第20話 ハーレム主人公の自覚と、不本意すぎる告白
日曜日の昼下がり。
西新宿の空は、久しぶりに雲一つない、突き抜けるような青空が広がっていた。だが、その晴れやかな空とは裏腹に、D級ダンジョン【打ち捨てられた王家の地下墓地】の内部は、ひんやりとした石と、乾いた土の匂いに満ちた、永遠の夜に包まれていた。
佐藤健司(35)率いる、あまりにも歪なパーティは、この日もまた、その異常なまでの成長速度で、ダンジョンの生態系そのものを破壊し尽くしていた。
「――輝、左翼のメイジ集団を頼む!陽奈、正面のナイトの足を止めろ!りんご、お前はまだ素振りしてろ!俺が、中央を突破する!」
「りょーかい、ボス!」
「はい、健司さん!」
「はーい、分かったよー!」
佐藤の、もはや手慣れた指揮。それに、三人の少女たちが、それぞれの個性豊かな返事と共に、完璧なタイミングで応える。
彼らの連携は、もはやただの寄せ集めではない。
数々の死線を(主に佐藤の胃を犠牲にしながら)共に乗り越えてきた、一つの完成された「チーム」のそれだった。
彼らのレベルは、陽奈のアイスによる経験値100%アップのバフのおかげで、すでに17まで上がっていた。
彼らは、このダンジョンを高速周回しながら、雑談していた。
そのあまりにも穏やかで、そしてどこまでもシュールな光景。
それを、佐藤の配信を見守る、数十人の熱心な視聴者たちが、温かい(あるいは、からかいに満ちた)コメントで、彩っていた。
佐藤は、一体の骸骨騎士を長剣で斬り伏せながら、ちらりとそのコメント欄へと目をやった。
そして、彼の眉間に、深い、深い皺が刻まれた。
『すごいな、このパーティ。リーダーの中年男性以外、全員美少女じゃん』
『マジだ。JK3人引き連れてダンジョンとか、どんな夢だよ』
『いや、待てよ…。これって、普通に考えたら…』
そして、その流れ着く先は、いつも同じだった。
『ハーレムじゃん!』
『それなwww』
『でも、待て。全員年下学生って、犯罪者ってレベルじゃねーぞ!』
『事案の匂いしかしない』
『通報しますた』
「……………」
佐藤は、そのあまりにも理不尽な、そしてどこまでも謂れなき言葉に、グサグサとダメージを食らっていた。
彼の、サラリーマンとして、そして社会人として、真面目に生きてきたはずの35年間の人生。その全てが、この匿名の電子の海で、いともたやすく「犯罪者予備軍」のレッテルを貼られていく。
その、あまりにも耐えがたい屈辱。
彼は、その怒りの矛先を、隣で楽しそうに戦っている少女たちへと向けた。
「おい、お前ら」
彼の、その低い声には、明らかな怒りの色が滲んでいた。
「コメント欄、ひどくないか?なあ、お前ら?」
その、あまりにも切実な魂の叫び。
それに、三人の少女たちは、それぞれの反応を見せた。
「えっ!?ひどいです!」
陽奈が、その大きな瞳に、怒りの炎を燃え上がらせた。
「健司さんは、私達を助けてくれた、とっても優しい人なのに!犯罪者だなんて、絶対に許せません!」
その、あまりにも純粋な、そしてどこまでも健気な擁護。
それに、佐藤の心の中の傷が、ほんの少しだけ癒された。
「まあ、でもさあ」
輝が、敵の魔石を拾い上げながら、その口元に意地悪な笑みを浮かべて言った。
「客観的な事実を述べられると、反論のしようがなくない?35歳の独身男性が、休みに女子高生三人引き連れてダンジョンって、字面だけ見たら完全にアウトでしょ」
「な…!」
佐藤の、癒えかけた傷口に、塩が塗り込まれる。
「えー、そうなの?」
りんごが、後方で【空詠唱】を繰り返しながら、こてんと首を傾げた。
「でも、楽しいから、いいんじゃないかなー?」
陽奈の、純粋な擁護。
輝の、悪魔的な正論。
そして、りんごの、天使のような(あるいは、ただの天然な)無邪気さ。
その三者三様の意見。
だが、その結論は、
「「「わりと、事実では?」」」
という、あまりにも残酷なものだった。
「……………」
佐藤は、言葉を失った。
味方が、いない。
このパーティには、俺の味方が、一人もいない。
彼は、その場で崩れ落ちそうになるのを、必死にこらえた。
そして彼は、その全ての魂を込めて、絶叫した。
その声は、この地下墓地の、最も深い闇にまで、響き渡ったかもしれない。
「通報されたら、アウトじゃん!ハーレム主じゃん!こんなハーレム、やだー!」
その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも哀れな泣き言。
それに、三人の少女たちは、顔を見合わせた。
そして、彼女たちは同時に、腹を抱えて笑い転げるのだった。
◇
そんな雑談をしつつ、彼らはダンジョンの奥深くへと進む。
その日の周回目標を終え、最後のドロップ品を回収し終えた、その時だった。
それまで、後方でひたすらに素振りを繰り返していたりんごが、ふと、その動きを止めた。
そして彼女は、まるで最高のアイデアを閃いたとでも言うかのように、その大きな瞳をキラキラと輝かせ、佐藤へと駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ」
彼女は、その人懐っこい笑顔で、佐藤の服の袖を、きゅっと掴んだ。
「なんだ、りんご?」
佐藤は、そのあまりにも唐突な行動に、少しだけ戸惑いながら、聞き返した。
そして、彼女は言った。
その声は、この世の全ての無邪気さと、そして全ての悪意を、その内に秘めていた。
「天野陽奈、星野輝、兎月りんご。この中で、健司さんの好みは、だーれ?」
その、あまりにも禁断の、そしてどこまでも残酷な質問。
それに、佐藤の思考が、完全に停止した。
だが、彼の周りの空気は、停止してはいなかった。
「あー、それ、私も知りたいです!」
陽奈が、その大きな瞳を輝かせながら、身を乗り出す。
「面白そうじゃん!答えてよ、健司さん!」
輝もまた、そのニヤニヤとした笑みを隠そうともせず、彼を追い詰める。
その、盛り上がる三人。
絶対的な、包囲網。
逃げ場は、ない。
佐藤の、サラリーマンとして長年培ってきた全ての危機回避能力が、警鐘を鳴らしていた。
これは、地雷だ。
どの選択肢を選んでも、即死する、究極の選択肢。
彼の脳内で、無数のシミュレーションが、超高速で繰り返される。
一人を選べば、角が立つ。
誰も選ばなければ、場の空気が最悪になる。
黙秘権は、おそらく通用しない。
そして、彼がその35年間の人生経験の全てを注ぎ込んで導き出した、唯一の、そして究極の「最適解」。
それは、彼がこれまで最も忌み嫌い、そして最も軽蔑してきたはずの、あの言葉だった。
「…えー…全員だよ。全員、みんな可愛いからな」
彼は、素面で、言った。
その声には、一切の感情がなかった。
ただ、プロジェクトを円滑に進めるためだけの、完璧な、そしてどこまでも空虚な、模範解答。
だが、そのあまりにも不器用な、しかしどこまでも誠実な(?)一言。
それに、三人の少女たちの、その反応は。
「「「……………っ!」」」
赤面する、三人。
陽奈は、その顔を両手で覆い、俯いてしまった。
輝は、「は、はあ!?ちょ、マジで言ってんの!?」と、その気の強い仮面の下で、明らかに動揺していた。
そして、りんごは。
その大きな瞳を、これ以上ないほど見開き、そして、ぽつりと、呟いた。
「…そっか。あたしも、可愛いんだ…」
その、あまりにも純粋な、そしてどこまでも予想外の反応。
それに、佐藤はただ、呆然とするしかなかった。
そして、そのカオスの、まさにその中心で。
ピンク色のタコが、歓喜の声を上げた。
「流石、ハーレム主だッピ!」
フロンティア君は、その8本の足を、まるで拍手でもするかのように、ばたつかせた。
「今の、完璧な回答だったッピ!僕、感動したッピ!だから、録音しておいたッピ!」
その、あまりにも余計な、そしてどこまでも致命的な一言。
それに、佐藤の、最後の理性の糸が、ぷつりと音を立てて、切れた。
「てめー、ふざけんな!消せ!今すぐ、消せ!」
彼は、そのARのタコの実体を、まるで物理的に存在するかのように、掴み、引っ張る。
その、あまりにもシュールな、そしてどこまでも地獄のような光景。
それを、彼の配信を見守っていた数十人の視聴者たち。
そのコメント欄は、騒然となっていた。
『すげー…。天然の、ハーレム主は、初めて見た…』
『なんだ、この人…。怖すぎる…』
『これが…これが、SSS級の器か…』
その、あまりにも的を射ない、そしてどこまでも彼を追い詰める賞賛の声。
それに、佐藤は、ついにその全ての魂を込めて、絶叫した。
その声は、この地下墓地の、最も深い闇にまで、響き渡ったかもしれない。
「――てめーら、ふざけんなー!」




