第3話 私は何もやってない
肩を叩かれる。
肩を揺さぶられる。
わたしの、ねむりを、さまたげるのは、だれだ……。
「お嬢ちゃん、起きろ!こんなところで寝たら風邪引くぞ。」
男の人の声がする。
……けど、あと5ふん……。
「おーい、お嬢ちゃん!起きろ!」
さらに肩を叩かれる。
揺さぶりは強くなり、首が上下左右にがっくんがっくん動く。
こうなっては寝ていられないので目を開く。
目の前にひげ親父がいた。
顔は見たことない。
「……だれ?」
「おお、やっと起きたか。担ぎ上げる手間が省けたぞ。」
……担ぎ上げる?
「……人攫いの方ですか?」
「ひでぇ言われようだな。人攫いがこんな格好するか?」
よく見るとさっきグラウンドで行進していた鎧の集団の一人らしい。
兜の下はこんな顔だったのか。
「俺はニコラス。この騎士団の副団長をやっている。こっちはアートとイシュメルだ。」
指でさされたほうを見ると他に2人鎧の人がいた。
アートさんは茶色の短髪で優しそうな印象を受ける。
イシュメルさんは金髪で男性っぽいのに肩より伸びたポニーテール、目じりが上がっておりきつそうな雰囲気だ。
身長はイシュメルさんのほうが大きい。
一番でかいのは副団長やってるとかいうニコラスさんだが。
「ご丁寧にどうも。小野寺雅と申します。」
3人に軽く会釈をすると副団長さんが頭をわしゃわしゃ撫でてきた。
「なんだ、礼儀もしっかりしてるじゃないか。この分ならお願いも聞いてもらえそうだな。」
そう言うと他の二人もうなづいた。
「お願い?お願いって何ですか?」
「ああ、騎士団の訓練の一環で尋問というのがあってな、それに使えそうな人間を探してたわけだ。」
尋問?拷問よりはやさしそうだけど……。
「質問に答えればいいんですか?」
「ああそうだ。それに嘘をついたりごまかしてもいい。そういう奴もいるからな。」
嘘ついたりごまかしていいってどうなのよ……。
「えっと、ちなみに拒否権はありますか?」
副団長に聞いてみたが答えはイシュメルさんから返ってきた。
「君がこの提案を拒否した場合、君は不法侵入罪で牢獄送りだ。」
牢獄送り!?冗談じゃない!
「ちょっと待ってください!私が何をしたって言うんですか!」
夢から覚めてから大した行動した記憶がないけど、そんなことあるのだろうか。
イシュメルさんは見下すように言う。
「君が練兵場にいたことは確認している。我々が近づいたときに出て行ったこともな。」
あのロープの内側って進入禁止だったの!?
私が驚いているとさらに追い込んでくる。
「君は練兵場から出て行った後も我々を監視できる位置にいたため諜報罪の容疑がかかる。王の御前で申し開きをする勇気はあるかな?ちなみに諜報罪の刑は死刑しかないが……」
さらに驚きの新事実が!死刑!?私殺されますか!?
「死にたくなければ我々の提案を受けたほうがいいだろう。少なくとも殺される心配はない。」
「そうですよ。ただ質問に答えるだけでいいんですから、協力したほうが身のためですよ。」
イシュメルさんとアートさんの説得というか脅しというか、それに対してなすすべがないのが私。
火のないところに煙は立たないとかいわれるしなぁ……穏便にいくのが一番かなぁ……。
「えっと、脅してくれなくても私は私で最善の選択肢を選びます。困っている人がいるならその人のために行動するのが善というもの。お手伝いいたしましょう。」
「おぉ、協力してくれるか。ありがとう。」
ひげ面に抱きつかれる。止めろ!痛い!
「ちょっと待って!ただし!ただし、条件があります。」
ひげ面はきょとんとした。
「なんだ、言ってみろ。」
「年齢と体重と胸の大きさについては質問しないでください。殴ります。」
ひげ面はきょとんとした顔からにやりと笑うと、
「約束はできないが質問されたら殴っていいぞ。」
と言うとHAHAHAHAと笑いだした。
不愉快な私はひげ面の弁慶の泣き所を蹴ったがサンダルがすね当てにはじかれただけに終わった。
練兵場の小屋の前には10人の騎士(?)が集まっていた。
他の人は剣で打ち合いをしていたりかかしに剣を刺したりしている。
はてなマークを付けたのはひげ面が騎士団と言ったからであって私には騎士も兵士も見分けがつかないためだ。
私は後ろ手にロープで拘束されていた。
ロープの端はイシュメルさんが持っている。
正直逃げたい。
ひげ面が騎士の前に出て訓練の説明を始める。
「諸君!午後の訓練の始まりだ!我々は先ほど練兵場の周囲をうろつく不審者を拘束した。この者を尋問し情報を集めることが訓練となる。」
不審者ってひどくない?それとこの説明だと圧迫面接とか受けそうだけどどうすればいいの!?
「尋問の時間は1人15分。質問した内容は後のものに引き継がれる。自分の質問したい容を他人にとられたからといって怨むんじゃないぞ。」
それって私の詳細か徐々につまびらかにされるってことだよね!?
「後半の5人はこの≪真実の目≫を使うことを許可する。相手が嘘をついていたら赤く光る魔道具だ。使い方はわかっているな。」
『はい!』
≪真実の目≫は副団長の手のひらサイズで金色の土台に水晶玉が乗っかっているようなフォルムだ。
嘘発見器ですか!?恥ずかしい過去が明るみに出そうだからやめてください!
「それでは訓練を開始する。連れていけ!!」
ひげ面の掛け声とともにイシュメルさんが小屋に入るよう後ろから押してくる。
抵抗しないからあんまり押さないで!
と思うものの、後は小屋に入って奥の容疑者席に座るだけだ。
途中ちょっと転びそうになったものの、なんとか椅子に座ることができた。
そこでイシュメルさんがロープをほどいてくれる。
「……パンチ、期待してますよ。」
ぽつりと応援なのか分からない一言を言ってくる。
「まぁ、まかせなさい!」
彼の背中を平手でバシンと打つと鎧にあたって手が痛い。
うめきながら右手を抑えると、イシュメルさんは冷たい視線を向けてくるので、いい笑顔とともに親指を立てる。
それを見るとイシュメルさんは満足したのかどうかはわからないが、ちょっと微笑んで小屋の外へと出て行った。
小屋には4つのイスがあった。
私の座る容疑者席。
机を挟んで尋問する人が座る尋問者席。
質問と回答を記述する書記席にはアートさんが座る。
そして判定役としてひげ面ことニコラス副団長が部屋の窓際に座って見張ってくれている。
何事もないといいけど、できる限り誠意をもって対応しようと思う。
「おーい1人目、入ってこい!」
ニコラスさんが呼ぶと1人の男が入ってきた。
顔長っ!背高っ!腕太っ!私の首以上の太さあるんじゃない!?
その大男が尋問者席に座るとニコラスさんは砂時計を逆さにして窓の桟に置いた。
そして尋問が始まった。
「名前は?」
「小野寺雅です。」
「あまり聞かない名だな。どちらがファミリーネームだ?」
「小野寺がファミリーネーム。雅がファーストネームです。」
「出身は?」
「日本という国です。聞いたことありませんか?」
「聞いたことがないな。どこにある?」
「私の世界では東の果てに位置しています。」
「東の果て……。地理にはあまり詳しくないがそんな国は聞いたことがないな。職業は?」
「国家公務員です。」
「コッカコウムイン……。なんだそれは?」
「国家公務員というのは、えーと、まず公務員の説明からしましょう。
公務員の仕事とは個人では対応できず複数人で処理すべきことで、なおかつ利益が見込めない、もしくは利益を優先すると住民に多大なる影響を及ぼすことです。」
「例えば?」
「例えば、そうですね……後者の例で言えば、枯れた土地に用水路を造ろうとすることを想像してみてください。
利益を求める人間がこのようなことをすると、その用水路の利用者に使用料を取ろうとします。
その時、利益を求めるとするのであれば、利用料をその用水路を使ってできた作物の売値より少し低いくらいとします。
そうすれば用水路を造った人は大儲けし、作物を作った人も少しは利益が出ることになります。
それで満足すればよいのでしょうけれども、利益を追求する人はここからさらに多くを求めるでしょう。
用水路を造った人はより多くの利用料を利用者から得ようとします。
利用料を上げれば上げるだけ、利用者が減り、最後には使われない用水路と土地が残る。
そうならないようにそういった事業は公共事業として公務員が行うことが望ましいと考えます。
もちろん利用料はとりますが、他の税収も多くあるはずなので、そこまで利益を追求する形にはならないと思います。
作物が多く取れ、農業従事者が得をする。
一般市民も作物の価格が安くなり得をする。
経済が発展し、税収も上がり、皆が得をする。
そういったことをするために公務員はあるのです。」
「……お前の話は長くて難しい。」
「あはははは、少し熱が入りましたね。
まぁ、公務員について難しく語っちゃいましたけど、私がやってるのは兵隊さん達が欲しいと言ってきた武器とか装備とかを適正価格で調達するということです。
国防は利益が望めない商売ですからね。」
「適正価格か……うちの経理担当はいつも金がない!金がない!と嘆いていたぞ。」
「安ければ安いに越したことはないんですが、安い不良品は使いたくないでしょう?」
「そうだな。」
「それから皆さんの格好を拝見したところ、各装備は同一のところから購入されていると思うのですが違いますか?」
「具体的な店の名前までは知らんが、この王都で騎士団御用達とされている店は一つだけだ。」
「なるほど、独占企業ですか。
そういったところはあまり値引きませんからねぇ。
経理担当の苦労が目に浮かびます。」
「ところで、お前は練兵場を窺う不審者だと聞いたが、何をやった?」
「何にもやってないですよ!
ただ気付いたらロープの内側に寝てて、あなた方が行進して私に近づいてきたから怖くなってロープの外に出ただけです。
それと、重いもの背負って歩くのって研修でやったなぁと懐かしく思って眺めてただけですし、聞こえてきた掛け声が私の国と一緒だったからびっくりしてただけです。」
「訓練始めにはいないと思ったが、いつ入って来たんだ?」
「わかりませんよ、そんなこと!
時計だって狂ってるのに……」
「時計……そんな大きなもの持ってる風には見えないが?」
「時計って聞いて時計台とか置時計を想像してますね。
私たちの世界の時計はこれです!」
わたしは勢いよくポケットからスマホを取り出して起動する。
「なんだそれは?」
「これはスマートフォンと言って、本来は遠くの人と会話するために使うものですが、機能が次から次へと追加されて色々なことができるようになったのです。
時計もその機能の一つ。
この長細いのが秒針、中くらいが分針、短くて太いのが時針でこの時針が2周すると1日経過したということが分かるのです。
といっても、電気が供給できないのでもうすぐ使えなくなっちゃいますけどね。」
「電気とは何だ?」
「電気というのは自然現象でいえば雷のことです。
あれを制御しやすくしたものが電気ですね。
雷は一瞬で落ちますが電気は溜めておくこともできます。
スマートフォンにはその電気をためる仕組み、バッテリーというのですが、それが搭載されているためにこうやって動かすことができるのです。」
「その電気というのはお前の国では一般的な技術なのか?」
「私の国では使ってない人はいないぐらいじゃないでしょうか。
少なくとも私の周りでは見たことはありませんね。」
「そうか。」
と言うと最初の尋問者さんはニコラスさんのほうを見る。
砂時計はあとちょっとで落ち切るというところだ。
「最後に、お前は何を望む?」
「抽象的な質問ですねぇ。
まぁ、衣食住完備されていればいいですね。
あ、でも奴隷とかはいやですけど。」
「そうか。」
そこで砂は落ち切った。
「質問止め!アートは次の奴に質疑応答を見せてこい!カルロスは退出せよ!」
「はい!」
とアートさんは返事をすると紙を片手に外へ飛び出していった。
カルロスさんは腕を組み首をかしげていた。
「王国にはない技術の話が出たな。嘘かどうかは後の奴らが調べるだろうがネタが尽きるまで王はお前を離すまい。
達者でな。」
そういうとカルロスさんは外に出て行った。
背もたれに寄りかかって少しリラックスしているとニコラスさんが尋問者席に来た。
「今の話、どこまでが本当なんだ?」
「やだなぁ、嘘なんてついてませんよ。」
「そういえば武器の調達が仕事だと言っていたな。」
「ええ、そうですよ。
まぁ、購入価格の概算を決めるくらいですよ。」
「そうか。
うちはそのあたり人手不足でな、いいのを探してる。
どうだ、やってみないか?」
「ええー、急すぎますしちょっと考えさせてもらいたいのですが。」
「まぁ、急かしはしないさ。
ただ、うちに来るか技術局に行くか、どっちにしたって権力からは逃れられないと思えよ。」
「大丈夫ですよ。
もともと国のために働いてたって言ったじゃないですか。
どうにかなりますよ。」
「だといいんだがな。」
ブックマークありがとうございます。
これからもがんばります!