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第43話「今度こそ」


朝から爆発した。


配信スタジオから爆発音がして、続けて幸夢ちゃんの声がして、煙が廊下まで流れてきた。


「ぎゃー!」


においを確認した。雷のにおい。焦げたにおい。マックポークのにおいが少し混ざっている。


スタジオの扉が開いた。煙の中から幸夢ちゃんが出てきた。兎耳が焦げている。魔法のステッキが半分になっていた。


「……おはようございます」と好代は言った。


「おはようございますピョン!」と幸夢ちゃんが言った。元気な声だった。「今度こそ完璧にいくと思ったんですが——また少し方向がずれました!」


「少し、ですか」


「うん!昨日より近づいてる気がするピョン!次はもっとうまくいくはずです!」


後ろから流焔ちゃんが出てきた。「三十二回目な」と言った。「今月だけで」


その後ろから悲醒ちゃんが無言で出てきた。お札を持っていた。




第一章「三十二回目」


◆ 後片付け


好代は片付けを手伝った。


配信スタジオの機材が一部焦げていた。壁に穴が開いていた。ステッキの欠片が散らばっていた。


幸夢ちゃんが「すみません!」と言いながら欠片を拾っていた。でも声は明るかった。「でも今日は壁の左側に飛びました!昨日は右側だったので——進歩してると思います!」


「進歩を感じているんですね」と好代は言った。


「そうです!三十二回全部、何がどう違ったか記録してるので、少しずつパターンがわかってきてます!」


においを確認した。


幸夢ちゃんのにおいが来た。雷のにおい。兎のにおい。それから——ノートのインクのにおいが混ざっていた。毎回記録してきた時間のにおいだ。


「ノートに記録しているんですね」


「はい!三十三冊目に突入しましたピョン!」と幸夢ちゃんが明るく言った。「三十二冊全部書きました!」




◆ 流焔ちゃんの煽り


流焔ちゃんが壁の穴を見ていた。「今日は左か。昨日は右だったのに。また変わったな」と言った。


「どうせ三十三回目も暴発するんだから」と続けた。


「煽らないでくださいピョン!」と幸夢ちゃんが言った。でも怒った声ではなかった。「三十三回目は絶対うまくいきますから!」


「どうせ」と流焔ちゃんが言った。


「うまくいきます!今度こそ!」


好代はその会話を聞きながら、においを確認した。


流焔ちゃんのにおい。炎のにおい。でも今日は「温める炎」の方のにおいが少し混ざっていた。燃やす炎ではなく、温める炎。


煽っているが——温めている。




◆ 幸夢ちゃんのノート


片付けが終わった後、幸夢ちゃんが机の引き出しからノートを出した。


分厚いノートだった。表紙に「幸夢ノート33冊目☆」と書いてある。


「毎回何が起きたか、ここに書いてます」と幸夢ちゃんが言った。「今日の分も書かないと!」


好代はそのノートを見た。においを確認した。


紙のにおい。インクのにおい。雷のにおい。繰り返してきた時間のにおいが積み重なっていた。


「……三十二冊、ぜんぶ書いたんですね」


「全部書きました!」と幸夢ちゃんが言った。「何が違ったか毎回書いてます。三十二回分のデータが全部ここにあります!」


「それで、パターンがわかってきたんですか」


「少しずつわかってきてます!」と幸夢ちゃんが言った。「最初はバラバラに見えたんですが、三十冊くらい書いたあたりから——どの状況でどの方向に飛ぶか、なんとなく見えてきました。完全にランダムじゃなくて、少し偏りがある気がして」


「全部の暴発パターンの分類になりつつありますね」と好代は言った。


「そうなんです!最初は成功の設計図を書こうとしてたんですが、気づいたら全部の暴発の記録になってました」


「それは設計図より難しいことかもしれないです」と好代は言った。「全部のパターンを知ることは——全部を意図的に使えるようになる可能性があります」


幸夢ちゃんが「そっか、そういう見方もあるんですね!」と言った。目が明るくなった。「三十三回目はそれを試してみますピョン!」




第二章「なんで毎回煽るんですか」


◆ 廊下で


昼前、廊下を歩いていたら、流焔ちゃんと幸夢ちゃんと世達ちゃんがいた。


世達ちゃんが書類を持って立っていた。「本日の修理費の見積もりです」と言った。


幸夢ちゃんが「ぎゃ……また……」と言った。


流焔ちゃんが「どうせ三十三回目も暴発するんだから、今から諦めとけよ」と言った。


好代は少し止まった。


「流焔さん」


「うん?」と流焔ちゃんが振り返った。


「なんで毎回煽るんですか」


廊下が少し静かになった。世達ちゃんのペンが書類の上で止まった。幸夢ちゃんの耳がぴんと立った。


流焔ちゃんが少し止まった。


「……面白いから」と言った。


「どこが面白いですか」


「暴発する瞬間の——あいつの「今度こそ!」って顔が面白い」


「「今度こそ!」の顔が面白いですか」


「……諦めないんだよな。何度やっても」と流焔ちゃんが言った。「三十二回暴発して、三十三回目に「今度こそ!」って言える。それが——」


少し間があった。


「……なんか、いいな、って思う」


「「いいな」と思っているんですね」


「面白いって言った」と流焔ちゃんが言った。少し照れたような声だった。


「面白いも、いいなも、似ている気がします」と好代は言った。


流焔ちゃんが少し黙った。「……うん。似てるかもな」


幸夢ちゃんが「……え」と言った。小さい声だった。「流焔ちゃん、そういう理由だったピョン……? ただからかってるだけじゃなかったの?」


「からかってる」と流焔ちゃんが言った。「でも——お前が「今度こそ!」って言うのを見るのが好きなんだよ。それだけだ」


「……照れてるピョン?」


「照れてない」


世達ちゃんが「……修理費の確認をお願いします」と言った。空気を読んでいなかった。でもそれが世達ちゃんだった。




◆ 幸夢ちゃんに


世達ちゃんが書類の確認を終えて歩いていった後、幸夢ちゃんが好代の方に来た。


「好代ちゃん」と幸夢ちゃんが言った。


「はい」


「流焔ちゃんが「諦めないのがいいな」って思ってたのって——ずっとそうだったんですかね」


「わかりません」と好代は言った。「でも今日言っていました」


「……毎回「どうせ」って言うから」と幸夢ちゃんが言った。「続けることを応援してると思ってなかったです。からかってるだけだと思ってました」


「続けない人には「どうせ」と言っても意味がないです」と好代は言った。「続けるから言えます」


幸夢ちゃんが少し止まった。


「……なるほど」と言った。耳が少し動いた。「続けてるから、煽られてたんだ」


「そうだと思います」


幸夢ちゃんが「……なんか、それ、いいかもピョン」と言った。


「三十三回目、もう試しましたか」


「あとで試しますピョン!今度こそ完璧な魔法を——」


「急がなくていいです」と好代は言った。「修理費の確認が終わってからにしてください」


「……そうですピョン」




第三章「三十三回目」


◆ 午後のスタジオ


午後、好代が廊下を歩いていたら、スタジオから声が聞こえた。


「今度こそ完璧な魔法を——マジカル・ぱんでむ・ピョーーーン!!」


止まった。


においを確認した。雷のにおい。電磁波のにおい。


いつもより——少し制御されている感触があった。完全ではない。でも「意図した方向」のにおいがした。ノート三十二冊分が少し機能している——そういうにおいだ。


それから——


「ぎゃー!」


爆発した。


でも、音が小さかった。廊下に煙は来なかった。


しばらくして扉が開いた。幸夢ちゃんが出てきた。今日は兎耳が焦げていなかった。ステッキも半分になっていなかった。顔が少し煤けていたが、怪我はなかった。


「……どうでしたか」と好代は聞いた。


「なんか、ちょっとだけうまくいきました!」と幸夢ちゃんが言った。「いつもより小さい暴発で済みました!ぎゃーはしましたが、小さいぎゃーです!」


「ぎゃーは出ましたか」


「出ました!でも小さいぎゃーです!」


後ろから流焔ちゃんの声が聞こえた。「……なんか今日、小さかったな」


声に少し驚いたような感触があった。


「見ていたんですか」と好代は聞いた。


流焔ちゃんがスタジオから出てきた。「たまたま通りかかった」と言った。


「なんで今日小さかったと思いますか」と好代は聞いた。


流焔ちゃんが少し考えた。


「……いつもと同じ「今度こそ!」だったけど——今日ちょっと違う顔してた」


「どう違いましたか」


「……自分が続けてるって、知ってる顔してた。三十二冊ノート書いてきたやつの顔してた」


好代は少しそれを受け取った。


幸夢ちゃんが「流焔ちゃんが言うと照れますピョン」と言った。


「照れる必要ない」と流焔ちゃんが言った。「事実を言ってる」


「煽るんじゃなくて褒めてますよ、今」と好代は言った。


「褒めてない。事実を言ってる」と流焔ちゃんが言った。でも顔が少し赤かった。




◆ 幸夢ちゃんがノートに書いた


その日の夜、幸夢ちゃんがスタジオの端でノートに何かを書いていた。


好代が通りかかると「今日の分を書いてます!」と明るく言った。


「三十三回目の記録ですか」


「そうです!「小さい暴発、制御が少し機能した可能性あり。ぎゃー:小。改善点:まだ方向が少しずれる。次回への仮説:出力を二割落とすと精度が上がるかも」って書きました!」


「仮説まで書いているんですね」


「書かないとデータがもったいないので!」と幸夢ちゃんが言った。「三十四回目はこの仮説で試します!」


好代は少し嬉しかった。


「……流焔ちゃんが言っていた「自分が続けてるって知ってる顔」というのは、どんな顔だと思いますか」と好代は聞いた。


幸夢ちゃんが少し考えた。


「……三十二冊のノートが引き出しにある顔、かな」


「そうだと思います」と好代は言った。


幸夢ちゃんが「なんかいいですピョン」と言って、ノートに書き続けた。




【クルー視点モノローグ】

────────────────

**幸夢——五十八日目**


今日、三十三回目を試みた。


小さい暴発で済んだ。ぎゃーは出た。でも「小」だった。


仮説が少し機能した可能性がある。三十四回目で検証する。


好代ちゃんが「全部の暴発パターンを知ることは全部を意図的に使えるようになる可能性がある」と言った。


そういう意味で書いていたわけじゃなかった。ただ毎回何が違ったかを書いていただけだった。でも——そういう意味になりつつあるかもしれない。


流焔ちゃんが「諦めないのを見るのが好きだ」と言った。


からかってるだけだと思ってた。でも違った。


続けているから煽られていた。


続けることで見てもらえていた。


三十四回目も試みる。今度こそ!



────────────────

**流焔——五十八日目**


今日、幸夢の暴発が小さかった。


「自分が続けてるって知ってる顔」と言った。


照れる言葉じゃない。事実だ。でも——なんか言ってしまった。


俺が幸夢を煽るのは、幸夢が「今度こそ!」って言うから面白いから。


でも今日、「諦めないのがいいな」と言った。


いいな、と思っていたのは本当だ。


諦めないこと。何度失敗しても「今度こそ!」の顔ができること。ノート三十二冊書いても「次はこの仮説で」と言えること。


俺には——それがちょっと眩しい。


三十四回目も煽う。それが俺のやり方だ。



────────────────

**秩序——五十八日目**


本日の幸夢の暴発規模:平均比七十二パーセント減(n=1)。


誤差範囲内の可能性あり。継続観測が必要。


ただし——好代さんと流焔さんの会話の後に起きた変化という記録をつける。


「自分が続けてるって知ってる顔」という流焔さんの表現を記録する。定量化はできないが、定性的な記録として残す。


世達さんの記録:「本日の幸夢暴発による修理費、過去最低額。有給申請の条件に近づきつつあります」


────────────────


【エピローグ】五十八日目の夜


夜、廊下を歩いた。


スタジオの前を通ったら、中からノートをめくる音がした。


においを確認した。紙のにおい。インクのにおい。雷のにおい。三十三冊分の時間のにおい。それから——次の仮説を立てている時のにおいが少し混ざっていた。


幸夢ちゃんが三十四回目の準備をしている。


流焔ちゃんが「諦めないのがいいな」と言ったことが、今日ここにある。


全部が今ここにある。


前が広い。


——それはずっと変わらない。




**◆ぱんでむ拡張記録:渋谷2.3区画分+1ヶ所+外縁部2ヶ所(五十八日目・変化なし)**


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