第98話「そこ、任せます」
十一時半。
渾沌が、好代の横に立った。
「手伝うよ」
「ありがとうございます」
昼の列は、まだ短い。
好代は注文票を二枚取った。
「では、トレーをお願いします」
「了解」
渾沌はトレーを三枚出した。
好代が見る。
「二枚です」
「うん」
「三枚あります」
「次の分」
「まだ注文されていません」
「来るでしょ」
好代は三枚目を戻した。
「来てからで大丈夫です」
「はーい」
渾沌は気にしていなかった。
好代は少し気にした。
*
十二時十分。
列が伸びた。
注文票が六枚。
好代がバーガーを作る。
渾沌がポテトと飲み物を揃える。
「二十三番、コーラです」
「知ってる」
「二十四番はオレンジです」
「見たよ」
「二十五番はポテト大です」
「好代ちゃん」
「はい」
「私、注文票あるよ」
渾沌が一枚振った。
「見えます」
「じゃ、任せて」
好代は口を閉じた。
鉄板の上でパティが鳴っている。
二十三番を包む。
番号を見る。
一回。
二十四番。
一回。
その横で、渾沌がストローを三本まとめて持った。
好代は言いかけた。
一本ずつ置いた方が間違えにくいです。
でも。
言わなかった。
渾沌は二十三番へ一本。
二十四番へ一本。
二十五番へ一本。
間違えなかった。
*
十二時二十分。
「二十七番、できました」
好代がバーガーを置いた。
渾沌がトレーを引き寄せる。
「あれ」
「何ですか」
「これ、違う」
好代の手が止まった。
「何がですか」
渾沌が注文票を指す。
《店内》
トレーの上には紙袋が載っていた。
好代が入れたものだった。
「……本当ですね」
「持ち帰りにしちゃった?」
「はい」
好代は紙袋からバーガーを出した。
包みはそのまま使える。
トレーへ載せ直す。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
渾沌は次のポテトを入れ始めた。
好代は注文票を見る。
番号は合っていた。
中身も合っていた。
そこしか見ていなかった。
*
十二時四十分。
「三十二番、お願いします」
「はーい」
渾沌がトレーを取る。
好代は手を伸ばしかけた。
三十二番。
飲み物。
ポテト。
自分でも確認する。
昨日決めた手順が、頭に浮かんだ。
《渡す前に一回》
渾沌がもう見ている。
でも、それは渾沌の確認だった。
自分の確認ではない。
好代の指が、注文票の端に触れた。
列の先で、子供がカウンターへ額をつけている。
後ろの客が時計を見た。
好代は手を引いた。
「お願いします」
渾沌が三十二番を渡す。
客は受け取った。
何も起きなかった。
好代は次のバーガーを作った。
少し、落ち着かなかった。
*
午後一時。
列が消えた。
好代は水を飲んだ。
渾沌が隣でポテトを一本食べようとした。
「それは商品です」
「知ってる」
戻した。
「食べる前に止めました」
「えらい?」
「普通です」
「そっか」
渾沌は笑った。
好代は空いたトレーを重ねる。
「さっき」
「うん?」
「二十七番、ありがとうございました」
「紙袋?」
「はい」
「好代ちゃんも間違うね」
「間違います」
「私も間違うよ」
「はい」
渾沌が首を傾げた。
「そこは否定してよ」
好代は少し笑った。
「でも、今日はまだ間違えていません」
「まだって言った」
「まだです」
二人でトレーを戻した。
*
午後三時。
また四人並んだ。
好代は注文票を取る。
四十六番。
バーガーを作る。
「渾沌ちゃん」
「ん?」
「付け合わせ、任せます」
渾沌が一瞬だけ好代を見た。
「全部?」
「はい」
「確認しなくていい?」
好代は答える前に、手元のチーズを載せた。
「渾沌ちゃんが確認してください」
「私のやり方で?」
好代の手が少し止まる。
「はい」
渾沌は注文票を持った。
ポテトを入れる。
飲み物を置く。
ストローを一本。
好代とは順番が違った。
四十六番が出る。
四十七番。
四十八番。
四十九番。
全部出た。
最後の客が席へ行ったあと。
渾沌が言った。
「好代ちゃん、一回も見なかったね」
「見ました」
「見たの?」
「渾沌ちゃんを」
「それ確認じゃん」
「そうですね」
好代は否定できなかった。
*
閉店後。
業務メモを開く。
昨日の一行が残っていた。
《明日も必要なら二回確認する》
好代はその下へ書いた。
《自分が担当したところを確認する》
止まる。
消した。
もう一度。
《担当した人が確認する》
保存する。
少しして、渾沌から声が飛んだ。
「好代ちゃん!」
「はい」
「これ、どこ?」
洗ったトレーを一枚持っている。
「そこです」
好代は棚を指した。
渾沌が置く。
上下が逆だった。
好代は見た。
渾沌も見た。
「あ」
直す。
好代は何も言わなかった。
渾沌が笑う。
「今のは私の間違い」
「はい」
「好代ちゃん直さなかったね」
「自分で直したので」
「そっか」
渾沌は奥へ行った。
好代は業務メモを閉じる。
任せると、間違いがなくなるわけではない。
自分が見なくても、誰かが見る。
誰かが間違えたら、その人が直すこともある。
好代は消灯ボタンを押した。
厨房の灯りが一列ずつ消える。
最後に、トレーの棚だけが残った。
全部、同じ向きだった。




