雨の夜の悪魔
「……くそっ! なぜあんな奴が……!」
深夜のオフィス街。激しい雨が降り注ぐ中、神坂ゲーム社の副社長・御剣晃は、誰もいない社長室のデスクを強く殴りつけた。
手のひらに鈍い痛みが走るが、胸の奥で渦巻く黒い感情に比べれば、そんなものは痛みのうちに入らなかった。
神坂 陸。先代社長の息子であり、現社長。
誰もが見惚れる圧倒的な容姿と財産に恵まれながら、経営のセンスは皆無。ゲームの知識もゼロ。会社の重役たちからも「お飾り社長」と陰で笑われている男。
それなのに——。
「なぜ綾乃は、あんな奴を選んだんだ……!」
晃は歯を強く噛み締め、拳を握りしめた。
晃がどれほど努力しても、どれほど会社に貢献しても、綾乃の視線が自分に向けられることはなかった。彼女が微笑みを向けるのは、いつだってあの能天気で頼りない男だけだ。
自分の方が優秀だ。自分の方が彼女を幸せにできる。
嫉妬と憎悪が、晃の理性を少しずつ蝕んでいく。
ビルを出た晃は、傘もささずに土砂降りの夜道へと踏み出した。冷たい雨が全身を濡らすが、頭に上った血は一向に冷めない。
「誰でもいい……あの男さえいなくなれば……俺が……!」
「——ほう。その願い、叶えてあげましょうか?」
突如、背後から響いた軽やかな声。
晃が驚いて振り向くと、街灯の光が届かない暗がりの中に、一人の人物が立っていた。
性別も年齢も判別できない、奇妙な仮面をつけた人物。激しい雨が降っているというのに、その人物の服は一切濡れていなかった。
「だ、誰だ……!? どこから入ってきたんだ?」
「私かい? 通すがりの『願いを叶える者』とでも思ってくれればいい。」
その人が口元でクスリと笑った。
「君の望みは知っている。神坂陸を消し去り、この会社と……あの女を手にすることなんだよね?」
「……! なぜそれを……。」
「簡単なことさ。私の力を使えば、君たちの会社が開発したあのゲーム世界——『神土大陸』を現実に変え、神坂陸だけをその中に引きずり込むことができる。」
神秘人は楽しそうに手を広げた。
「彼は二度と現実世界には戻れない。ゲームの世界で、魔物に喰われて果てることになるだろう。……どうだい?」
晃の鼓動が激しく打つ。
正気ではない。相手が何者かもわからない。だが、晃の頭の中はすでに狂気で満たされていた。
「……やってくれ。陸を……あの男を消してくれ!!」
「いいでしょう。君の願い、確かに買い取った。」
その人は満足そうに頷き、くるりと背を向けた。
そして、闇に消える直前——静かな声でこう言い残した。
「一つだけ、警告しておこう。」
「……警告?」
「人の不幸を願う刃は、巡り巡って必ず自分自身に突き刺さる。……この願望が誰かを傷つけるものである以上、いずれ君自身に跳ね返ってくる。それだけは忘れないことだね。」
「ハッ、跳ね返りだと……? 笑わせるな! 陸さえ消えれば、俺の勝ちだ!」
晃は冷笑した。警告など、今の彼には聞こえていなかった。
数日後。
神坂陸は、自室で息子とゲームを遊んでいる最中、忽然と姿を消した。
特段の波乱もなく、御剣晃の計画通り——彼は代理社長の座へと上り詰めることになる。
自分を待ち受ける、恐ろしい果ての未来など、知る由もない。
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