10:妹の話について行けませんでした
アストリッドにしては珍しく、疲れたように長いため息を足下に落とす。
例えば自分なんかが、誰かの思い通りに動かされてるとしたら、それはまあそういうこともあるかもしれないとベルトルドは思う。だって自分は別に意志が強いわけでもなく、まあ、わりとぼんやりと生きている方だ。でも、アストリッドだったりシグヴァルドみたいに、およそ周りに流されるようなことをよしとしない性質が、意思に反した行動をとらされるというのなら、それはいったいどれほどの強制力なのだろうかのだろうか。それはもう神の領分のように思える。
「それってもう、人間ごときにどうこうできることなの?」
「諦めたらそこで終わっちゃうんだよ」
前向きなのはアストリッドの長所だとは思うが、だからといってそういう問題じゃない。向けられた兄のうさんくさい物を見る目に、アストリッドは肩を竦めた。
「私のことはまあ、とってもいやではあるけど、ひとまず置いといて。ただ……」
「なに?」
「下手したら、一族郎党断罪なんて可能性があってね」
ベルトルドはアストリッドを見つめたまま、ぱちくりと瞬く。
祖父イングヴァルは国の重鎮である上、シグヴァルドの後見人にして、彼を支持する派閥の長で、ルードヴィクは彼の補佐官、彼の侍女のアイナは乳姉弟であり、彼らの母は乳母だ。一族郎党ってことは彼等まで処刑するというのか? たかだか恋愛のもつれで?
いくらなんでも――。
「……ムリがあるよね?」
「どうかな? 世の中、恋愛至上主義の人もいないわけじゃないし、歴史的に見て、王さまってぶっ飛んでる人も少なくないし」
だからといって真実の愛を見つけたと言っては婚約者を断罪し、痴情のもつれが起こるたびに一族郎党処刑するような国じゃ、安心して暮らせないと思うのはベルトルドだけなのだろうか? できればもう少し多数派の考えであってほしい――なんて思っている時点で、ベルトルドも相当頭の中が混乱しているのかもしれない。
「んー、どうも突拍子もなさ過ぎて……もうちょっと詳しいことが知りたいかな」
「私もこれ以上詳しいことはわからないんだ。基本、そーゆーものらしいってくらいしか。人からの又聞きなんだよね」
「基本って……」
「だから、王子っていうものは真実の愛に出会うものだし、出会ったらそれまでの婚約者はお相手をいじめるものだし、その結果断罪されて捨てられるものってこと」
けろりと言ってのけたアストリッドに、ベルトルドは呆然とする。そんなものが基本だったというアストリッドの前世の世界、一体どういうものだったのか想像するだに恐ろしい。
「いや待って、君なんかヘンな妄想してる。そういう物語が流行してたってだけだから」
「でも、物語って現実を反映してるものでしょう?」
「いや、反映はしてるけど、現代社会のストレスがどうのって――いや、それはどうでもよくて、そういうのが流行ってたんだ。主人公一人に対して複数の攻略対象――う~ん、なんて言ったらわかりやすいかな。運命の相手が複数いてさ、その中の一人と、時には全員と、真実の愛の育むんだけど、ほら障害があると燃え上がるっていうでしょ。その障害が私の役どころ」
一部激しく突っ込みたい話を聞きながら、とりあえずベルトルドは相づちを打つ。
「でね、運命の相手が王子であり、第二王子と君もその一人ってわけ」
「ぅえぇぇえ……」
「それに、私以外にも……」
もうなにがなんやらわけがわからなかった。なんというか、アストリッドの話はちょいちょい引っかかる部分があって、それがどうも理解を妨げている気がするのだ。断罪だけでもいっぱいいっぱいだった。なのに、運命の相手が複数いるだの、複数人と真実の愛を育むとか、そんなのもうもめる未来しか想像できない。いやそもそももめたからこその断罪なんだろうに。
聴けば聞くほどわからなくなって、ベルトルドはとうとう手すりに突っ伏した。それでもまだなにか続けようとしたアストリッドが、ふと階段の方へと目をやる。つられてベルトルドも意識を向けると、なんだか階下が騒がしい。いぶかしく思っていると、すぐに階段をラウラが上ってきた。
その背後で執事が静止する声がどんどん大きくなっているのだが、彼女はそんな騒ぎなど存在していないかのように、美しい所作で一礼する。
「お嬢さま、ベルトルドさま、ご歓談中失礼いたします。ルードヴィクさまがお見えでございます」
そんなラウラを押しのけて、背中に制止する執事をぶら下げ、小脇にはこぼれんばかりの花を無造作に抱えたルードヴィクが現れた。垂れた枝に小さな真白い小花がびっしりと連なり、花の合間から小さな新緑の葉がのぞく、清しい印象の花だ。
ルードヴィクを止めようと頑張っている執事に、いいよとベルトルドが手を上げてみせると、一礼をして戻っていく。離れていった執事を気にすることもなく、機嫌の悪さを隠さないルードヴィクが、ずかずかと双子の前にやってきた。
「殿下からだ」
「……また?」
おもむろに花束をバサリとアストリッドに押しつける。ぞんざいな扱いに、ボロボロと小花が床にこぼれた。受け取る方もこれまた無然とした様子を隠そうともせず、深くため息を落とす。
「ユキヤナギでしょ。きれいだね」
二人の間に流れる膿んだ空気感を散らしたかっただけなのだが、控えていたラウラに花を渡しながら、アストリッドはもの言いたげな横目をベルトルドにくれた。
「じゃあ、あげる」
「殿下の好意をベルに押し付けるな」
「そんなこと言われたってね。王子がなにかの意味を持ってこの花を選択してるのはわかるよ。だけど相手に伝わんなきゃ意味がないって思うの、私だけなのか?」
「思い出のお花……とかじゃないの?」
「知らない」
おそるおそる隣を見ると、目が合ったアストリッドが素っ気なく肩を竦める。まさかとは思いたかったが、これもまた強制力とやらのなせる技なのだろうか。
「ルド兄さま、殿下になにか聞いたことある?」
「さあ? 上司の恋路にいちいち割って入るほど、奇特な神経は持ち合わせてない。王后陛下のお好きだった花ってことくらいは知ってるが」
「王后陛下って、亡くなった王妃さまのこと? シグヴァルド殿下のご生母の?」
「王宮の庭にも植えられてるだろう? まあ、おまえたちはめったに王宮には来ないから、覚えてないかもしれんが」
おまえたちと口では言いながらも、ルードヴィクのとがめる視線は真っ直ぐアストリッドへと注がれている。だが当の本人はどこ吹く風だ。どこか遠くの方へと視線を向けているアストリッドに、ルードヴィクの表情が険しさを増した。
「アストリッド。うるさくは言いたくないが、そろそろ殿下とはきちんと向きあえ」
「兄さまこそ。そろそろおジイさまに真剣に進言すべきだよ。孫娘に王子の婚約者は荷が勝ちすぎますって」
ルードヴィクは上からのしかかるように威圧し、受けて立つアストリッドも冷ややかに下から睨めつける。ゴゴゴゴゴゴと、なにやら背中に重量級の圧力を背負って、お互い一歩も引かず睨みあった。
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