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8.焼け木杭、未だ燃焼中

<王都のギブソン侯爵家本邸>


「再婚なんだからこんなに豪華にする必要ないだろう」

「何を仰いますか。旦那様は再婚かもしれませんが、マリー殿は最初で最後の花嫁姿なのですぞ」


 夜会の日にプロポーズしてからというもの、トントン拍子で結婚の準備が整ってゆくのだが、ロシターだけでなく、使用人誰もが最高の結婚式にしましょうと鼻息が荒い。


「息子の結婚式より豪華にしてどうする。義娘に申し訳が立たんではないか」

「若奥様からも派手にやれと厳命されてます」


 おのれ……義娘まで息子(ジョン)と結託しておるか……


「それに、陛下もご参列になられるのです。陳腐な式を行っては、侯爵家の沽券に関わります」


 そうなんだよ、ブライアンが来るとか言ってるんだよ。絶対来んな、呼ばないからなと言ったんだが、アイツめ、マリー経由で招待状を手に入れおった。何が友人代表です! だよ。絶対恥ずかしい話を披露する気満々ではないか。


「旦那様、奥様のドレスの試作が届きました。今から試着されるそうで、旦那様のご意見も伺いたいと」

「おおそうか。分かった、すぐに参る」


 式の内容にはゴチャゴチャ注文を付けたが、ドレスだけは別。マリーの気の済むまで納得行くデザインをと、金に糸目はつけないよう申し付けてある。






「エド様!」

「……」

「エド様?」

「…………可愛い」


 私の目の前には天使がおわします。

 純白のドレスに身を包んだ、その名はマリー。


「エド様、そんな……年甲斐もなく恥ずかしくなるではありませんか」


 うん、そうだな。恥ずかしいな。ならば結婚式は止めよう。


「旦那様、何を仰いますか!」

「ダメだロシター。こんな可愛いマリーは私以外に見ることは許されん」

「逆ですよ。皆様に奥様の美しい姿と、お二人の幸せな姿を見せないといけないんですよ」


 えー、ヤダ。


「旦那様って意外と純情なのね」

「こんなに愛されてるなんて、幸せですわね」


 そうだろう侍女達よ。もっと褒めろ。


「いや旦那様、褒めてませんからね。とにかく! 結婚式は予定通り挙行します。お前たちも妙なところで感心してないで、奥様の着替えを手伝わんか」


 とまあ、こんな感じで粛々と準備は整えられ、晴れて結婚式を経て、正式に夫婦となった。



 ◆



「……以上が概要なのですが、ご意見をお聞かせ願えませんか」


 おかしい……こんなことは許されない。




 結婚式は参加者の都合もあって、都で盛大に開いてもらった。というわけで、さっさと領地に戻ってマリーと毎日のんびり暮らすはずだったのに……


「エドワード様?」

「うむ。隠居の身ゆえ、あまり期待されても困るのだがな」

「少しご意見を頂戴する程度で構いませんので……」

「仕方ないのう。ちょっとだけだぞ」


 アイツらめ、ホクホク顔で帰っていきおった。私が手を貸した分、アイツらの評価は少し割り引くよう人事担当に言っておかないとな……




 私は今、王宮で若手官僚の相談役のようなことをさせられている。何故かと言うと、ブライアンが領地に帰してくれないのだ。


 ようやく隠居生活にも慣れ、のんびりスローライフというのを満喫し始めたばかりであったが、結婚したことで社交界からお呼びがかかるようになった。


 私ではなく、マリーが。


 隠居の後妻ではあるが、仮にも侯爵家である。それに彼女自身が国王陛下の覚えめでたいという話が、あの夜会の一件で広く知られ、交友を持たんと願うご婦人方から、お茶会の誘いが数え切れぬほどやってきたので、このまま彼女を交友関係ゼロで領地に閉じ込めるのも忍びないと、適度な範囲で参加して交友を深めるべきだという息子の進言もあり、未だに都に留まっているのだ。


 既に邸は息子の代なので別邸で暮らしているが、マリーは息子の嫁とも馬が合うようで、頻繁に本邸にも行っている。こうなると私一人がヒマになり、仕方ないので国王の招きで王宮に行き、彼の話し相手になっている。もっとも、結婚してからの方が夫婦の時間が取れないとは本末転倒ではないか。などと愚痴を吐くのがメインではある。




「先輩、だったら空き時間だけでいいので、後進の指導をしてくれませんか」


 見かねた陛下が、若手官僚の知恵袋兼ご意見番という仕事を勧めてくる。


「私、隠居ですよ」

「いいじゃないですか。どうせヒマなんでしょ」


 言い方に悪意しかない。上手いこと言って、良いように使おうとしてるだけじゃん。


「マリーはちゃんと侯爵家のために社交に精を出してるんだから、主人がダラダラしていては……ね」

「言い方は好かんが、そう言われては断れませんな」


 そしてあれよあれよと再びの都暮らしは2年の歳月が流れた……



 ◆



「先輩、半年ぶりですね」

「もうそんなに経ちますか」

「そうですよ。こんなに長いこと何してたんですか」

「何って、娘の顔を眺めておりましただけですが」

 

 久しぶりの国王陛下との謁見。私の腕の中には、生後半年の赤ん坊。


「おお、可愛い娘だ」

「私とマリーの子です。可愛いに決まっているではありませんか」


 ええ。この2年、中々夫婦の時間が思ったように取れないものだから、夜だけはとイチャイチャしていたら、娘が生まれました。私も妻もビックリです。40も半ばになって、まさか子を授かるとは思いもしませんでした。特に妻は初産。心配しましたが、無事に娘を出産し、母子共に健康であります。


「いやー、先輩もやることはやってたんですね」

「オイ、言い方!」

「だって、孫より若い娘とか……」

「そんなの貴族ならよくある話でしょう」

「いやいや、大事なのはそれが堅物と言われたエドワード卿だってことです。数年前には誰も想像してませんよ」


 堅物で悪かったね。


「いや、何にしてもめでたいことです。それにマリーの娘だ、将来は美人さん確定ですね」

「当然です」

「ウチの孫の嫁に……」

「やらん!」


 絶対言うと思った。私もそうなのだが、ブライアンも既に孫のいるお祖父ちゃん。


 実は2年前、私がマリーにプロポーズしたあのパーティーの最後に、サプライズで王太子妃の懐妊が発表された。しかもコイツが勝手に人の婚約を発表した後にだ。完全に私とマリーが前座扱いではないかと、あのときは憤慨したものだ。


 その懐妊した子というのが、今話に出ている彼の初孫にして王孫である。

 

「俺の孫ですよ。絶対にカッコいい男になる」

「陛下の嫡孫にございますれば、隔世遺伝で陛下の悪いところばかりが凝縮されていないか、今しばし成長を見守りとうございます」

「よろしい、ならば戦争だ。我が孫を愚弄する不敬の極みの侯爵家を取り潰してくれよう」


 望むところだ。そんな脅しごときで娘はくれてやらんぞ。


「もう……絶対お似合いですよ。年も2歳差、ちょうどいい」

「何がちょうどいいんですか」

「先輩とマリーも2歳差。ここで婚約しなくても、いずれ学園で出会い惹かれ合う二人、なんてことになるわけですから」

「よろしい、ならば戦争だ。生まれたばかりの我が娘を歯牙にかけんとする悪辣非道の愚王を成敗してくれん」


 その愚王に30年近く仕えていたのはどこの誰ですかーと言う声が聞こえるが、空耳だな、うん。


「ちょっと先輩。親バカが過ぎますよ」

「親バカで結構。子を愛おしく思わぬ親などクズである」


 陛下はジョンが聞いたら泣くぞとからかいますが、アイツは嫡子としてキチンと愛情を持って育てました。だが娘は別であります。年老いてから生まれたので尚更であります。


「はぁ〜、まあ婚約の話は冗談だから聞かなかったことにしてください」


 いや、全然冗談に聞こえませんでしたがね。無かったことにというのなら遠慮なく。


「ところで、名前をまだ聞いていませんでしたね」

「ルーシー、でございます」

「その名前は……」

「マリーが決めました。ホントにいいのかと問いましたが、彼女のおかけで結ばれた縁だからと……」


 自己満足かもしれないが、名前に込めた意味を娘が感じ取れる頃、その想いを受け継いでくれることを願い付けた名前。


(ルチア、苦情はあの世に行ってから聞くからな)


「それで先輩、これからどうするんです?」

「どうするとは?」


 ルーシーがもう少し成長したら、領地に戻るつもりですが?


「ええ〜、隠居生活する気ですか〜」

「実際隠居ですから」


 あ、なんか碌でもない事考えてるな。


「私に何をやらせようと?」

「さすがは話が早い。実はね、首席監察官のポストに空きが出ちゃいまして。誰彼構わず任命するわけにもいかなかったのですが、先輩なら適任だ」


 監察官とは事務その他の遂行を監督査察する専門官。要は官僚が不正しないでちゃんと仕事しているかを見る役職だ。実務は少ない分、見張っていろと言うことですね。


「忘れてます? 私は既に引退した身ですよ」

「あのときとは状況が違う。美しき妻と可愛い娘がおる。彼女らを養うためにも、仕事をバリバリこなすカッコいいお父さんの姿を見せれば、情操教育の一環になりますよ」

「だからって何もそんな重要な役職に就けなくても……」


 ヤダよ。隠居してマリーとルーシーを連れてのんびり生活するんだよ!


「いいのかな〜、ルーシーが大きくなった頃、『ウチのパパは仕事もしないで毎日ダラダラしてます!』なんて言われますよー!」

「ぐはっ!」

「ハイ決定。辞令は後で用意しますね」







「はぁ〜、隠居したはずなのに、何でこうなった……」

「エド、そんなことを言わないの。まだまだ必要とされている証ではありませんか」


 邸に戻り、マリーに王宮での件を話すと、いい話ではありませんかと言う。


「そもそもエドは隠居するにはまだ早いのです。バリバリ働けるうちが華ですよ」

「だぁ〜うぅ〜」


 マリーの声に呼応するように、娘が何か言っている。

 お父さんと遊びたいのか?


「違います。ルーシーもパパ仕事しなさいと言っているんですよ」

「ホントにいいのか? このまま都におると、ルーシーを嫁にって話があちこちから舞い込んでくるぞ」

「よいではありませんか。私は30年近く待たされたんです。ルーシーを同じ目に遭わせたいのですか」

「だぁ〜だぁ〜」


 ルーシーが声を発するタイミングが良すぎて、ホントに「そうだそうだ」と言っているように聞こえてくるな。




 やれやれ、皆に火をつけられたら、予想以上に燃え盛って隠居どころではなくなったか……


 この焼け木杭、娘の花嫁姿を見るまで消し炭となるわけにはいかないようだ。

お読みいただきありがとうございました。これにて完結です。

短いお話でしたが、お付き合いくださり御礼申し上げます。

よかったら評価ポイントを入れていただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
素敵! ルチアがどんな気持ちで夫の元恋人を囲ってたかは分からないけど奪った罪悪感と何かあった時に自分が認めた女性である方がせめて良いとか女性のプライドとか貴族の誇りとか色々グチャグチャになってそうだけ…
[一言] 面白かった!!!!!
[一言] 面白かったです! 最終話の親バカ戦争最高でした(笑) 投稿有難う御座いました!
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