第2話 黒い猪と少女
三日目になって、そろそろ人を探さなければと思い始めた。
食料は確保できている。水もある。火も起こせる。サバイバルとしては及第点だ。でもこのまま山の中で一人でいても何も解決しない。この世界のことが何もわからない。言葉が通じるのかもわからない。それでも人間がいるなら話を聞きたかった。
足跡を探しながら斜面を下っていくと、川沿いに獣道らしきものを見つけた。人が作ったとは言えないが、何かが定期的に通っている跡だ。父親に教わった通りに追っていくと、開けた場所に出た。
その時、悲鳴が聞こえた。
考えるより先に体が動いた。これも父親のせいだ。山では迷わず動け、考えるのは後でいい。そう叩き込まれた。
茂みを抜けた先にいたのは、黒い猪だった。
でかい。普通の猪の倍はある。全身が墨を塗ったように黒く、牙が四本、左右に突き出している。目が赤い。さっきの角うさぎと同じ目だ。ただあの時とは比べ物にならない。これは、やばい。
その猪の前に、少女がいた。
十四、五歳くらいだろうか。座り込んで動けない様子だった。逃げる気配もない。
——仕方ない。
ナイフを構えて飛び込んだ。猪の注意が少女からこちらに向く。でかい図体のわりに動きは速かった。突進を横に跳んで躱す。牙が脇腹をかすった。痛い。深い。でも動ける。
三度目の突進をナイフで流しながら首筋に刃を当てた。急所だ。猪はそこだけ変わらない。黒くても猪は猪だ。どっと血が出て、黒い巨体がゆっくりと倒れた。
膝をついた。脇腹がじわじわと痛む。手を当てると血がにじんだ。思ったより深かった。立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。
——まずいな。
意識が遠くなりかけた時、声が聞こえた。
「キュア」
光が体に染み込んできた。温かかった。痛みが引いていく。傷が塞がっていく感覚がある。なんだこれ。
顔を上げると、少女が立っていた。さっきまで座り込んでいたのに、いつの間にか俺の隣にいる。右手を俺の傷口に当てて、光を放っていた。
そして、そのまま糸が切れたように倒れた。
「おい」
慌てて抱きとめる。息はある。気を失っただけのようだ。顔色が悪い。魔法を使いすぎたのか。
俺を助けるために。
——参ったな。
借りができた。
そこで、安堵からか俺の意識が途切れた。




