116.集合
「という流れで、僕らはここまで来ました」
説明はルドからなされた。
説明役であるアスモナディアが完全に意気消沈してしまったからだ。
今は遠くの方で膝を抱えて座り込み、バッシュたちの方をチラチラと見ていた。
デーモンという種族は、優秀さの塊のような種族で、その分だけプライドも高い。
しかし、実のところ、メンタルが弱い傾向にあった。
「なるほどな、でもなんでドラゴンなんだよ。無理だろ。この人数じゃ」
「アスモナディアさんは、ドラゴンを討伐ぐらいしないと、オークの国で受け入れてもらえないと」
皆の視線がアスモナディアへと集まる。
アスモナディアはその視線を受けて、ビクリと身を縮めた。
「どういうことっすかね? おーい、そこのデーモン、こっちに来て説明してほしいっす!」
ゼルの言葉に、アスモナディアは一瞬「誰だよこいつは」という顔をしたが、しかし今は意気消沈しているのか何も言わず、しずしずとバッシュの前へとやってきた。
「私は……その、バッシュと合流する前に……」
「ちょっと待ってぇ。それ以前にアスモナディア、どうしてお前がここにいるのぉ? あなたはシーケンスと一緒に要塞でお留守番してたはずでしょぉ?」
アスモナディア。
ハイデーモンの中でも特に有名な『暗黒将軍』シーケンスの末娘。
戦場では巨大な戦斧を振り回し、黒き雷光を伴って突進してくることから、『黒雷』の二つ名を持つ。
「私は……その、デーモンの国に巣食うドラゴンを討伐すべく部隊を組織し進軍した所、見事に返り討ちに遭い、死にかけていた所をバッシュに救われた」
「ほう、よくある話だな」
「バッシュが、ドラゴンを討伐する報酬として、私を妻に迎えたいと仰ったため、バッシュ様の妻となった……しかしながらバッシュは『ドラゴンは逃げたから』と謙遜し、そのまま旅立ってしまったんだ。だから私はそれに追いつくべく、デーモンの国を出た」
全員の視線がバッシュの方を見る。
「……いや……そうだったか?」
しかしバッシュは首をかしげるばかりだ。
さて、そんなことを言っただろうか、と。
そもそも、これほどの美女が手に入るのに、自分が引き下がることがあろうか。
童貞真っただ中で、北の果てまで移動してきて、なお女が手に入らない状況で。
もしバッシュであれば、喜んで目の前の女で童貞を捨てにかかっただろう。
サンダーソニアは未だに処女だったに違いない。
「妻となったからには、働かねばならん。現在、ゲディグズ様による各国への侵攻が始まっているが、それ以前からオークは滅びの危機に瀕している。ゆえに先んじてオークの国に向かい、オークどもを掌握。頭の悪いオークに代わって他国との政治的なやりとりをしておこうと思ったのだ」
「バッシュに無断でか……?」
「バッシュとてオークだ。腹の探り合いは不得手だろう。とはいえバッシュは傑物……いずれオークキングとなろう。となれば、細々とした雑事は、どのみち賢妻たる私がやることになる。手が付けられぬ状態になってからやるより、今のうちから動き、勝ってもオークが存続できる基盤を作っておく方が良いだろうが」
サンダーソニアが困った顔でバッシュを見る。
バッシュはそもそも、オークキングになるつもりなどあるのだろうか。
バッシュはイマイチ理解していない顔をしていた。
恐らくオークキングになるつもりはないのだろう。今のところは。
「デーモンらしい考え方だな……で、なんでドラゴンなんだ?」
「エルフの癖に頭が悪いらしいな」
「まぁな。良かったらもうとっくに死んでる」
「ハッ……! 謙遜が過ぎるな! まぁいい。考えても見よ。いくら私達が未来のオークキングたるバッシュの妻を名乗った所で、オークがそれを信じると思うか? バッシュがその場にいない状態で、この美しい私を前にして、襲わずにいられると思うか?」
「思わん」
あるいはそこらのはぐれオークなら、バッシュの名前を出せば一発で黙るかもしれない。
しかし、オークという種族は集まると気が大きくなる。
最初はたじろぐかもしれないが、すぐに気を取り直し、女を襲うはずだ。
彼らが美しい女を前に我慢などできるはずもない。
ましてバッシュがオークキングなどと吹聴していると聞けば、一部の者は不遜だと怒りだすだろう。
バッシュ本人が言ったならまだしも、だ。
「一対一なら木端オークなぞ物の数ではないが、百を超えるオークに囲まれるとなれば、遅れを取ることもあろう。私はバッシュ以外の愚かなオーク共に体を許す気はない。まして大事な妹分もいることだ。無策で行くわけにはいかん。違うか?」
「ふむ。違わないな」
「成果が必要だったのだ。オークすら感謝し、畏れるであろう絶大な成果がな」
「なるほどな、それでドラゴンか」
「そうだ。オークは何度もドラゴンの襲撃を受けていたからな」
「確かに、ドラゴンの首を持っていって、バッシュの名前も出せば、いきなり襲われるってことはないだろう」
「そうだ。まぁ、私自身としても、ドラゴンに復讐したかったというのはあるが……」
アスモナディアはそう言うと、また震え出した足を殴りつけた。
「この足が、言う事を聞かんのだ……あのドラゴンを前にすると、足がすくんで動かんのだ。ハイデーモンであるこの私が、怖気づいてしまうのだ……」
アスモナディアの目からぽろぽろと涙がこぼれ始める。
「こんなはずじゃなかったんだ。私は、堂々とドラゴンを倒し、バッシュと会う時には、すでにオークを掌握し、誰にも異を唱えさせることなく玉座に座れるよう、全てを整えておくはずだったんだ。これじゃあバッシュに見捨てられるのも当然だ……私は、あの時にドラゴンに焼かれて死んでいればよかった……」
情緒不安定なアスモナディアを、サンダーソニアはやや同情の目で見ていた。
弱っている奴を見ると慰めたくなるのが、サンダーソニアという女なのだ。
「なぁバッシュ、こう言ってるし、許してやれよ。何に怒ってるかわからんが……」
「……」
バッシュはアスモナディアを舐めるように見まわした。
いい女であった。
なぜ自分の妻を名乗っているのかはわからないが、一応アスモナディアの名は知っている。
「だが、俺はこいつを見たことがない」
「イジワルで言ってるんじゃなくてか?」
「ああ。名前は知っているが、死んだと聞いていた」
だよな、とゼルの方を見るバッシュ。
ゼルがずいっとしゃしゃり出てくる。
「そうっすよ! オレっちも確かに聞いたっす! ポプラティカ以外の娘は死んだって!」
「なんだ貴様は、どこの馬の骨ともわからんヒューマン風情が、なにを知った風な口をきいている」
「確かに今は『ニュート』によってヒューマンになったっすけど、元はフェアリーだし、その場にいたんすよ!」
「ゼル! 『ニュート』だと……!? ……なんだ、それは?」
「ああ、説明するとだな……」
かくかくしかじかと、サンダーソニアがニュートについて説明した。
アスモナディアはそんな魔法があるのかと感心しきりだが、ドラゴンが人に変化する魔法だと聞いて合点がいったようだ。
エルフにも似たような魔法があったように、デーモンにも似たような魔法があるのだろう。
「わかった。お前があの時のフェアリーだというのなら……これに見覚えがあるはずだ」
アスモナディアが、己の首元をぐいっと伸ばし、肩のあたりを露出させる。
そこには文字が書かれていた。
小さく指で引っかいたような痕が、しかし赤くくっきりと。
『ゼル参上!』
その文字を見て、ゼルは慄いた。
「た、確かにそれは、オレっちのサイン……!」
「見覚えがあるようだな」
「てことは、あの時、雪の中で助けた消し炭……?」
「そう、私がバッシュに背負われている時に、暇だった貴様が刻んだものだ。傷が治ってなお、消さずに残しておいたぞ……お前も恩人だからなぁ!」
「そんな、あの時の消し炭が、こんなに大きくなって……!」
「ククク、大きくなってはいないが、感謝しているぞ、『落書き』のゼルよ!」
ゼルとアスモナディアは、ガッシリと握手をした。
「というわけで、身元が確認できたっす。旦那、このデーモン女、あの時に助けたやつっすよ。あの時は判別不能でしたけど、おおかた治ったあたりでシーケンスの娘だってわかって、旦那との約束を守ることにしたんじゃないっすかね?」
「なるほどな」
よくわからないバッシュであったが、この美しいデーモン女が手に入ると聞いて、嬉しくないはずがない。
しかし、バッシュもこの数年で色々と学んだのだ。
「しかし、俺はすでにお前とサンダーソニア、キャロットを嫁にしているぞ」
「オレっちは何人増えても構わないっすよ。旦那ほどの男となれば、百人ぐらいいても足りないぐらいっすからね。そもそもルカなんて、オレっちらより先に婚約してるわけっす」
周囲の女を見渡す。
ルカに、サンダーソニア、キャロット、プリメラ。
ルドは完全に蚊帳の外だ。
「キャロットも気にしないと思うっすけど、ただ一人、あんまり増えるのが嬉しくない人がいるような……?」
自然と、サンダーソニアに視線が集まった。
「なんだ、私が決めていいのか?」
サンダーソニアはムッとした顔で睨み返してきた。
おっかない女である。
「私が決めていいんだったら決めるが、少なくともアスモナディアはバッシュの嫁ってことでいいだろ。力及ばずではあったが、これから先のことを考えると、頭の回る奴は一人でも多い方がいい。一人でも仲間は欲しいんだ。むしろ、お前の方が嫌なんじゃないか?」
「ふん、本当に嫌だったら、この二人をここまで連れてきてなどいるものか。ルカもプリメラも、私と共にバッシュの妻となることを望んだ。だから私についてきたんだ」
ルカはこくりと頷く。
プリメラもまた、顔を赤くしていたが、意を決したようにバッシュの前に出てくる。
「わ、私も、お前の剣を打つつもりだからな」
「ああ。その約束だったな」
「お、おう。ていうかお前、剣はどこいったんだ? 不壊の魔剣は?」
「折られた。ゲディグズにな。新たな剣を打ってもらうべく、お前を探しにきた」
バッシュがそう言うと、プリメラは拳を握りしめ、感極まったように胸のあたりに持ち上げた。
「あ、あたしも、前に比べたら鍛冶の腕前は上がった。最高だと自負できるわけじゃないが、あんたが満足いく剣を打てるようになったんじゃないかって、せめて挑戦してもいいんじゃないかって、そう思えてきた所なんだ!」
「ああ!」
「だから、その……もし、あんたが満足いく剣が打てたら、あたしも、その……一生、あんたの武器を打たせてくれないか!?」
「……!」
バッシュは数秒ほど止まってから、どういう意味かとサンダーソニアの方を振り返る。
サンダーソニアは合点承知、すぐに答えをくれる。
さすがはひいひいお婆ちゃんの知恵袋である。
「一生武器を打つってのは、ドワーフ流のプロポーズだな」
だよな? とサンダーソニアはプリメラに確認するように視線を向ける。
間違っていたらエラいことだからだ。
幸い、プリメラは無言でコクコクと頷いた。
「お前も、俺の子供を産んでくれるということか」
「ま、まぁ! そういう、ことだよ……」
プリメラは恥ずかしさで小さくなりつつも、同意した。
なんということだ。
かつてドバンガ孔で同意していれば、魔法戦士になることは無かったのに……。
などと思うバッシュではない。
オークは今を生きる。
過去のことを掘り起こすのは、自慢話をする時だけ。
都合の悪い過去は忘れ、都合の良い過去だけを後世に残していくのだ。
「あのっ!」
と、プリメラのすぐ後ろにいた少女も声を上げる。
「私も! まだ無理ですけど、もう少ししたら! 以前のお約束通りにできると思います!」
ルカが健気にバッシュを見上げていた。
出会ってから二年ほど経つだろうか。
正直、まだ小さいと言えなくもない。
オークの中にはこれぐらいを好む者もいるが、バッシュはもう少し育っている方が好みだ。
「ああ……!」
なんとはなしに、バッシュはルカの頭の上に手を乗せて、撫でてみた。
ルカは子供扱いされたと感じて頬を膨らませたが、手を振り払いはしなかった。
今はまだ、そういう扱いであることを甘んじて受け入れた。
「それにしても」
と、プリメラが改めてサンダーソニアらを見る。
「アスモナディアから聞いた時に覚悟していたつもりだけど、本当に大勢連れてきたな……」
プリメラの言葉に、バッシュは何も答えなかった。
自分でもそう思っていたからだ。
本来であれば、オークは複数の嫁を迎えることは許されていない。
どうなるかは、オークの国に戻ってみないとわからない。
魔法戦士であることもどう転ぶかわからない。
サンダーソニアはなんとかなると言ってくれたが、流石のバッシュでもなんとかならない気がしてならなかった。
「でもま、相手の文化に合わせるのも異種間の結婚の醍醐味? ってやつなんだろ。あたしもあれからちょっとは勉強したんだ。恥ずかしいけど、覚悟はしてるよ……あれだろ、裸にむいて、鎖つけて、町中に見せびらかして回るんだろ?」
プリメラはその大きな胸を隠すように己の身を抱きながら、恥ずかしそうにうつむいた。
バッシュはその仕草に鼻息を荒くしたが、しかしサンダーソニアの咳払いを受けて我に返った。
「いや、サンダーソニアとも話したが、それはしなくていい……」
「遠慮するなよ。オークは、どんな女を手に入れたかで地位が決まるんだろ? あたしも、お前の自慢になりたいからさ」
てれてれと頬をかくプリメラ。
その魅力は以前感じたのと同等なものだった。
正直、今すぐにでも押し倒したくなる。オークの本能だ。
しかし、バッシュもここまで三人の女を抱いてきた。
今が抱き時か否か、わかるようになっていた。
今は悪くないが、少し良くない。
そして視線を彷徨わせた先に、居心地の悪そうな少年がいた。
「師匠!」
ルドだ。
唯一バッシュのハーレム要員ではない少年が、バッシュに拝礼する。
自分が教えた憶えのない礼儀正しさに居心地の悪さを感じつつも、バッシュは頷く。
「ルドか。お前も久しいな」
「はい! 再会の御挨拶もままならぬ状態で失礼します。知らない顔も多いようですし、ここは互いに自己紹介をする時間を設けてはいかがでしょうか」
その提案に、皆は静かに頷くのだった。
★ ★ ★
『エルフの大魔導』サンダーソニア。
『喘声』のキャロット。
『黒雷』のアスモナディア。
『ドバンガの子』プリメラ。
『ルラルラの子』ルドとルカ。
『風に愛されていたこともある』ゼル。
そして『オーク英雄』バッシュ。
8人が各々自己紹介をした後、
「で、私達はゲディグズをぶち殺すために、呪術が必要ってことがわかったんだ。あとバッシュの武器だな。さすがのバッシュでも、素手で並み居る強敵と戦い抜くのは難しいからな」
サンダーソニアはこれまでの出来事を話していた。
ちなみにサンダーソニアのことは誰もが知っていたので自己紹介する必要はあまりなかった。
有名人なのだ。
「しかし! オーガはゲディグズ側に付き、ドワーフも寝返った! さぁ、どうする我らがサンダーソニア! 負けるなサンダーソニア、イケイケ我らがオーク英雄!」
相槌はゼルがうった。
たまにバッシュに「ですよね旦那!」と促し、バッシュが「うむ」と言う度に場が盛り上がった。
「そんな中、バッシュの知り合いに呪術師がいるとわかってな。それがルカ、お前だ」
「はい」
「で、お前はアスモナディアに連れられてドバンガ抗に行ったと聞き――」
「オレっちらは、ドワーフには知り合いに剣を打ってもらう約束をしたことを思い出し――」
「ドバンガ孔まで行ったら、今度はドラゴン退治に赴いたって話を聞いて、慌ててここまで追い付いたってワケだな!」
サンダーソニアがそうまとめると、四人は納得した顔していた。
道中のことは全て話した。
特に、バッシュが実は童貞だったという話を聞くと、四人は一様に驚き、しかしどこか安堵の表情を浮かべていた。
いくらバッシュが気高い英雄と言えど、やはり戦場で女を犯していたという事実は受け入れがたい部分が少なからずあった。
オークという種族がそういうものだと、そういう文化なのだと知っていたのだとしても、それでもなお、過去の行いは消せないのだ。
しかし、そうではなかったと知り、目の前のオークが真の英雄であると再確認した。
バッシュは情けなさそうにしていたが、他の種族にとって童貞であったということは、マイナスになりえない。すなわち自分に言い寄った時には無垢な存在であったと示しているからだ。
今はすでにサンダーソニアという悪名高きエルフの手によって汚されてしまったが、あるいは自分の所に来た時に、彼のプロポーズに頷いていれば、ただ一人の伴侶となれたかもしれないのだ。
しかし、今は状況が許さない。
アスモナディアが目指したように、そしてサンダーソニアが想定したように。
バッシュを旗印に、一致団結して敵に立ち向かう必要がある。
「というわけで、大所帯になったが、仲良くしようじゃないか。差し当たっては――」
「ちょっと待った」
サンダーソニアを遮るように、一人の女が立ち上がる。
つい先ほどまで鬱の絶頂にいた情緒不安定なハイデーモンの女。
アスモナディアである。
「話の前に、一つ決めなければならないことがあるだろう」
「なんだ?」
「つまりだ……なぜ、お前が仕切っている?」
「なぜ……って、言われてもな、私がエルフを助けたいって動機でバッシュを連れまわしてるんだから、私が仕切るのが筋だろ?」
「ごもっともだ。しかし、目的がゲディグズ様を倒すことであるなら、指揮官は別に用意し、お前自身も一兵士として動いた方がよいのではないか?」
「まぁ、私としてもその方がありがたいけどな……何が言いたいんだ?」
アスモナディア。
自称、未来のオークキングの正妻。
強く賢いハイデーモンの女は、自分にこそ、その資格があると固く信じていた。
もっともバッシュはオークキングになるつもりもなければ、つい先ほどまでアスモナディアの存在すら知らなかったが。
「いや何、複数の妻がいるのであれば、序列が必要かと思ってな」
「そういうことか、元気になってきたと思ったら、いきなりデーモンらしいことを言い始めたな?」
「『エルフの大魔導』サンダーソニア。高名はかねがね聞いている。バッシュの妻を取り仕切る上で、この上ない適任と言えるだろう。認めよう、私は遅れを取っている。だが挑戦をする権利はあるだろう? 将来のことを考えれば、私こそがバッシュの筆頭妻に相応しい」
「なんだよ筆頭妻って、初めて聞く単語だな……」
サンダーソニアを押しのけるように、その大きな乳を押し付ける。
サンダーソニアは己にない武器にたじたじとなるが、まぁ誰が仕切ってもいいかとその場を引こうとした。
誰かが先頭に立つなら、そのサポートに回ることができる女だからだ。
しかし、それを許さぬ者がいた。
サンダーソニアを、アスモナディアよりデカイ武器で押し返すのは、サンダーソニアに大恩を持つ女。
「あなたがぁ?」
強火のサンダーソニア信者。
キャロットである。
「やるべきこともできずに、膝を抱えて泣いていた人が、筆頭に相応しいですってぇ?」
小娘のような嘲りに、アスモナディアの目がギロリと動く。
「これはこれは、『喘声』のキャロット。ゲディグズ様を裏切った不心得者が、私に何か文句でもあるのか?」
「意気消沈したバッシュ様を支え、私を立たせ、ゲディグズ様を倒す方法を見つけ、言葉を尽くし、己の身を挺してバッシュ様を救ってここまで連れてきたのは、こちらのサンダーソニアよぉ。私たちを仕切るのに最もふさわしいのは、臆病者じゃないわぁ」
「言ったな! 男の棒を啜るしかできん淫魔風情が!」
「なーにがハイデーモンよぉ。バッシュ様に存在すら知られてなかった分際で、そっか、さっき会ったばかりってことはぁ、まだ御寵愛もいただいていないということよねぇ? 淫魔風情である私ですら、何度も愛してもらっているのにぃ?」
サキュバスらしい、あまったるい声音は、神経を苛立たせる。
アスモナディアは口元をゆがませると、片膝になり、傍らに置いてあった斧槍を握り、持ち上げる。
キャロットも剣呑な目つきのまま、素手でアスモナディアに対峙する。
「おいやめろって。喧嘩してる場合じゃないだろ。キャロット、味方してくれるのは嬉しいけど、私は別にいいから。こういうのは仕切りたい奴がやればいいんだよ。バッシュも何か言ってやってくれ」
助けを求めるサンダーソニアが振り返る。
そこで見たのは、誰が仕切ろうと関係ない者達ばかりだった。
「旦那、ここは一つ、賭けをしようじゃないっすか。オレっちは、キャロットが勝つ方に、さっき拾った、このやけに四角い石を賭けるっす!」
「うむ。俺も拾ってくるか……」
「それインゴットじゃないか、見たこと無い金属だな……! あたしが欲しいぞ!」
「じゃあ何か賭けるっす! リスクを負わなければリターンを得ることはないっすよ! 身ぐるみをはがされるか、命かっす!」
「ならあたしは、アスモナディアが勝つ方に、こないだ買ったハンマーを賭ける。あの女の武器は凄いんだ。現時点での、あたしの最高傑作だしな」
「ならば俺は――」
「喧嘩をとめてくれって言ってるんだよ!」
サンダーソニアのツッコミで、場が一瞬だけシンと静まり返る。
アスモナディアも、キャロットも動きを静止し、目を見開いてサンダーソニアの方を見ている。
「……いや、わかればいいんだよ。まぁ、アスモナディアはデーモンだ。誰かの下につくのは良しとしないだろう。私がゲディグズを倒してエルフを救うって方針さえ守ってくれれば……って、そこまで黙りこくることないだろ。別に怒ってなんかないぞ」
サンダーソニアが意気揚々としゃべりだすと、誰もが緊張の面持ちで停止していた。
目を見開き、身じろぎ一つせず、しかし体が小刻みに震えていた。
そして、何か、目でサンダーソニアに合図をしていた。
体は動かさず、しかし目だけは雄弁だった。
「あ、わ、あ……」
特にアスモナディアなどは、目からボロボロと涙をこぼし、尻もちをついて膝を振るわせていた。
そのあまりの恐怖の様子は、今にも殺される寸前といった風情であった。
サンダーソニア相手にそこまで怖がるのかと疑問に思うほどだ。
「……」
あのバッシュでさえ、冷や汗をかいて腰を浮かせている。
私が怒鳴ったから……じゃないよなぁ、とサンダーソニアは後ろを振り返る。
ドラゴンと目があった。




