38:聖女のお見舞いに行きました1
アイナ・クロンバリー(双子の従姉/ルドの妹/シグの侍女)
ディオナ・フォーセル(双子の母/父は婿養子)
後でもう一本上げます
ベルトルドは二人を見送る。背中を見送りながら、ゆっくりと深呼吸した。今すぐあの二人の間に割って入って、アストリッドを連れ戻したい気持ちになったが、彼女がそれを望んでいないだろうことはわかる。
今はアストリッドに頼まれたことをするしかない。猫の人形は領地だ。たぶん本当に欲しいわけじゃなくて、助けを必要としているってことだろう。たぶん言いたかったのは露払いで入れ替わりたいってことだと思った。
聖女殿を出て途中花を買い、総督府の受付の前で呼び出した人物が現れるのを待つ。
「ベル、待たせてごめ……」
言葉は途中で途切れて悲鳴に取って代わる。
「きゃあぁぁぁあどうしたのその顔は!」
駆け寄ってきたアイナ・クロンバリーは、ぐわしっとベルトルドの頬を両手で挟み込んだ。
「痛い! いた、痛いから姉さま、痛い!」
「当たり前よ、痛いに決まってるじゃない、そんなに腫れてるんだから」
目を潤ませたアイナは、わっとその場で泣き崩れた。
「ベルがケンカして帰ってくるだなんて……保護者に謝りに行かせるだなんて姉さま不幸、そんなことさせるのはアーシャだけだって信じてたのにーっ」
「姉さま、ケンカはしてないから。仲裁に入った時にちょっとかすっただけだから」
衆目の面前で大きな声で出すものだから、くすくすと笑う声が聞こえてくる。アイナは一時期公爵家で暮らしていた時期があった。そのころ、領地の友達と結託して悪さをしていたアストリッドのことで、何回も頭を下げに行かされたことを根に持っているのだ。
ため息をついてベルトルドは、だいたいと言葉を続ける。
「泣き真似だってちゃんとわかってるんだからね」
「あらあら、ベルがすっかりひねちゃったわ。昔のベルくんったら、姉さま泣かないでなんて、泣いてたら一生懸命、手を握ってくれたのに」
子供はあっという間に大きくなっちゃうわねぇなんてぶつぶつ言って、スカートの裾を払いながらアイナは立ちあがる。
「あら、なんだか怒ってる? 姉さまやり過ぎたかしら」
ベルトルドの顔を見たアイナが、じっと目をのぞき込んでくる。ベルトルドはたじろいで、足下に目を彷徨わせた。態度に出していたつもりはなかったが、従姉にはお見通しだったらしい。
「ちょっと、ヤな人がいて」
「アーシャになにかあったの? ――だって、ベルは自分のことでは怒らないでしょ?」
何故わかったのかと目を向けると、アイナは続けて種明かしした。
「まさかその人とアーシャがケンカして、仲裁に入って殴られたなんてオチじゃないわよね?」
ヤだわ、またアーシャの謝罪に行かないと……と言って早速出かけようとしているアイナを、ベルトルドは慌てて止めた。
「違うよ、これはまた別件だから。――アーシャのこと、人形みたいに扱ってて……」
命知らずな御仁もいたものねぇとアイナは呆れたように言って、それからベルトルドの頭をなでた。
「アーシャはやり過ぎるくらい自分でやり返す子なんだから、ベルは手を出さないのよ。さすがに謝ったくらいじゃすまなくなっちゃうんだから――ところで使者とはすれ違っちゃった? シグヴァルドさまは昨日から会議でお忙しくてね」
「あ、ううん、ちゃんと聞いたよ。昨日の魔鳥のことだよね?」
「そうよ。ちょうど先ほど、聖木の偵察に出たウル連隊長が戻られたところでね」
「そっか。――僕、ニーナ嬢のお見舞いにきたんだ。寮監から荷物預かってきたし」
「そうだったの。彼女、昨日の夜遅く目をさましたんだけど、気分がすぐれないのか人に会いたがらなくてね。もしかしたら会えないかもしれないんだけそれでもいいかしら?」
「もちろんだよ。荷物を渡すのが目的だから。なんなら姉さまから渡してくれれば」
花と鞄を示すと、そうとアイナは頷き、ベルトルドを連れて右翼棟へと向かった。
右翼棟に入ると、すれ違った侍女が脇によけて頭を下げる様子を、ベルトルドは目で追う。なあに? と横を歩くアイナが小首を傾げた。
「あ、うん。ここで働いてる人を初めて見たものだから」
「あの人たちは、ユスティーナさまが連れていらした王都の侍女よ」
ユスティーナのお茶会に呼ばれた時は、離宮の手入れに行っていたそうだ。準備が整えば、イェルハルドは向こうに移るらしい。
イェルハルドの世話のために連れてきた使用人の半分は残るらしくてねと言って、アイナは声を顰めた。
「人が多いとどうしても向こう側の人が入り込んでくるし、若い娘だとシグヴァルドさまの色香に迷ってしまって……」
アイナはほう……と憂鬱そうにため息をついた。
「この間入った子なんてもうクビよ? ご寝所に忍び込んだなんてかわいい方でね、食べ物に街の呪い師だが占い師だかに売りつけられた媚薬だ惚れ薬だのを混ぜる子がいたり、シグヴァルドさまが誰を見たなんて、侍女同士で喧々諤々し始めて職場崩壊よ? シグヴァルドさまがいちいち、侍女の一人一人の顔なんて認識してないって、どうしても理解できない娘が多くって」
一息に言い切って、困ったものよねぇとアイナが同意を求めてくる。ルードヴィクと同じで、アイナも相当なストレスを溜めこんでいるようだ。
苦笑いをするベルトルドが通された部屋には、既視感があった。
「ディオナさまが好んで使っていらした部屋よ」
「母さまが……」
大きな掃き出し窓の前には丸テーブルが置かれ、その傍に寝椅子と、壁際に本棚が一つ置かれている簡素な部屋だ。先日訪れたタウンハウスの、アストリッドがいた部屋とそっくりで、やっぱり親子なんだと、ちょっと笑ってしまう。
母は十年前総督兼司令官としてトゥーラに赴任していた。父はその補佐としてついて行ったのだ。昔ベルたち双子が祖父に連れられてトゥーラを訪れたのは父母に会うためだった。父母は双子の七つのお祝いに戻る道中で亡くなり、双子のお祝いは行われることなく終わった。アイナが公爵家にいたのはちょうどそのころだ。
ちょっと待っててねと、花だけを預かってアイナは出て行った。ベルトルドが部屋の中を見て回っているうちに戻ってきてお茶の準備を始める。
「ニーナさんのところに今、人を行かせたから――それで殴られて、にゃーちゃん跳びだしたりしなかったの?」
「うん……それはまあ。――ものすごく怒ってるけど」
殴られたあとからにゃーは、影の中でずっとうにゃうにゃこもったような声で文句を言っている。
「トゥーラに来てからあまり外にだしてあげられないから、機嫌が悪くて」
「まあ仕方がないわね。一応従魔登録をしてあると言っても、肉食の魔物なんて恐怖の対象でしかないもの」
「こんなにかわいいのに」
「大きいってだけで基本恐ろしいものよ」
さあどうぞと促されて、お茶とお茶菓子が並んだテーブルにベルトルドは着いた。反対側に座ったアイナがニコニコとベルトルドの顔を見た。
双子の従姉がようやく登場です。
シグはなんでも自分でするので世話には手間がかからないけど、別の意味で大変そうです
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