草の死と木の生5
5.
――時は移ろい、泉に来る動物たちは何百世代も血を繋ぎ、長寿といわれるエルフですら幾十世代も交代し、稀にしか来ないはずの愚か者の数を数え飽きたころ。
彼女は生まれた頃と変わらぬ容姿のまま、瞳の奥の光にのみ年月を積み重ね、今日もその樹に水を与えていた。
――生命力に満ち溢れ、二千年の時を生きる森の木々ですら三度世代交代したころ。
「育った・・・。」
そそり立つ壁の前で、上を見上げながら彼女はぽつりと呟く。
見上げたその先もずっと続く壁。
彼女はやさしく愛おし気にその壁に手を添える。
堅く節くれだった壁からは力強い命の脈動が彼女の手を伝ってくる。
壁から手を放し、後ろを向き十メートル程離れた泉へと歩いていく。
生まれたときから変わらないもう一つの存在は今も滾々と澄んだ水を吐き出し続け、澄んだ水面に波紋を刻み続けている。
いつからか、泉の隣にそそり立つ巨大な壁。
それは大きな、とても大きな一本の樹だった。
泉を擁する広大な森。その外れから見上げても、その大樹の頂きを望むことは出来ない。
空を我が物顔で飛び回る鳥たちですら、いくら高く羽ばたこうともその樹の頂へはたどり着くことは出来ない。
その広大な森を自身の中心に擁する大陸。森の外に広がる荒野の先の先、大陸の端。
その先に大陸を囲むように無限に広がる水の世界。そこから見上げて――最も見上げる生物は森より外には未だ存在しない――ようやくその大樹の全容を望むことが出来た。
高く、高く。雲を貫き天まで届こうかというその樹は森を覆うようにその枝葉を伸ばし、聳え立つ。
大樹に覆われて陽光を遮られ暗いはずの森は、その大樹の生命力を享受するように不思議な優しい光に包まれていて、遠く離れた水の上から見ても森全体がボゥと淡く輝いて見えた。
――世界樹。
そう呼ばれることになる樹は共に生まれた精霊に守り育まれ、五千年余りの時を経てこの世界に完全に根を下ろした。