120.オーク英雄vs剛剣将軍
ネザーハンクスは後悔していた。
土砂崩れの後、捜索を続けたが、ドラゴンの姿は発見できなかった。
しばらく後に山中から上がる狼煙のような煙を発見。
バッシュたちの遺体もドラゴンの姿も発見できなかったことから、恐らくは彼らは山中の遺跡に到達し、そこにいるドラゴンと合流しているだろうとアタリを付けた。
煙は炊事か何かの痕跡であろう、と。
そうして、バッシュたちを落とした崩落現場をよく調べ、遺跡への入口を発見した。
正直なことを言えば、突入には迷った。
この先に、バッシュらがいることは明白であったからだ。
バッシュに、サンダーソニアに、キャロット。
ドラゴンにトドメを刺して帰るだけの任務のはずが、なぜかバッシュらが現れた。
ドラゴンを操っていたことは明白であり、倒せるなら倒した方がいいが、到底倒しきれる相手ではない。
帰ればよかったのだ。
ドラゴンは見つからなかった、バッシュとサンダーソニアが敵として現れた。
任務続行は困難。
すごすごと戻り、シーケンスあたりに正直に話して、第二案をもらった方がいい。
だがネザーハンクスは、帰らなかった。
ハイデーモンらしく、すごすごと帰ることなく突入を決行した。
そうして、手勢の半数を引き連れて突入した結果、やはりドラゴンは見つからず、バッシュ一行を見つけてしまった。
そして、バッシュの手にある、剣を見た。
ネザーハンクスは魔剣が好きだ。
その目利きは確かで、バッシュの持っている剣が何かしらの魔法が込められた逸品であることを見抜いていた。
古代の金属を使って打たれたもので、そうした古代の武器には珍しく、魔紋も刻まれている。
魔紋の形も、今風の形状にも見えるが、見知らぬ魔紋だ。少なくとも、ネザーハンクスの知らぬ魔法が込められていることだろう。
太古のドワーフが作りし宝剣といった所か。
「良い剣を持っているな。遺跡の奥で手に入れたのか?」
「そうだ」
バッシュの言葉を聞きながら、ネザーハンクスは注意深く、他の面々を見やった。
男が二人に、女が七人。
想定していたより、一人多い。
だが、それともう一つ、気になることがある。
ドラゴンの姿が見当たらないことだ。
「ドラゴンは死んだか?」
「いいや、死んでなどいないさ」
答えたのはハイデーモンの女。アスモナディアだ。
ただ、その足は震えていた。
「アスモナディア! この裏切者が!」
「裏切りだと!? ほざいたなネザーハンクス! 我らデーモンの生き残りが、ギジェ要塞でドラゴンの脅威にさらされていた時に、帰還することなく復讐ごっこなんぞに身をゆだねた痴れ者が!」
「復讐ごっこだと? ゲディグズ様を復活させ、再び戦争を起こせばデーモンの地位も復活する。自明の理ではないか。現にゲディグズ様が復活してより、我らは快進撃よ。ビーストをものともせず、ドワーフは下り、ヒューマンとエルフは風前の灯! 貴様らこそ、敗北を受け入れギジェ要塞なんぞに引きこもり、どうするつもりでいた? そのまますりつぶされて滅亡するのがデーモンの生きざまか!?」
「ドラゴンさえ倒せば道はあった! 現に私は今、ここにいる!」
「ドラゴンが死んでいないのであれば、倒していないということではないか!」
完全に論破され、アスモナディアは黙った。
ハイデーモンとはいえ所詮は若造ということか。
しかし、アスモナディアを言い負かした所で、ネザーハンクスの状況がよくなるわけではない。
バッシュ、サンダーソニア、キャロットに、アスモナディアが増えた……。
他は大したこと無さそうではあるし、ネザーハンクスの部下も手練れぞろいではあるが、さて、バッシュは武器を手に入れてしまった。
これなら、山頂で出会った時に戦っていた方がマシだった。
ドラゴンの姿が見えないのは不幸中の幸いか。
恐らく、ドラゴンの受けた傷が、思った以上に深かったのだろう。
察するに傷の治療中、といった所か。
まだ遺跡の奥にいるとみて間違いあるまい。
例えば、見えている扉の向こう側にいてもおかしくはない。
「ドラゴンは、飛べぬようだな」
バッシュは、己の隣にいた小さな女と顔を合わせ、頷きあった。
少女は首をふる。
「……ああ。飛べんな」
見覚えのない少女であるが、他にも数人ほど見覚えのない若者たちがいる。
ドワーフに、オーガ……どういった関わりかは分からぬが、アスモナディアの配下といった所か。
あるいはドラゴンが『ディスガイズ』で化けている可能性もあるが……やる理由は無いか。
「ならば、戦力としては数えられまい。お役御免というわけだ」
「そうでもない」
バッシュは隣に立つ女の肩を抱き寄せ、その胸に手を這わせた。
「子を産んでもらわねばならぬ」
ドラゴンを繁殖させ、子までも使役しようというのか。
「つまり、我らにドラゴンの亡骸を渡す気はないということか」
とはいえ、少なくとも、ドラゴンは戦場に間に合わないとも言える。
子供を産ませることまで考えているとなると、後の障害にはなるやもしれないが……。
ひとまずは、近々の決戦を邪魔されることはない。
今この場でバッシュたちを素通りして、ドラゴンの命を取る必要性が減ったということだ。
つまり、そうである場合。
ネザーハンクスのとれる手は二つだ。
一つは、目の前に立ちふさがるバッシュたちを突破し、さらに遺跡の奥で養生しているドラゴンも倒す。
もう一つは、引くことだ。
引いて戦力を温存し、手勢を持ち帰り、決戦にて腕を振るう。
……やはり、引くのが正解であった。
バッシュたちに勝てる可能性は低く、仮に勝ったとて、ドラゴンを倒せる戦力が残るとも思えない。
ドラゴンが飛べぬという情報を得られたことを是とし、帰還するのが正解だ。
バッシュたちはゲディグズ軍の背後から強襲してくるかもしれないが、来ると分かっていればより多くの戦力でもって迎え撃つこともできよう。
もしバッシュらがこちらの撤退を阻止するのであれば、半数が足止めし、半数で散り散りに逃げればいい。
相手の数は少ない。大半は逃げ延び、情報を持ち帰ることができるであろう。
他の場所を張っている者たちは、自力で考えてもらうしかないが。
そこまで考えて、ネザーハンクスは笑った。
「繰り返す気か……愚かなことよ」
「なにっ! ろくでもない口喧嘩に勝った程度で、この私を愚弄する気か! ネザーハンクス!」
「いやいや……自らを恥じてのことよ」
ネザーハンクスは剛毅で知られるハイデーモンだ。
だが、どれほど剛毅でも、あらゆることに悔いが無いわけではない。
彼は、後悔していることがある。
(それに……)
やはり気になるのは。バッシュの剣か。
パッと見た時は、太古の金属によって打たれた、古ドワーフの剣だと思ったが……。
保存の魔法が掛けられていたにしても真新しく、見知らぬ魔紋の刻まれている。
魔紋は見知らぬ形だが、恐らくは二重魔紋……半分はデーモンの様式に見える。
見知らぬ魔紋を、魔封じ対策の魔紋で囲っているようにも見える。
さらに、なぜかこの場にいるドワーフとデーモン。
後ろに見えるのは、火の入っている炉。
使用の形跡が残る鍛冶場。
かつて己が授けた魔剣は、ゲディグズが叩き折ったと聞き及んでいる。
ならばあの剣は恐らく……ゲディグズを倒すための剣ではなかろうか。
バッシュだけならば、ただ拾っただけのものだと断じよう。
だがドワーフがいる。アスモナディアがいる、そしてゲディグズの不死性を知るサンダーソニアもいる。
ならば、周到に用意されたものだ。
バッシュという極上の戦士を用いて、ゲディグズを殺すために。
(そうとわかっていて、逃げるのか?)
ネザーハンクスは己に問う。
逃げて、逃げて、雌伏して、ようやく日の下に戻ってきたと思ったら、脅威から逃げて主君を失うのか。
同じことを繰り返すのか。
(否だ)
わかっている。
山中、想定外の状況での邂逅。
勝ち目のない戦い。
逃げてゲディグズ軍と合流し、そこで迎え撃つべきだ。それが正しい。
どう考えてもその方がいい。
だが、予感がある。
ここで逃げれば、ネザーハンクスは何かを失う。
主君か、矜持か、誇りか。
あるいは己を支えてきた何かを。
ならば通すわけにはいかない。
いかなるものかは存ぜぬが、ゲディグズへの勝算を持つ相手を通すわけにはいかない。
「ここが俺の死に場所か」
華々しい場所ではない。
山中、見守るは己の配下のみ。
記録には残るまい。
勝っても負けても名誉はあるまい。
自分は死ぬなら戦場で死にたいと思っていた。
一騎打ちか、あるいは敵軍に囲まれるでもいい。
雌雄を決する戦にて、精一杯に戦い、力及ばず打ち取られる。
それが美しいと思っていた。
そうあるべきだと思っていた。
レミアム高地の決戦では、それは叶わなかった。
気づいた時には負け戦になり、撤退戦に次ぐ撤退戦になった。
後悔しているのだ。
あの時、レミアム高地で死ねなかったことを。
逃げたことを。
今、ここで逃げれば、また後悔する。
今度こそ、後悔の中で死んでいく。
ゲディグズの復活。
与えられるはずのなかった二度目のチャンス。
あの日できなかったことをするのだ。
ゲディグズの襲撃を未然に防ぎ、その命を守るのだ。
やらねばならんのだ。
もう、後悔はしない。
「我はデーモン八大将が一人! 『剛剣将軍』ネザーハンクス! バッシュよ! 吾輩は貴様に一騎打ちを申し込むぞ! 吾輩が勝てば、後ろの扉の向こうに、通してもらおう!」
「いいだろう、受けて立つ!」
即答であった。
自然と、他の面々が下がっていき、円状の囲いができる。
誰も止めることはなかった。
■ ■ ■
「俺は元オーク王国・ブーダーズ中隊所属戦士。『オーク英雄』のバッシュだ!」
バッシュが名乗る。
過去に正面から聞いた者がいれば、震え上がる名を。
サンダーソニアとて、緊張の表情をしている。
バッシュの勝利を信じて疑わぬが、それでもなおかつての戦いが思い出され、背筋が凍り付くのだ。
『目』などはゼルの後ろに体を隠し、震えているではないか。今にもチビりそうな表情で。
「……」
ネザーハンクスは剣を抜き放つ。
四本の腕、四本の剣。
デーモンの鍛えし魔剣たち。
それらは全て、ネザーハンクスがこの三年の中、己で鍛えたものである。
かつての剣は全て失われたが、さりとてそれがネザーハンクスの力の低下にはつながらない。
ネザーハンクスはずっと、こうして戦ってきた。
剣を失えば剣を奪い、奪った剣がナマクラであれば鍛え直し、時に自分で打ち出して。
「名誉に思うがいい、バッシュよ。貴様はこの『剛剣将軍』ネザーハンクスと戦えるのだ」
「そうだな。お前に剣をもらった時のことはよく覚えている」
バッシュにとってネザーハンクスは、雲の上の存在だった。
そも、オークという種族にとって、デーモンは明らかな格上だ。
口ではそれを認めずとも、オークがデーモンに勝てないのは、オークの誰もが認める所なのだ。
力、速度、技、頭脳、魔法……全てにおいてデーモンはオークを上回っている。
ハイデーモンはその最上位種。
最強の人間種だ。
無論、バッシュもそう思っていた。
ミストランドで手柄を立てて、ネザーハンクスから剣を下賜された時は、この上ない名誉だと思ったものだ。
「お前と一騎打ち、この上ない名誉だ」
「ハハハハハハ! 俺もだ!」
ネザーハンクスは、ハイデーモンとして生まれた。
ネザーハンクスの家は、ハイデーモンの名家であった。
ゲディグズの即位前、まだデーモンがそこまで優位に立っていなかった頃、ネザーハンクスは生まれた。
名門の出であったが、ハイデーモンにしては頭が悪く喧嘩っ早かったため、一族からは見下され、親からも見捨てられていた。
唯一、ネザーハンクスの面倒を見てくれたのは祖父であった。
祖父は魔剣鍛冶であり、一族の武器を一手に担う名工であった。
幼き日のネザーハンクスは祖父の工房に出入りし、試作品の剣を手にしては、木偶相手に振り回した。
祖父はそれを止めることなく、それどころか、時に剣や鍛冶を指南してくれた。
大人になり、初陣となった時には、ネザーハンクスは立派な剣士になっていた。
その剣術は、デーモンのそれの中では決して洗練されたものとはいえない、我流のものであった。
だが、その戦果について言えば、ハイデーモンの中でも随一だったと言えよう。
他のハイデーモン、あるいは普通のデーモンもそうだが、初陣の時に賢ぶる癖がある。
これはデーモンという種族の悪癖といっても過言ではない。
初陣の若造であるにも関わらず、さも自分が歴戦の軍師であるかのように振舞うのだ。
そして先達のデーモンに鼻で笑われ、恥をかく。
ネザーハンクスだけは違った。
彼は四本の剣を持って敵陣に突撃し、全てを薙ぎ払った。
それはデーモンにあるまじき戦い方だったが、初陣で数多の首級を挙げた者はそう多くはなく、それを為した彼を、デーモンたちは称賛した。
その後も、ネザーハンクスは戦場に出る度に突撃し、敵をなぎ倒していった。
祖父からもらった剣は丈夫で強かった。
四重の魔紋は全て強度増強に振られており、まさに不壊であった。
魔剣は、いかなる戦場でも折れることなくネザーハンクスを支え続けた。
やがてゲディグズが即位し、デーモンが快進撃を始める頃。
ネザーハンクスはその武威と戦果によって、将軍の座に上り詰めていた。
デーモン軍に数いる将軍の一人。
『剛剣将軍』へと。
指揮官としてのネザーハンクスは決して有能ではなかったが、それでも数多の戦場を駆け抜けた経験と、ハイデーモンとしての素質で十分すぎるほどの成果を上げた。
ネザーハンクスを見下す者はいなくなり、戦況も上向きになり、ネザーハンクスにとって絶頂の時期だったといえるだろう。
そんな中で現れたのが、バッシュという男だった。
ミストランドでの戦いは、はっきり言えば負け戦だった。
正確には負け戦などではないが、思った以上に時間が掛かりすぎてしまった。
ヒューマンの抵抗は激しく、ゲディグズの思い通りに事が運ばなかった。
もっと甚大な被害が出てもおかしくなかった。
とはいえ、それを責める者などいない。
ゲディグズは未来予知が出来るわけではない。
多くの作戦を成功させ、神格化されているが、人の身に変わりはないのだから。
失敗もする。読み違いもする。
幼少の頃よりゲディグズを知っているネザーハンクスからすると、当たり前のことだ。
ハイデーモンの中でも随一に優秀ではあったが、それは全知全能を意味しない。
しかし、そんな負け戦が覆された。
あるオークの小隊がやった。
具体的に言えば、そのオーク小隊にいた、一人の戦士がやった。
木端だと思っていた戦士がだ。
その戦士は、ホワイトミスト砦へと侵入し、嵐の十騎士序列第一位『暴風斬りのレイヴン』を撃破したのだ。
その報告が無ければ、ネザーハンクスらは己に割り当てられた砦を落とすのに、もう少し時間が掛かっていただろう。
レイヴン撃破の報告は、明らかに敵を動揺させ、士気を低下させたからだ。
ネザーハンクスが驚いたのは、ブラックヘッド領の首都ストームヒルへと到着した時、そのオークがいたことだ。
『暴風斬りのレイヴン』を破ったオークが。
いや、実際の時系列としては違う。
そのオークが、『暴風斬りのレイヴン』を倒したという話を聞いたのは、ストームヒルでの戦が終わった後の話だ。
ネザーハンクスが初めてそのオークを見たのは、手勢を引き連れ、ブラックヘッドの元へとたどり着いた時だ。
ネザーハンクスがその場にたどり着いた時、そのオークは先んじてブラックヘッドの元へとたどり着き、傷だらけの身体で敵に包囲されながらも、しかし力強く立っていた。
ネザーハンクスはよく覚えている。
オークを包囲するヒューマンたち、その中でもひときわ目立つ、黒い兜の男が問いを投げかけたのだ。
『レイヴンを殺したのはお前だな』と。
『そうだ』とオークは答えた。
それを聞いて、ブラックヘッドが一騎打ちを挑んだ。
オークはそれを躊躇なくそれを受けた。
バッシュの名を知ったのは、その時だ。
鮮烈な名乗りは、ネザーハンクスの脳裏に焼き付いている。
その後の戦いも死闘であった。
バッシュは強者であったが、疲弊していた。
ブラックヘッドは巧者であったが、所詮はヒューマンだった。
どちらが勝ってもおかしくない一騎打ち。
制したのはバッシュであった。
ネザーハンクスはそれを見て、若き頃の己の姿を幻視した。
己の小隊を失い、それでも戦意を喪失せず、単騎であっても敵陣に切り込み、敵将を討ち取る。
これほどの名誉があろうか。
ゆえに戦の後、ネザーハンクスはバッシュに己の剣を授けた。
『剛剣将軍』の名の由来にもなった、不壊の魔剣を。
そして、バッシュはその剣を片手に戦場を飛び回り、戦果を上げ続け、やがて『オーク英雄』となった。
なんと痛快なことか。
ネザーハンクスは自負する。
俺がこいつを最初に認めてやったんだと。
俺が最初に見つけたんだと。
俺がその剣をやったんだと。
そんなバッシュと己が一騎打ち。
心躍らぬはずもない。
「グラアアアァァァァァオオオゥゥ!」
怒号のようなウォークライ。
「来い!」
最初の一合で剣が砕け散った。
ネザーハンクスの剣が。
油断していたつもりはなかったが、それでも力を見誤った。
「っ!」
暴風のような斬撃に、ネザーハンクスが二歩下がる。
バッシュの斬撃を回避しつつ、剣を一本投げつける。
残った二本を、四本の腕で両手持ちする。上腕を右上段に、下腕を左下段に構え、バッシュに向かい合う。
バッシュの斬撃を下段で受け止め、上段でバッシュの額を狙う。
しかしバッシュはうまく体をかわし、皮一枚を切るにとどまる。
バッシュはそのまま体を回転させ、次の斬撃を放ってくる。
それを受け止め、同じように斬撃を返すが、当たらない。
なんという洗練された体捌きか。
荒々しい斬撃とは裏腹に、体の方は柔軟で、目は迫る白刃を捕らえ続けている。
その上で、攻撃の手を一切止める気配がない。
二本の剣を持つネザーハンクス相手に、手数で劣らない。
防戦に回る気配がない。
まさに暴風だ。
「フハハハハハハ! 暴風斬りのレイヴンは名折れだなぁ! この暴風を斬れなかったのだから!」
ネザーハンクスは笑う。
笑うしかない。
なんだこのオークは。
強いとはわかっていたが、これほどか。
自分で戦うとこれほど強いのか。
ブラックヘッドでの一騎打ちの時は、まだ若造だと思った。
勢いはある、力もある。だが俺が戦えば負けはせぬと確信していた。
あるいはブラックヘッド、お前もそう思ったのか?
傍から見ていて、勝てると思ったのか?
見ているかブラックヘッド、あの時よりも成長していやがるぞ、こいつは。
「!」
ネザーハンクスの剣が一本、上段に構えたそれが、砕けた。
続けざまに放たれた一撃は、首を狙っていた。
間髪入れずにとどめを刺しにくる動き、まさに無駄がない。
その一撃を、ネザーハンクスは己の拳で受け止めた。
斬撃が腕を切り裂き、肘のあたりで止まる。
骨の隙間に剣を挟み込み、ネザーハンクスは壮絶に笑った。
二本の腕で、バッシュの胸倉をつかむ。
残った一本の剣で、バッシュの胸を狙う。
剣を捕らえ、体を捕らえ、回避できぬ刺突を見舞う。
「……」
気付けば、バッシュの剣が振りぬかれていた。
肘骨で止められた後、引くことなく力を込め直し、振り切ったのだ。
骨を砕き、腕を斬り開き、そのままネザーハンクスの胴に達し、内蔵を切り裂きながら、真っ二つに。
バッシュとて無傷ではなかった。
ネザーハンクスの最後の剣は、確かにバッシュの胸に突き立っていた。
だが、バッシュが剣を振りぬいたせいで、軌道がずれた。
肉を切り裂き、内蔵を切り裂き、確かに貫いたが……しかし心臓には届いていない。
これではオークは殺せない。
生命力の塊たる種族は、この程度で死ぬことはない。
「俺は……これを、望んでいたのやも……しれんな…………」
ネザーハンクスが膝をつく。
周囲の部下たちが動揺を隠せず、視線をうろつかせる。
「見事だ……」
それが、ネザーハンクスの言葉だった。
長年デーモンを支え続けてきた偉大な将軍が、死んだ。
後悔のない、笑顔だったという。
■
ネザーハンクスの部下は半数が撤退し、半数がその場に残って戦った。
残った者達は勇敢に戦い、そして敗れ去った。




