14
トンと肩にも手が乗せられて私は後ろを振り向いた。
穏かな笑みを浮かべながら、でも目が笑ってない蒼が後ろに立っていた。
「すいません、この娘がなにか?」
「うっうわぁぁぁぁ!!ごっごめんなさいっ!!」
今度こそ完全に我に帰って、私は手を自分のほうに引き戻す。その拍子に後ろにいる蒼にぶつかり体重を預けてしまう。
あっさりとその人は、手を離してくれた。
「柚?」
訝しげな蒼の声より、目の前の人に謝るほうが先だよね。
私は赤くなる自分の頬を一度両手で叩いてから、頭をペコリと下げた。
「一度ならずも、二度もぶつかった挙句に、とても失礼な事をっ!本当に申し訳ありませんでしたっ!!」
そう早口で捲くし立てると、蒼の腕を掴んで脱兎の如く駆け出した。
「あっ、ちょっと柚、待てよ」
蒼の声は聞こえるけれどこの際無視だ。
恥ずかしい、恥ずかしいーーーー!!
あまりの恥ずかしさに、相手の顔を見ることもできなかった。
結構な距離を走って、人気のないところまで来ると、初めて大きく息を吐き出した。
「うっわぁぁぁ、びっくりしたーーーーーー!!!!」
心臓がバクバク大きな音を立てている。
「びっ、びっくりしたのは、こっ、はぁ、こっちのっ、ほう、よっ!」
息も切れ切れな蒼が膝に両手をついて屈むような体勢で私を睨んだ。
「蒼って体力ないね」
その様子にそういうと、ブチッという擬音とともに、蒼の左手が伸びてきた。
頬をつねられて、グイッと伸ばされる。痛いよっ!なにすんだ!
「あっんった!無理矢理、連れて、きといてっ!!」
一呼吸。二呼吸。三呼吸。
やっぱり体力ないよ。これぐらいで息を切らせちゃって。
そう思ったのが伝わったのか、呼吸を整えながら、蒼は私の頬をそれはもう、思いっきり引っ張ってくれやがった。
痛いって、馬鹿っ!
「はぁ、それでアンタはなんで逃げ出した訳?だいたいアタシの顔みて回れ右したわね?そんな事していいと思ってるの?それに三分以内で来なさいって言ったでしょうがっ!」
口元だけ笑って、大きな手で私の頬を両側に引っ張りだした。
見られてたのか。
でも、ソレはしょうがない。あんなに女の人がいたら突撃できる訳がないじゃないか。
話そうと思っても、口を伸ばされてたら話も出来ない。
ギブアップの意味を兼ねて、蒼の腕を叩くとようやく手を離してくれた。
ひりひりする頬を押さえながら、屈みこむと蒼の悲鳴にならない声が聞こえてくる。
何事かと思って蒼を見上げれば、私の事を指差しながら口をパクパクさせている。
何よ。なんか指が震えちゃってるし。
大きく息を吸い込むと、蒼は大きな声を出した。
「立ちなさいっ!今すぐ立ちなさい!!どうしてそんなにガサツなのっ!パンツ見えてるわよっ!!」
パンツ?!
いつの間にかに真っ赤な顔をして、怒鳴った後に両手で自分の顔を隠した。
いや、そんな乙女モード全開なリアクションされても。見られた私がどうしたらいいのか分からなくなるんだけど。
立ち上がって、まだ痛む頬をさすりながら蒼に近づくと、シクシクと擬音が聞こえてきそうな様子で泣いている。
もう、困ったなぁ、なにもパンツぐらいで泣かなくてもいいじゃないか。
「柚、アンタいくらなんでも短いショートパンツやミニスカートを履いたら気をつけなさいよう。いくら可愛い格好をさせてもアンタがそれじゃなんの意味もないわ。あぁ、洋服が泣いてるわっ!!WINDYが可哀相よっ!」
結局、洋服の事で泣いてんの?!
私は頭をガシガシとかき回しながら、どうしようかと考える。
泣いてるオカマの慰めかたなんかわかんないよ。
しかも、すっごく失礼だし。ガサツなのは生まれつきなんだよなぁ。直せとは巽にも言われてるんだけどさ。中々、つい、ね。
「あぁぁぁぁぁぁ!!アタシが折角ッ綺麗にしてあげたのに!!!」
はっと手を止める。やっちゃった。セットしてもらった髪の毛を崩しちゃったよ。
…………嘘泣きかと思ったら、本当に泣いてるし。
ほろほろと両目から涙が出てきていて、なんだか物凄く悪いことをした気になってくる。
体力ないのに走らせちゃったしなぁ。
鞄の中からハンカチを取り出して、信じられないものを見るような目で私を見ている蒼の頬にあてた。
「ごめんね?ガサツな所は直さなきゃなと、ちょっとは思っているんだけど」
「……………………ちょっと?」
低い声に、ドキリとして思わず愛想笑いを浮かべる。
「兎に角、ごめんね。だから泣き止んでよ」
大の男が泣いてる姿なんか、あんまり美しくないからっ!
周りに誰もいないっていったって、ここは大学の敷地内なんだから、いつ誰が通るとも分からない。
私が蒼を泣かせてるなんて思われたら、それこそ大変な事になりそうで嫌だ。
「信じられないっ!ちょっと?ちょっとですって?アンタのそのガサツさがチョットの努力で治るわけないじゃないのよーー!」
うわぁ、本当に失礼だよこのオカマ。
「だから、私が悪かったって。パンツも見えないように気をつけるし、てか、こんな短いの履かないようにするから、泣かないでよ。こんなトコ見られたら不味いのは蒼でしょう」
「今、履かないって言った?」
「ん?涙止まったの?」
「アンタ、今。アタシのコーデ無視するような発言したわね?」
キッと涙目で睨まれて、私はその異様な迫力い気圧されて一歩後退してしまう。
恐いから、それにしても蒼ってば、面倒くさい。滅茶苦茶面倒臭い。
同級生とかの女子より面倒臭いよっ!誰か助けて欲しいっ!!
ジリリと少しずつ後退しながら、頭をめぐらす。まだ昨日の今日じゃ、蒼がどういう思考回路してるんだか分からないから、何を言ったらいいのか分からない。
全部裏目に出てしまう気がしてきてしまった。
「いい?アタシの選んだ洋服を着ないって選択はアンタにはないわよ?死ぬ気でそのガサツな行動なおしなさいなっ!!アタシの為にっ!!」
ぐわっと涙から怒りに爛々と瞳を燃やした蒼がせまってくる。
迫ってくるのはいいんだけど…………。
「なに馬鹿いっちょう!なんで私が蒼の為に直さんといけんの?」
「アタシのコーデは完璧だものっ!アンタが足に気をつければ、全部丸く収まるでしょうがっ!だいたい、女のお洒落には我慢がつき物なのよっ!寒くてもミニスカート、生足っ!足が痛くてもハイヒール!足を広げて座らないっ!」
……………………くっ、悔しいっ!!悔しいけどっ!けど!!
言い返す言葉がなにも思い浮かばなかった。
足癖が悪いのはもうしょうがない、直せないからとズボンばっかり履いてたし。
このショートパンツだっていつもはレギンスの上からとか、下着が見えないようなはき方をしていた。それも悪くないと思うけれど。
蒼の言うとおりに、生足でハイヒールのサンダルを合わせたら、いつものカジュアルなイメージよりも大 人っぽくて女性的に見える。足も長く見えるし。
私の憧れていた大人っぽい女性に近づけてくれている。
でも、でも人が謝ってるのに逆ギレって可笑しくないか?
論点ずれてるし。
グイッと両肩を掴まれたかと思ったら、パンパンと確かめるように叩かれ、後ろと前をじろじろと見られた。
「よし、怪我はないわね。アンタ手がかかるわね?反省してるならもういいわよ。それで?あんたあの男と知り合いだったの?」
手がかかるのはお前だっ!
言いたいことを言ったからかスッキリとした顔でそんな事を言われ、思わず突っ込みそうになってしまった。
ここでそんな突っ込みしたらまた面倒臭い事になりそうだから我慢する。
まだ持っていたハンカチを鞄にしまいながら、渋々話を元にもどした。
「知り合いじゃないよ。今日、カフェテリアに行く途中でぶつかっちゃって、その後またあそこでぶつかっちゃったから、謝ってただけ」
「謝ってただけで、なんで腕を捕まれて見つめ合うって事になるのよ」
面白くなさそうに、蒼が言った。
「あぁ、あれは私が悪いの。思わず触っちゃったから」
「は?」
「だって、すっごく理想の筋肉だったんだもんっ!!あの細いのに鍛えられた筋肉っ!盛り上がり方も押さえられてて、でもアレは絶対腹筋が割れてるはずっ!あの胸のラインってば中々めぐりあえないんだよ――――!!あぁぁぁぁ!出来ることならもっと触ってたかった!」
拳を握り締めて衝動を抑える。じゃないと頭をまたかきむしりそうだったから。
本当に、素敵な体のラインだった。そう、まるでダビデ像みたいなね。
「あっあんた筋肉フェチなの?てか、相手を選びなさいよっ!そんな事して無事で済むような相手じゃなかったでしょう?!」
「そうだった?髪が紅くて強面ってぐらいしか憶えてない」
「それだけで充分よっ!簡単に人の体触ったりしちゃ駄目よ。反省なさい。ほら、髪の毛直してあげるからあっちのベンチに座りなさいよ」
それから、すっかりもとの調子に戻った蒼に説教されて、最後にカフェテリアでの女の人達に私を見せびらかす予定だったと聞かされて、真っ青になった。
「無理、ムリムリ。あの女の人たち、蒼の事好き好き光線でてたよ。私が彼女とか言ったら鼻で笑われるよ。凄く綺麗な人達ばっかりだったもん」
「あら、そんな事ないわよ。アンタ可愛いって言ったでしょ。私が上から下までコーデしてるのよ?誰よりも可愛いに決まってるじゃないの。それに、女は顔じゃないわよ。顔が良くても、性格が悪ければ最悪だもの。結局は自分が心を許せる相手が一番なのよ。アンタそれだけでも彼女の資格あるじゃないのよ」
髪の毛を梳かしながら、蒼はとても優しい声でそんな事をいう。
不意にくすぐったいような感覚が胸をくすぐって、思わず微笑んでいた。
「蒼ってば変なの。あの中から気の合う人みつけて、彼女役頼めば良かったのに」
「いやぁよ。あの子たち積極的過ぎて、アタシの貞操の危機がついてくるもの」
そっか、やっぱりゲイは男の人がいいいに決まってるもんね。
「それにアンタなら巽様と奏様と仲良くなるチャンスがついてくるのよ。逃さない手はないわ」
「だから、巽と奏さんは駄目だって言ってるでしょ」
「いいじゃない、アンタと私は恋敵で。アタシ負けないし」
恋敵か。
変なの。
オカマだからなのか、それとも蒼だからなのか。
巽が絶対になびかないって分かっているからなのか。
今まで誰にも巽が好きだなんて言ったことはなかった。
これはよくいう、友達同士の恋の取り合いになるのかなぁ。
蒼の手は相変わらず気持がよくて、なんでも話せる年上の女友達が新たに出来たって認識でいいのか。
講義が終わりバイト先に着く頃には、私は疲れ果ててぐったりしてしまっていた。
何処へいっても、女学生に捕まって蒼の事あれやこれやと聞かれて、無意味に喧嘩越しな発言されたりと 今日一日で女性恐怖症になりそうだったよ。
大学から歩いていける距離だから、ここまで蒼と手を繋いで歩いてきたけれど色んな視線が痛くて泣きそうだったし。蒼がこんなに人気というか話題を集める人だとは思っていなかった。
バイト先の近くで蒼がおもむろに方向を変えて歩き出す。
右にいかなければならないのに、左へ曲がったんだ。
「え?蒼どこに行くの?お店あっちだよ?」
「分かってるわよ。時間まであと20分あるからちょっと休憩」
そう言って、近くの公園に入ると私をベンチに座らせてふいっと何処かへ行ってしまった。




