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草の死と木の生4

4.


鬱葱とした森の中、ふと開けた場所に泉があった。ゆったりとした楕円形をしていて大きくも小さくもない、そんな曖昧な表現がしっくりくるようなサイズ。

中心部に向け擂鉢状に深くなり、一番深い場所で大人の首元くらいだろうか。その最深部からは滾々と水が湧き出ており、中心部から岸辺に向けて静かな波紋が沸き立っている。

水は澄んでいて、遠目から見ると周りの緑を水面に写し波紋と相まって幻想的な風景を生み出している。

近くに寄れば魚が優雅に泳ぎまわる様子はもちろん、泉の中心部で滾々と湧き出る水の様子まではっきりと目視できるほど綺麗だった。


森に住む動物たちが水を求めて、あるいは常人には見つける事すら叶わない森に溶け込んだ集落で暮らすエルフたちが沐浴をしに、はたまた森に迷い込んだ愚かな旅人が稀にたどり着く。

たどり着いた生き物たちは例え敵同士であろうとその場でだけは争いを忘れる、森の中のオアシス。


そんな泉には一人の精霊が住んでいた。

百三十センチくらいの背丈。黄金色の長い髪。美しいというよりはまだ可愛らしいといった顔つき。成長期を迎える前の子供の様な身体つき。

しかしその目には、少女らしからぬ長い時を生きてきた事を思わせる深い光を宿していた。


彼女は水を飲む動物たちを慈しむように眺め、沐浴に来るエルフたちと楽し気に言葉を交わし、稀に迷い込んできた愚か者に水を与え一度だけ生き延びる道を示した。


そうしながら日に一度その小さな手に泉の水を掬い、零さぬようにゆっくりと慎重に運ぶ。

そうして泉から少し離れた場所にある小さな――といっても彼女の四、五倍はある――木の根元に大事に運んできた手の中の水を振りかける。

それを終えると彼女は、木に向かって微笑みかけ泉に戻っていく。


それが彼女の日課であり、彼女の使命であり、彼女の存在理由だった。





その種は天から降ってきた。

子供の掌ほどの大きさのそれは泉から百メートル程離れた柔らかな腐葉土の上に落ちると、一週間程で割れた。

そして根を土に向かって伸ばし始めると同時に、一人の精霊があたかも元からそこに居たように現れた。

まだ無垢な瞳をした彼女は何も知らなかったけれど、たった一つだけの自分の役割は知っていた。

この一緒に生まれた小さな木を守り、育てる。


少し先に見える泉へ向かい、水を掬い、木に与える。


寄ってくる草食獣には食べないようにお願いする。

時々、意地の悪い子もいて一生懸命知恵を絞ってお願いを聞いてもらったりもした。

泉に来る綺麗な人たち――後にエルフだと聞いた――が木を傷つけないかとハラハラしながらも初めて見る彼女たちが怖くて、木陰で小さくなってやり過ごした。

ある時、木陰から覗いていたらふと目が合って最初は慌てて逃げ出したけれど、徐々にお話をするようになった。


そうやって彼女は生まれてから六十年、木を守り育みながら泉で暮らし続けていた。

でも、その六十年は彼女にとっての長い長いお役目のほんの始まりでしかなかった。

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