妹は兄を描きたい
「お兄ちゃん、動かないでくださいね」
俺は今、絵のモデルになっている。描いているのは誰か? それについては言うまでもないだろう。俺の妹はノリノリで筆で油絵の具をカンバスに乗せていく。
事の起こりは「お兄ちゃんの絵が描きたいです!」というミントの思いつきだった。今までの報酬から少し出してセット一式を買ってきて、当然のごとく俺がモデルにされたのだった。
「なんでまた急に絵なんて……」
「お兄ちゃんの偉大さを後世に残しておきたいと思いましたので」
俺は偉大な人物ではないのだが……
「頼むから公に飾ったりしないでくれよ? 恥ずかしいから」
「大丈夫です、私の部屋に飾るのが目的なので」
一体俺の絵を自室において何のメリットがあるのかは知らないが、とにかく俺の絵を描きたいらしい。ちなみに魔法による映像の転写をしてくれる商売もあるがミントは自分で描くことにこだわったためこんな事になっている。
「お兄ちゃん、もっと胸をはってください! 私に描かれるんですよ? 名誉なことじゃないですか」
俺はコイツに映像転写のスキルを付与できないことについて不平を言いたくてしょうがなかった。なぜ戦闘用ばかりスキルが湧いてくるのか全くもって謎だ。
「いい感じですね。もうちょっと露出度上げた方が好みですが……くふふ……」
ミントの邪悪な笑みを放置しながら今日の夕食について思いをめぐらせる、確かに平和な話だがこうしてモデルになるは少し恥ずかしい。
椅子に座ってミントの方を見ながら姿勢を固定するのは骨が折れる仕事だ。同じ姿勢を続けると言うことがこんなに大変だとは思わなかった。肖像画を壁に掛けている貴族の皆さんはこんな苦行に耐えてまで自画像が欲しかったのだろうか?
「なあ、お前なら想像だけで描けそうな気がするんだが、俺がこうしている意味ある?」
「何を言ってるんですか! お兄ちゃんのリアルさが必要なんじゃないですか! 決して私の好みでお兄ちゃんにポーズをとらせてるわけじゃないですよ!?」
本音が見え隠れするが俺も早いところ終わらせて欲しいので動かすのは口だけにしておく。描き直しとかいわれたらまたしばらく動けないからな……
それにしても、俺なんて描いて何が楽しいのだろう? 毎日顔をつきあわせている兄の絵を描いて眺める理由が分からない、普通に俺に会えばいいんじゃないか?
カンバスに筆を乗せながら鼻歌交じりに俺の方を見る、本人が満足しているならそれでもいいのかなあ……?
「お兄ちゃん、眠そうな顔はどうかと思いますよ? もうちょっとシャキッとした顔をしてください」
よく分からないリクエストに俺もよく分からないのだが顔を緊張させる、言っている本人は満足げにしているので多分正解なのだろう。
しかし……俺の方からは絵がどこまで完成しているのかさっぱり分からないので流されるままにしている。
「なあ……そろそろいいか? いくら椅子があってもこの姿勢をキープするのキツいんだが……」
「お兄ちゃんの妹への愛は疲れくらいで全くへこたれないはずです!」
謎理論で平気ということにされた、愛情があれば困難に立ち向かえるというよく分からない理由で押さえ込まれたのだった。
そうして更にしばらくしてから……俺は足が痛くなっていた、立っているわけではないのだが、やはり座った姿勢から動かないというのは足や腰に来るものが有る。
そんなことより……
「なあミント?」
「なんでしょうか?」
「トイレ行っていい?」
「しょうがないですね……」
俺は立ち上がってドアの方へと向いてよろけながら歩いていく、部屋を出て、ドアを閉めるために振り向いて時にカンバスがチラリと見えた、そこにはまだ顔の描かれていない絵があった。
なんでアイツは顔についてリクエストしたんだ?
そんな疑問を感じながら用を足して戻ってくる。
部屋に入るとミントが真剣に向き合っていたが、どこまで進んでいるのかさっぱり分からなかった。
「ミント?」
「ひゃう!」
ビクッと身体を動かすミントだが、やっぱりもう一度見ても顔の描かれていない絵があった。
「なあ……顔についてリクエストしておいてなんで描いてないんだ?」
「いえ……その……ごめんなさい! お兄ちゃんの顔の変化を楽しむために注文してました!」
「そうか、じゃあもう俺がいなくても後は描けるな?」
「そんなわけないじゃないですか! お兄ちゃんのリアルを記録しているんですよ! リアリティがとても大事なのがご理解いただけないと?」
「さっぱり分からん」
俺のシンプルな返答にミントも狼狽しながら俺に頼み込んでくる。
「お兄ちゃんがいないと絵がいい感じにならないんですよ! お願いします!」
俺も懇願に負けてもう少し付き合うことにした。
椅子に座って同じポーズをとるとミントは再び筆を持って描きだした。
俺の方をチラチラ見ながら今度は真面目な顔で絵を描いているようだった。
そうしてしばらく経った後、ようやくミントが筆を置いた。完成したようだ。
「出来たか?」
「ええ、いい感じなのが出来ましたね!」
そう言って自分の描いた絵を眺めながら悦に入っているミントを放っておいて俺は部屋を後にした。
なお、その絵が少しでは済まないほど大量の加筆修正が入っているようで、リアルな俺とやらはどこへ行ったのか疑問に思うくらい上方修正されていた。
そうしてようやく完成したことに安堵しながら、窓の外が夕焼けになっていることに気が付きミントが急いでキッチンに走る音が聞こえるのだった。
――その夜
「あぁ……お兄ちゃんはいいですねえ……」
ミントは兄の絵を飾ってベッドに飛び込んだ。そして兄に眺められているかのような肖像画と目線を合わせながら、エアお兄ちゃんと楽しそうに眠りにつくのだった。
なお、その数日後にミントは店でたくさんその絵を転写してもらって壁一帯に貼り付けて、大量の兄に眺められている気分に高揚しながら眠ることも出来ずに興奮しているのだった。
更にその後、ストレージに兄の絵を大量に放り込んでおいて寝る前に壁に即貼るという技術に長けることになるのだった。ミントは手先が器用なのでそういったことが簡単にできるようになるのだった。




