1.夫候補が1ダース
目の前には、いい男ばかりが1ダースいる。
全部、夫候補。誰の?
わたくしの。
朱塗りの太柱が並ぶ広間に、男たちの色鮮やかな衣がずらりと並んでいた。
男たちが動くたびに絹が擦れ、格子窓から差す光の中で刺繍糸がきらつく。
金色の高い天井へ昇る香の煙まで、今日は景気よく見えた。
いまは、その中から数人に絞る面談の最中だ。
朱塗りの柱も、金の天井も立派だけれど、今日ばかりは背景。主役はその下に並ぶ男たちだ。
こんなに幸せでいいのかしら。
前世で意識を失い、気づいたらこの世界。ここは天国? いえ、ちゃんと生きている。どうやら楽園に転生したらしい。
だって、視界がまぶしい。
肩幅が。顔面が。筋肉が。美貌が。
現代日本から転生したわたくしは、この世界では華音。女帝の一人娘で、次期女帝。十八歳。
華音だなんて、前世で仕事に追われていた肉食女子には、ずいぶん可愛すぎる名前だわ。
まあ、いいでしょう。
この国では十八歳で成人する。つまり、堂々と夫を持てる年齢だ。
次期女帝には後継ぎが必要だから、夫を複数置く。後宮の男女を逆にしたようなものね。
女が選ぶ。男が並ぶ。
……言葉にすると、なかなか強い。嫌いじゃないわ。
さて。誰を残そうかしら。
外見が好みで、中身もまともで、相性がよさそうな人。
欲張り?
いいのよ。わたくしは次期女帝なのだから。選べる立場で遠慮をして、あとから悔やむほうがどうかしている。
まず、この颯真という男。
広い肩に厚い胸板。ほかの候補者が落ち着かなげに視線を動かす中、彼だけは背筋を伸ばし、まっすぐ前を見ていた。
爽やかな顔立ちなのに、体は見事に鍛えられている。大きな犬のような人懐こさもある。
好き。
次は、理珂。
美しい、という言葉の見本のような顔だった。
切れ長の目は澄んでいて、こちらを見ても愛想笑いひとつしない。緊張しているはずなのに、どう見られるかより、目の前のことを観察しているように見える。
頭もよく、天才と呼ばれているらしい。同じ十八歳というのもいい。
毎日眺めて暮らしましょう。美しいものは精神衛生に効く。
決定。
三人目は、悠珀。
線が細く、肌が白い。ほかの男たちより静かに立っていて、長い指を体の前で重ねている。
楽器や絵が得意な芸術家だという。
わたくしと目が合うと、悠珀はやわらかく笑った。その笑みだけ、張りつめた広間の空気から少し浮いて見えた。
いいわね。情緒は大切よ。心を潤してくれる男も必要だわ。
彼も残しましょう。
その隣の男へ目を移す。
銀糸で有難い瑞獣を縁取った上等な絹を何枚も重ね、歩くたび腰の玉が鳴る。西域の香もきっちり焚き込んでいる。
盛り過ぎ。
選ばれることを疑っていない顔で、わたくしを見返している。
景鶴鈴。
顔立ちは悪くない。
でも、顔より先に自信のほうがこちらへ歩いてくる感じがした。
ないわね。
視線を次へ滑らせると、景鶴鈴の口元がわずかに引きつった。
颯真。理珂。悠珀。
三人で十分かしら。
そう思った瞬間、選んだ男たちの名前が、頭の奥で強く響いた。
胸の内側を冷たい指でなぞられたように、皮膚が粟立つ。
……あ。
この名前を、わたくしは知っている。
前世で読んだ物語の登場人物だ。
どうして、いままで気づかなかったのか。
けれど、いまははっきり思い出せる。
この国は、陽輝帝国。
ここは、ファンタジー小説『陽輝帝国物語』の世界だ。
そして、わたくし――華音は、母である女帝とともに、物語の最後で処刑される。
悪役として。
背中を冷たい汗が伝った。
冗談じゃないわ。
物語の中でこの三人を夫に選んだことは覚えている。つまり、何も変えなければ、わたくしはもうあの物語どおりの道を歩き始めている。
なら、最初の一手から変える。
わたくしは、居並ぶ男たちをもう一度見渡した。
そして、列の中に彼を見つける。
怜鳳鳴。
危険なほど整った顔立ちの男だった。姿勢はくつろいでいるのに、こちらの動きを一つも見逃していない。
目が合うと、怜鳳鳴はわずかに片方の眉を上げた。
あの物語では、主人公側についた男。
つまり、わたくしの敵になった人。
だからこそ、手元に置く。
敵になる前に、味方にしてしまえばいい。
それに、顔が好き。とてもいい。
好みが多すぎるって?
ストライクゾーンが広いだけよ。打席に立つのは得意なの。
四人。
普通は二人、多くても三人ほどらしい。わたくしは、とんでもない好きものと思われるかもしれない。
まあ、いいわ。
好きものでも、悪役でも、次期女帝でも、生き残った者の勝ちよ。
わたくしは官吏へ四人の名を告げた。
「颯真。理珂。悠珀」
一度、息を継ぐ。
「それから、怜鳳鳴」
広間の空気が、ほんの少し動いた。
官吏が目を丸くし、男たちの衣がかすかに鳴る。
怜鳳鳴だけが、面白いものを見つけたように笑っていた。
「承りました、殿下」
官吏が深く礼をする。
これが、前世で読んだあの物語――『聖典』から外れる、最初の一歩。
聖典どおりに処刑されるだけの悪役なんて、まっぴらごめんだわ。
後宮と、四人の夫と、まだ見えない敵。
全部まとめて、わたくしが相手をしてあげる。
お読みいただきありがとうございます!
全三部、完結まで執筆済みです。
恋も謎も、最後までお楽しみいただけたら嬉しいです。
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