11:王子にいただいたお花はなんだか甘そうです
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「無理強いなんてろくなもんじゃないから」
「昔は王子さまと結婚するって言ってただろ」
「幼児が絵本を読んでもらってなにかに憧れるなんて、いたって普通でしょ」
「貴族の子女が政略結婚くらいでガタガタ抜かすな。結婚なんてそういうもんだ。家のために親の言われたところへ嫁ぐんだよ」
「横暴だよ。女にだって職業選択の権利も、旦那を選ぶ権利だってあるんだぞ!」
「あほか! 誰が女の話をしてる! 貴族の子女にそんな権利はないって言ってるんだ。家のために結婚するんだよ」
「わぁ! 時代錯誤! 【モラハラ】! そんなじゃお嫁さんなんて来てくれないんだから」
「なんだそれは! おまえは昔から、意味の通じんことばかり言うな!!」
「家のためっていうなら、ベルだってよさそうなものじゃない」
「バカか! 男だぞ」
ルードヴィクにビシッと指を突きつけられて、ベルトルドはぱちくりと瞬く。唐突に飛び火してきて驚いていると、アストリッドがふふんと笑った。
「ルド兄さま、若いのにそんなに古い考え方でどうするの。時代に取り残されちゃうよ?」
「だからそれはどこの世界の話だ! 王太子殿下に男を斡旋するな」
ルードヴィクは大きくため息をつくと、ぽすんと双子の頭に大きな手を乗せた。
「あのなぁ、おまえら幾つになったんだよ? そろそろオヤジさまを安心させてやれ。国の行く末を考え、親代わりとして背負ってるもんが多い殿下のことを考え、親を失ったおまえらの行く末も案じてる。あの人ももう歳だ。おまえらだってもう、娘夫婦を失ったせいで苦労の多いオヤジさまの手助けをできる歳だろう」
そんなふうに情で来られると言い返すのが難しくなって、アストリッドはバルコニーの柵にもたれて口を閉ざす。視線を逸らして押し黙ったアストリッドの頭を、ルードヴィクは少し乱暴にかき混ぜるようになでる。それから二人の間でおろおろしていたベルトルドへと向き直った。
「おまえもだ、ベル。アーシャのことに首を突っ込むなと言われてるだろ」
「で……でもルド兄さま」
今のアストリッドをこのまま放置しているのも、危なっかしいと思うのだ。アストリッドの方を気にしながら反論しようとしたベルトルドの二の腕を、ルードヴィクはつかんでぐいと己の方へと引き寄せた。
「このままが一番無難なんだ。下手に引っかき回すなよ、ベルトルド」
その耳元へ、覆い被さるように口を寄せて、低い声が釘を刺す。びっくりして竦んだベルトルドの頬を、ぺちぺちとなだめるように叩くと、ルードヴィクは帰って行った。
親はとうに亡くなり、祖父も忙しくて傍にいてくれなかった双子を、なにくれとなく構ってくれたのがルードヴィクだった。彼はよく怒って怒鳴りはしたが、こんな低く押し殺したような声で脅されたのは初めてで、ベルトルドは呆然と見送るしかなかった。
「ベル、ごめん」
立ち尽くすベルトルドの前に、しょんぼりしたアストリッドが立った。ルードヴィクが去ったあとも、階段から目を離せなかったベルトルドを気遣い、わざと視界を塞いでくれたのだ。ベルトルドは微笑んだ。
「ううん。兄さまがいつもと違ったからびっくりしただけ。大丈夫。アーシャこそ平気?」
「あれくらいで私が退くと思ってるなら、兄さまも大概甘いよね」
ふふんといつもの顔で笑って見せて、それからアストリッドは階段へと目を向けた。ルードヴィクが消えていった階段をじっと見下し、思案顔をさらす。だが花瓶を抱えて階段を上がってきたラウラに、ふっと息をついてアストリッドは振り返った。
「さて、へこんでても仕方ない。ベル、ご飯食べて帰るよね? ラウラー、ベルにもごはんの用意してあげてー」
「ルードヴィクさまから、今日はこちらに泊まらせるようにと申しつけられましたので、準備させていただいております。お風呂にゆっくり浸かって、暖かくして寝るようにとのお言伝です」
濡れて冷たかった感触がにわかによみがえって、ベルトルドは自分の尻の方へと目を向ける。だが続くラウラの言葉に、勢いよく二人を見た。
「お嬢さま。お花はどちらに飾られますか? 前と同じように倉庫にしまっておきますか?」
「ベルが欲しいんだって。あとで誰かに寮の部屋まで運ぶように言っといてよ」
前ってなに? 前と同じように倉庫って。いやいや、領地にいるときも、都のタウンハウスにいるときも、こんなお花を見たことがなかった。でも花を受け取ったときに、アストリッドはまたって言っていた。そう言うからには何度か花をもらっていたはずなのだ。ってことは、いつもはどうしてたのこのお花。王子にもらったお花を倉庫にって、それはちょっとさすがにどうなの?
頭の中をぐるぐると巡る思考を遮って、ベルトルドは心の奥底からはあぁぁぁぁぁっと重いため息をついた。そして花を持って階下に降りようとしていたラウラの肩をつかむ。
「そのお花、応接室に飾ってくれるかな」
「でも、お嬢様が……」
「……応接室に飾ってくれるかな」
にっこりと笑ってみせたベルトルドに、ラウラは少し青ざめた顔でこくこくこくと何度も頷いた。
「アーシャ、君ね」
さすがに批難の目を向けると、アストリッドはえー、と口を尖らせた。
「王子にもらった物がチラチラ目に入るなんて、精神衛生上よろしくないでしょ? 大事にしまっとくくらいにとどめといたんだから、褒めて欲しいな」
さすがのアストリッドも捨てるのは拙いと思ったらしい。や、だからって倉庫って、と、口の中でぶつぶつ言っているベルトルドに、それで? とアストリッドは目顔で問いかけた。
「ルド兄さまの伝言、どういうこと?」
「んー、殿下に危うく氷漬けにされそうになったんだ」
「よくにゃーがキレなかったね?」
「なんかね、殿下のこと気に入ったみたい」
「あー、魔力高い人好きだもんねえ」
むうっと口を尖らせたベルトルドに、アストリッドがあははと笑った。そしてう~んと首をひねる。
「……感情の起伏が少ない人かと思ってたんだけど、魔力の制御が効かないほどって相当だ。そこまで怒ったの? きっかけ、なんだった?」
「名前を訊かれたんだけど……」
「名前ねえ。会ったことなくても話ぐらい聞いたことあっただろうに。隊長たちに大人気なのにさ」
だから嬉しくないから、それ、と抗議して、シグヴァルドが怒りだした一連の流れを説明する。
「ああ、そりゃバレるか。はちみつでべしょべしょのパンケーキ? 生クリームが山盛りのシフォンケーキ? それともジャムでパフェみたいになった宵越しのオーツ麦?」
「……パンの方。君じゃないのはバレたけど、僕のこと知らないなら、おジイさまには入れ替わりがバレないで済むかもと思って、とっさに困りますって答えちゃったんだ。そしたら怒りだしちゃって」
「んん? それって私に対する怒り? ベルが名乗んなかったの、単純に腹立ったんじゃないの?」
「従わなかったから怒ったってこと? でも、どうして会いにこなかったとか言ってたから、やっぱりアーシャのことじゃないのかなあ」
存在ごと忘却の彼方だったとは思ってないが、それでも失念していた人間が会いに来るもなにもないだろう。だがアストリッドは納得がいかない顔だ。
「甘い物か……」
また階段の方へと目をやって、アストリッドは口元を押さえて押し黙った。なにごとか考えているような顔をしている妹を待ちながら、ベルトルドは足元に散らばった花を拾った。小さな花を摘んで集めていると、なんだか無性に甘いものが食べたくなってくる。
「ベルトルドさま、お願いがあるのですが」
ちょっと金平糖に似てるからかなぁと、などと小花を見ながら考えていたベルトルドは、人の気配に目を上げた。腰をかがめた執事が遠慮がちに声をかけてくる。
「冷蔵庫の調子が悪くて、お帰りになるまでに一度見ていただけませんか?」
「冷えないの? 魔石変えてみた?」
「いえいえその逆で、冷えすぎて、中に入れた物が凍りついてしまうんです……」
「凍っちゃうのかぁ……魔方陣が擦れたかな? じゃあ、今から……」
昼にできたばかりのトラウマを刺激されたが、それ以上に興味を刺激され、ベルトルドは素早く腰を上げる。が、アストリッドにすかさず首根っこを捕まれた。
「ダメだよ、ベル。君、魔方陣のこととなったら時間を忘れるんだから、ご飯食べてから」
「ぅえ? ちょっと見て来るだけ……ちらっとだけだよ」
「はいはい、さっさとご飯食べよ。それだけ早く見に行けるから」
譲ってくれる気はないらしいアストリッドに促されて、ベルトルドはあとに従う。とぼとぼと食堂へ向かいながら、話を戻した。
「それで? これからのこと、あてはあるの?」
「一応ね。一つはちょっと様子見かなあ。もう一つは主人公に会いに行くこと――なんだけど、コレはあんまり執りたい手段じゃない」
3本の立てた指を順番に折っていく。最後に残った指に触れながら、アストリッドは小首を傾げた。
「私以外にも転生者がいるっぽいんだ。できればその人を見つけたいんだよね」
花を倉庫にしまうのはない
とベルくんに共感できたら☆やブクマなど応援していただけたらうれしいです




