは当たり前なのよ」
王宮内では、常にあちこちへ飛び回らなければならない将軍イングヴァルより、常に王宮内で王の傍近くに控える宰相グスタフの方が影響力が強い。グスタフがなにを言ったわけでなくとも、使用人たちが彼の声なき言葉を察し、意を先読みして動くことは想像に難くない。その中でシグヴァルドと彼に仕えるものたちは追い詰められていったのだろう。
「シグヴァルドさまに聞いてみた?」
「殿下は、二妃さまは自分で遊んでるだけだって」
「ふふ、らしい答えね。ねぇベル、自分で相手を見て答えを出せばいいのよ。どうしても徒党を組むと足並みをそろえなくちゃいけなくなるし、自分ひとりだけ勝手なことをしていては周りの足を引っ張ってしまうことになるけど、そこだけ気をつけていればいいの。なにもかも大叔父さまたちにあわせてると、自分ではなにも考えられなくなっちゃうんだから」
シグの裏話回でした。
明日も2回の予定です。
続きが気になると思ったら↓の☆☆☆☆☆やブクマなど、応援していただけたらうれしいです




