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「それは無いでしょ。この間お姫様抱っこしてくれた時はそんな事言わなかったじゃん」
「あの時は必死でそんな事気にする暇もなかったし……あと、その……すみません、そろそろ本当に降りてくれると……その……」
言いながらトワは視線を泳がせた。それと同時にお尻の辺りに何か違和感を感じて私は慌ててトワからずり落ちる。
「ご、ごめん」
「いえ、俺こそ……」
「いや、そんな顔しないで、それはほら、ね? 仕方ないって言うか、むしろ相手が私で申し訳ないって言うか……その……戻る?」
耳まで真っ赤にして私が言うと、トワも私に負けないぐらい真っ赤な顔で無言で頷く。何となく気まずい空気のまま私たちはそっと静かに離れた。
トワが居なくなったのを確認した私はその場にへたり込んで思わず大きな息を落とす。
「ビ、ビックリした……」
男子をあんな角度で見下ろした事もないし、何ていうか色々あの一瞬で起こったような気がして私はもう一度両手で顔を覆った。もしかしたらうっかりこのまま大人向けに突入してしまうのではないかと危惧したほどだ。
「こ、これがいわゆるラッキースケベって奴か……はぁ、まだドキドキしてる」
色々初体験すぎて心臓がバクバクだが、いつまでもこんな所で座っていたら今度は私が風邪を引いて寝込みそうだ。それに戻ったらちゃんといつも通りにしていないとクリスがうるさそうである。
「はぁ、良し! 忘れろヒマリ!」
両頬を自分で叩いて気合いを入れた私はリビングに戻ったが、その日はもうトワと顔を合わせる事は無かった。
翌朝、私はソワソワしながらトワが起きてくるのを待っていた。いつも通り! と言い聞かせれば言い聞かせるほどそればかりを考えてしまって、めちゃくちゃ早起きしてしまったのだ。というよりも、一睡もしていない。
しばらくすると、トワがリビングへやってきた。
「あれ? ヒマリ早いですね。おはようございます」
「う、うん。おはよ! なんか目が覚めちゃってさ! 朝ごはん食べる?」
「ええ。あ、でもその前に少しだけ走ってきますね」
言いながらトワがリビングから出ていくので、何となく私もついていってしまう。
「ランニング? 今から騎士の鍛錬しに行くのに?」
「これはもう癖のようなものなので。この数日寝込んでいてそれすら出来ませんでしたからね。少しずつ日常に戻していかないと」
「そっか。相変わらず真面目だね。それじゃあ私、朝ごはんの準備しとくよ」
私の言葉にトワは眩しいくらい爽やかな笑顔を浮かべて頷く。
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
そう言って玄関までお見送りをした私は、そのままキッチンに戻って顔を手で覆ってしゃがみこんだ。
「何であんな普通でいられんのぉ? 女慣れしてないとか絶対嘘でしょ!」
私も大概男慣れしていないが、トワはそれ以上だったはずだ。だって、今まで一人も彼女すら居た事ないと言っていたではないか。草食系男子だと言っていたではないか(厳密には本人はそんな事は一言も言っていない)!
「何が草食系男子よ。めちゃくちゃ健全男子じゃん!」
「朝っぱらからお前、何ブツブツ床に座り込んで独り言言ってんだよ? 怖いんだけど」
「クリス!? は、早くない!?」
突然の背後から聞こえたクリスの声に私が振り返ると、クリスは寝癖をつけたまま眠いのか目をこすりながら欠伸を噛み殺している。
「それがトワがさ~何か知んねーけど一晩中ずーっと唸っててさ、一睡も出来なかったんだよ。気づいたら朝だったから朝ごはん食べてから寝ようと思ってさ」
「へ、へぇ。災難だったね」
「おう、ほんとだよ。何だよ、お前もクマ出来てんぞ? 今日はもう休めば?」
「クマ!? やっば! 後でオイルでマッサージしよ。ていうか、クマごときで休めないわよ! 今日は超お得意様なんだから!」
そう、マリアンヌの友人は皆貴族様だ。かなりのお金持ちだ。寝不足ごときで無碍にしていい相手ではない。
「ふぅん。まぁ何でもいいけどお前まで倒れんなよな。ふぁ~……で、今日の朝ごはんなに?」
「今日はご飯とお味噌汁とだし巻き卵と魚の開きとおひたしだよ」
「マジか~和食の日じゃん。顔洗って来よ」
クリスはそう言ってウキウキした足取りでキッチンを出て行った。
前言撤回する。どうやらトワも一睡もしていないようだ。何故かとてもホッとした。
手早く三人分の食事を作った私は、その後すぐにトワのお弁当を詰める。夜に作り置きをしておいて正解だった。ついでに余ったのはクリスの分だ。何故トワの分だけなのだ! と怒っていたので仕方がないからとりあえず弁当箱に詰めてやる。
「って、私はお母さんか! っとに、もう!」




