後日談 アナライアの話7
パーティーも盛り上がってまいりました。
今日の主役の二人は冒頭からずっと別々に囲まれてチヤホヤされている。
アニーはいつものようにほほ笑んでいるけれど、ああいうのは実は好きではないことを知っているから同情しかない。彼女の好みはそういえばどういう男性なんだろう? もう出会ったときにはアルストラががっちり囲い込んでいたから、他の男性にフラフラするところなんて見たことがないのだ。
アルストラの方はずうっと若い男たちに囲まれているアニーが気にはなって仕方がない様子だけれど、やはりこちらも何人もの令嬢たちの相手をさせられて身動きできないままだ。
「婚約期間も長くなってきているんだから、もう少し甘い態度というか親しそうなイチャイチャを出してもいいと思うのよね。アニーを相変わらず溺愛しているって周りにちゃんと示したら、今日みたいな無駄な催しも減ると思うのよ。どうしてベタベタしないのかしら。むしろ礼儀正しくなってない?」
別に照れているようにも見えないのに不思議よね。
どうやらロード侯爵令嬢の取り巻き達が良い動きをしているらしく、アルストラの横にはロード侯爵令嬢がぴったりと貼り付いていて、そして計算しつくされた笑顔とボディタッチを繰り出している。スローデル公爵令嬢がいなくなっても、すぐに代わりが現れるのねえ。
「たしかにそうですね。何か考えがあるのではないですか? ところであなたも本来の身分で参加したら、同じように囲まれてチヤホヤされるでしょうに。行かないんですか?」
リチャード様が暇なのか言い出した。
「はあ? ごめんだわね。あんな打算で動くような人たち、メンドクサイだけでしょ。私は気楽なこの立場が気に入っているのよ」
まあずっと立っているのもちょっと辛いけどね。気を紛らわしたいのもわかる。私もちょっと動いて足を楽にする。
「昨日から侍女頭が何故かとてもやつれている気がするのですが何故でしょう。少しは大人しくしてあげてください。裏で何故か私に文句が来るんですよ」
「なんであなたに文句が行くのよ。ああ、一番私に文句を言ってくれそうだから? 彼女もちょっと判断が甘いわね。私がリチャード様の言うことを聞くと思っているのかしら」
「いや少しは聞いてくださいよ……。板挟みになっている僕に少しは情けをかけてくださってもいいでしょう」
「えー、上手く逃げなさいよ」
「彼女がどうして侍女頭をしているのかわかりますか? 有能だからですよ。僕では勝てません」
「あら可哀想」
そんなことを話していたら、とうとうアルストラが令嬢たちを振り切ってこちらに逃げて来た。
「リチャード、ちょっといいか?」
どうやらイライラしているようだ。アニーの方を窺ってから、リチャード様をつれて何処かへ移動して行く。なんだろう、とうとう我慢しきれなくなったのかしら。今日は特に美男子が勢ぞろいしているからねえ。
そしてふと令嬢たちの方を見ると、彼女たちはアニーの方へ移動していくところだった。
わあ、こわーい、なになに?
ちょっと場所を移動して、よく観察できるところを探す私。
先頭に立つロード侯爵令嬢がにこやかにアニーに話しかけていた。
「王太子殿下は本当に素敵な方ですわねえ。私が殿下とお話していましたら、私のことを太陽のようだと褒めてくださったんですのよ。もしかして私とお話していて明るい気持ちになってくださったのでしょうか。でも殿下はせっかくアーニャ様というご婚約者がいらっしゃるというのに、まさか暗いお気持ちになっているなんてありませんわよねえ? 不思議ですわねえ?」
勝ち誇ったように言う侯爵令嬢と、そうだそうだとはやし立てる取り巻き達。
うーんロード侯爵令嬢も取り巻きも手慣れた感じ。今までアニーが表に出るたびにこういう攻撃がされていたのね。なるほどー。なかなか困ったお嬢さんたちだ。
アニーは「まあ」と言って困った顔をしている。
考えてみれば残念ながら、正式に結婚するまでは今のアニーでは後ろ盾が足りなくて立場が弱いのだろう。せめて彼女がこの国の侯爵令嬢であったならまた違ったのだろうけれど。
今のアニーはこの令嬢たちにとって、スローデル公爵令嬢に遠慮しているうちにちゃっかり王太子を横取りした外国人であり、王太子に飽きられたら最後簡単に捨てられる人間だとでも思われているのかもしれない。
そして多分、自分たちの方が相応しいとも。
そうか。では彼女が結婚するまでは、私もアニーと一緒にパーティーに顔を出そうかしらね。今まで興味がなかったのはうっかりしていた。でもアルストラにも近い王族の私がアニーの側にいたら、さすがにこのお嬢さんたちも口を慎むだろうから。
でもあともう少し、周りをけん制するものが欲しいわね。
ふむ、明日の朝議の後にでも会いに行って、言ってみようかしら?
そんなことを考えていた時、アルストラが戻って来た。
「ああ、アーニャ、ここにいたのか」
さすがにアニーを囲んでいた青年たちも令嬢たちも、王太子には道を譲る。
アルストラは足早にアニーの傍らに来てにっこり微笑むと軽く彼女の腰を抱いた。
「妬けるな、こんなに男たちに囲まれて。私の忍耐力もそろそろ限界だよ」
なにやら男たちを一通り睨みつけたあと、熱い視線でアニーを見つめるアルストラ。
あら? 今までの裏の顔を表で出すようになったのかしら?
どんな心境の変化? リチャード様に何か言われたのかな? 正直になれとか?
今までの王太子然とした態度からちょっと変わったようだ。
「まあ、そんな。あなたこそ美しいご令嬢たちに囲まれて、ロード侯爵令嬢には太陽のようだとお褒めになったそうではありませんか」
アニーがいつもの綺麗な笑顔でアルストラを見つめ返した。
そしてそれを受けて嬉しそうな笑顔を見せるアルストラ。
「おや、そうだったかな? 覚えはないが。でも嬉しいね、君が妬いてくれるとは」
ちらと侯爵令嬢の方を見てから視線を戻すアルストラ。
「それならば彼女たちのお相手をしたかいもあったというものだね」
そして人前にもかかわらずアニーをさらに抱き寄せる。
あららー?
「まあ、人前ですよ、おやめになって」
赤くなりつつも言うアニー。流石にそこまでされると動揺するんだね、うん。
そしてそんなアニーが好きなんだねアルストラ。赤くなったアニーの顔を見て腕に力がこもってとろける笑顔だ。
突如始まった二人のイチャイチャを前に白けた空気が囲む。
しかしアルストラは止まらない。
「そうだった、人前だった。でも君が男たちに囲まれているのはやっぱり許せないな」
なおも視線をアニーから外さない王太子に、どうやらロード侯爵令嬢につつかれたらしい取り巻きの一人がおろおろしながら言った。
「あ、あの、でも今日はみなさんで殿下とアーニャ様をお祝いする会でございます。お互いに独り占めでは私たち寂しいですわ」
「ああ、そうだったね。では仕方がない」
そしておもむろにアルストラがアニーの顔をぐいと引き寄せて、その場で口づけをしたのだった。
アニーが真っ赤になったままぽかーんとしている。ちょっと意識がどこか彼方へ行っているようだ。
対してアルストラは、してやったりという顔をしていた。
「アニー、愛している。いいかい? どんなに男に囲まれても、私を忘れてはいけないよ? 私には君だけなのだから」
この上なく真っ赤になったアニーは言葉が出ない様子でこくこくと頷いていた。あの人があそこまで動揺するとはよほどの衝撃だったようだ。
そして今まで囲んでいた人々が驚きで真っ白になっていて面白かった。
うん、さすがに今後あの二人に割って入ろうとする人は減るだろうね……。
私の後ろでニヤニヤと笑っている男の気配がする。
「これは……あなたの入れ知恵なのかしら?」
「ええ、半分は。補佐官として良い働きをしたでしょう? でもキスしろとまでは言っていませんよ。少し素直にベタベタしろと言ったんです。結局は見せつけるのが一番早いかと」
「まあね……確かにね。見てあの光景。完全に二人の世界よ」
「そうですねえ。周囲は完全放置ですね。おや、姫は羨ましいですか?」
「はあ!? ぜんぜん!」
私は横に来て私を見ながらニヤニヤしているリチャード様を思いっきり睨みつけたのだった。
「でもさあ、こんなに簡単なら最初から大っぴらに見せつけてデレデレしてればよかったのに」
その後も王太子が表舞台でもちょくちょく嫉妬と溺愛の態度を出すようになって、側室設置推進派が勢いを無くしたある日、朝の補佐官との打ち合わせの場に乱入してそう言ってみたら。
アルストラが、くわっと目を見開いて言ったのだった。
「あのなあ! 結婚式はまだ半年も先なんだぞ。なのにそんなに頻繁に彼女といちゃいちゃなんてしたら、俺の忍耐がもたないだろうが! この前だって人前だからあそこで止まったんだよ。人前だから止まれたの! 人目が無いところで彼女に触ったりキスなんてしたら、俺が止まれる保証はないぞ? だから礼儀正しくして我慢していたのに……我慢するのがどれだけ辛いかお前らわかってるのか? ようやく半年だぞ? 必死なんだよこっちも! イチャイチャしたい! だけど立場が……!」
身悶えするアルストラ。
おおっとー、これは心の叫びでしたね。そして初心なアニーには聞かせたくない話でしたね、うん。だからここで今思わず吐き出しちゃったのね。
でもごめん、アルストラ。
実はあれからアニーも侍女遊びが気に入ってしまったらしく、今日も三つ編み瓶底眼鏡でさっきここにお茶を出しに来ていたからね。きっと今頃そこの扉に貼り付いていて、そして全部聞いていると思うよ……。
補佐官の人たちがニヤニヤと同情の顔をする中、私は密かに冷や汗をかき、そしてリチャード様がしきりに私と扉を交互に気にしてそわそわしている。
リチャード様、もしかして、気付いている?
ちょっ、視線で私を責めないで……!
お読みいただきありがとうございました。
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どうぞよろしくお願いいたします。




