第六話 本当の悪女
「大体――!」
セシリアがフェリクスを睨んだ。
「あなたが悪いのよ!」
「僕?」
「あなたがエリーゼ様なんかにうつつを抜かすからでしょう!」
一同がフェリクスを見る。
(まあ、それは確かに)
堂々と別の令嬢を目で追い続けていた。
婚約者なら怒る。
全員、ちょっと頷いた。
「私は……」
セシリアの声が震えた。
「私は、ずっとあなたの気持ちが戻ってくるのを待っていたのよ」
今までとは違う涙が落ちた。
「あなたが他の令嬢に優しくするのも我慢した。毎日のように女の子に囲まれて、手を握って、笑いかけて……」
「診察だよ!?」
「分かってるわよ!」
一喝。
フェリクスが黙った。
「分かっていたから我慢したの! 私は婚約者だから。最後には私のところへ戻ってくるって!」
セシリアは唇を噛んだ。
「エリーゼ様に心を奪われても待っていたわ。あなたが目を覚ますのを」
涙が頬を伝う。
「なのに、これがその結果ですか」
誰も何も言わなかった。
計算高い。
性格も悪い。
取り巻きを利用した。
自分だけ手を汚さなかった。
でも――。
フェリクスを好きだったことだけは、本物だったらしい。
一同の胸が、ほんの少しだけ締め付けられた。
全員の視線がフェリクスへ向いた。
冷たい。
「ご、ごめん。だって仕方がなかったんだ」
さらに冷たくなる。
「違う! そういう意味じゃなくて……!」
フェリクスは慌てた。
「どんどんエリーゼ嬢に惹かれていくんだ。君には悪いと思ってた。ただ、駄目なんだ。どうしてもエリーゼ嬢が好きなんだ」
ガラッ。
扉が開いた。
エリーゼとクラリスが立っていた。
揉め始めてすぐ、クラリスがエリーゼを呼びに走っていたのである。
フェリクスの顔が真っ赤になった。
「僕は……僕は……」
もう後の祭りである。
逃げ道はない。
フェリクスは腹を括った。
「エリーゼ。君だけが好きなんだ」
ヘタレの最後の勝負強さを見た瞬間だった。
観衆は心の中でガッツポーズ。
(言った!)
「ほら、エリーゼ……」
クラリスが親友の背中を押す。
エリーゼは、おずおずとフェリクスへ近づいた。
フェリクスは期待に満ちた顔で覗き込む。
皆が息を止めた。
「ごめんなさい」
「え?」
「私は、分かりやすく好きと伝えてくれる人が良いです」
沈黙。
「……えええぇぇぇえええぇぇぇ?」
モテ男が振られた瞬間である。
フェリクスは膝から崩れ落ちた。
「そ、そんな……」
その横で。
セシリアが腕を組んだ。
「ざまぁみなさい」
フェリクスが顔を上げる。
「私も、こんな男要らないわ」
髪をバサリとかき揚げる。
セシリア姐さんの爆誕である。
なお。
性格が良くなったわけではない。
猫を被るのをやめただけである。
クラリスは膝から崩れ落ちたフェリクスへ近づいた。
肩をポン。
「仕方ないわね」
「クラリス……?」
「私がフェリクスを支えるわ」
皆が顔を見合わせる。
まあ……。
クラリスなら。
いじめられていたエリーゼを必死に守った。
半年かけてエリーゼを外へ連れ出し、周囲の男性まで振り向く美女に仕上げた。
二人を結びつけようと、最後まで背中を押した。
全部。
クラリスである。
…………。
ただ。
食堂でフェリクスの思い人を周囲に知らせたのも、クラリスだったよな。
ガチャン。
あの日のスプーンの音を、何人かが思い出した。
あれから、エリーゼへの嫌がらせが始まった。
…………。
一同の胸に、同じ言葉が浮かんだ。
――お前が、一番の悪女じゃん。
❖❖❖❖
その後。
エリーゼは、自分とよく似た薬師科の学生と婚約した。
彼は想いを伝えてから、誰が見ても分かるほど真っ直ぐにエリーゼへ好意を伝え続けた。
エリーゼには、そちらの方が合っていたらしい。
セシリアは一皮剥けた。
猫を被らなくなった彼女は、なぜか『姐さん』と慕われるようになった。
性格は相変わらずである。
そして、なんと公爵令嬢ロッテの兄と婚約。
まさかのシンデレラストーリーを歩むこととなった。
フェリクスは、しばらくエリーゼへの恋心を諦められなかった。
しかし、やがて『親友の婚約者』という絶妙なポジションへ落ち着いた。
少々不器用。
かなりヘタレ。
そんなフェリクスの世話を焼くことに、クラリスは満足しているらしい。
フェリクスもまた。
クラリスに上手く操縦されながら、それなりに楽しい人生を送ったのである。
クララは、予定通り脂ぎった中年男爵の元へ嫁いでいった。
サラは、誰からも求婚されることなく、その生涯を終えた。
クラリスが最初からどこまで考えていたのか。
それを知る者はいない。
ただ一つ。
彼女は昔から――
とても世話好きな令嬢だった。
――終――




