アルシュの村歩き
1.
クゼトアさんの家にお世話になって、二回目の朝が来た。
昨夜も布団に入ったものの、寝ないでコロコロしていたアルシュは布団から抜け出ると部屋を出る。
食卓には既にクゼトアさんが居て、ハルサさんも炊事場に立っていた。
「クゼトア、ハルサ、おはよう。」
「おう、おはようさん。」
「おはよう、アルシュちゃん。」
アルシュが二人と挨拶を交わして、椅子に座る。
二日目にして既に馴染みきっている。
「今日はハルサと村を見るんだってな。」
「ええ、クゼトアは今日も漁に行くの?」
「ああ、昨日の分も取り返さねぇとだしな。それにアルシュと一緒に作った網のお披露目だ。沢山捕ってくるさ。」
「あの網を使うのね!きっといっぱい捕れるわ。」
「おう、期待しててくれや。あと、今日出掛けにクアロに話通しとくからよ。帰ったらいつ出発か教えてやるからな。」
隣村へ行く話だ。
「ありがとうクゼトア。次々に色んな事が出来てワクワクするわ。」
朝から早くもアルシュのテンションが上がりっぱなしだ。
「ほら、朝御飯出来たよ。しっかり食べてしっかり魚捕ってきておくれ。」
ハルサさんが食卓に朝食を並べ、椅子に座ると三人で食べ始める。
「ハルサ、今日はいつ頃から村へ行くのかしら?」
楽しみでたまらないアルシュが聞く。
「そうだねぇ、昼前に家事片付けて、お昼の御飯がてら出ようかね。」
「なら、私も家事を手伝うわ!」
「そうかい?じゃあお願いしようかね。」
会話が途切れぬまま朝食を食べ終わると、クゼトアさんは早速漁へと向かった。
アルシュはハルサさんの指示に従って、食器を洗い場へと運んだりテーブルを拭いたりしている。
その間にハルサさんが食器を洗い終えると、どうやら次は洗濯をするらしい。
「アルシュちゃん、そっちの籠を持って着いてきてちょうだい。」
「えっと、これね。」
洗濯物の入った籠を持ってアルシュはハルサさんの後を着いて行く。
家の裏に出るとハルサさんが木桶を持ってきて、軒下に置いてある水瓶から水を汲む。
「よし、じゃあまずはやって見せるから一緒にやろうかね。」
そう言うとハルサさんはアルシュの持ってきた籠から洗濯物を手に取り、桶の水に浸すと手で洗い始める。
洗い終えると、洗濯物を広げて何回かバサバサと振った後、隣に置かれている木の板に乗せた。
「こんな感じで、洗ったものはそこに重ねておいておくれ。全部洗い終わったら干すからね。」
「わかったわ。」
そうして、二人で洗濯物を洗い始めた。
目は粗いが布製の服や肌着、シーツの様な物もある。シーツがやけに多い。夜は汗もかくしね。
十五分程で全て洗い終えると、アルシュがハルサさんに洗濯物を渡し、それをハルサさんが手際よく物干しへと干していった。
その後、家の中の掃除なんかを終えると、丁度昼前位の時間になっていた。
「さて、それじゃあそろそろ村を案内しようかね。」
「いよいよねっ!」
ハルサさんの言葉にアルシュの声が弾む。
「よし、交換用の干し魚も持ったし行くとしようか。」
「ええっ!早く行きましょう!」
そうして、本人も飛び跳ねんばかりの勢いのアルシュとハルサさんは家を出て村を歩き始めた。
クゼトアさんの家はどちらかと言うと村の外側にある。
アルシュとハルサさんはそこから村の中心へと向けて歩いていた。
「住む場所は大体仕事毎に纏まっていてね。うちの隣も魚を捕って暮らしてる。他にも近所には狩りを生業にしていたりするのも居るね。まあ、そういう外との出入りが多い人たちが門に近い場所には多いかね。」
歩きながらハルサさんが村の説明をしてくれる。
「ここら辺は野菜を育ててる人だね。家と家の間隔が少し広いだろう?それぞれ間の土地を耕して芋や葉物野菜なんかを作ってるんだよ。」
僕が知っているものより規模はずっと小さいが、家々の間に畑が見えた。
大きめの家庭菜園といった大きさだろうか。
アルシュは見るもの全てが珍しくて、ハルサさんの説明を聞き感嘆の声を上げつつ、ずっと視線をキョロキョロと忙しなく動かしている。
そんな様子で、時折すれ違う人と挨拶を交わしつつ、さらに進むと村の中心部に着いた。
「此処が丁度村の真ん中辺りになるかねぇ。食材なんかを渡す代わりに変わった料理を出すとこがあったり、酒を造ってるとこがあったりしてね。
普段は夜になると仕事を終えた男共が集まって大騒ぎしてるけど、時折村の集まりなんかも此処でするんだよ。」
村の中心部だというそこは広場の様になっていて、周りに幾つかの家が建っている。クゼトアさんの家より少し大きいくらいのサイズだ。
「じゃあ、お昼をそこの家で食べるとしようかね。」
ハルサさんはそう言うと、一軒の家へ向けて歩きだす。
「他の人のお家でご飯を食べるの?」
「ああ、交換用の干物を持ってきてあるからね。それで代わりに料理を貰うんだよ。」
家の前へ辿り着くと、ハルサさんは軽くドアを叩き、開いた。
「邪魔するよー。」
そのまま遠慮することもなく中へと入っていく。
入ってすぐ目の前にクゼトアさんの家の食卓の倍ほどの長さのテーブルがあり、椅子が並んでいた。
幾つかの椅子には人が座っている。
「おや、ハルサかい?珍しいね昼飯かい?あら、隣の可愛らしい子が噂の旅人さんかね。」
テーブルを隔てた向かいに立つ女の人がハルサさんに声を掛けた。
四十過ぎ位の見た目の、ちょっと横に広めなおばちゃんだ。
何となく食堂のおばちゃんと呼びたくなる。
「旦那から聞いたのかい?今村を案内して歩いてるとこなんだよ。あんまり家で魚ばっかりも飽きちまうだろうってんで、お昼は此処にしようかと思ってね。」
「あら、私ハルサのお料理好きよ?」
席に座りながら話すハルサさんに、隣の席に座りながらアルシュが言う。
「ありがとうね。まあ、何にもない村だからね。食べる物くらい色々と食べてほしいのさ。旦那助けてくれた恩返しとでも思っとくれよ。」
「あら、クゼトアに何かあったのかい?」
「昨日、魚を捕りに行った時にデカい水蛇モドキに食べられそうになったのを、このアルシュちゃんが助けてくれたのさ。」
「へぇー、見かけによらず凄いのねぇお嬢ちゃん。」
正確には一度食べられたんだけどね。
水蛇モドキっていうのが、ここら辺でのあのワームの呼び名らしい。
「それはそうと、肉の料理なんかがあったら食べさせてやりたいんだけど、今日はあるかい?」
持ってきた魚の干物をおばちゃんに渡しながらハルサさんが聞く。
「なら芋と一緒に煮たやつがあるよ。それでいいかい?」
「ええ、じゃあ二人分ちょうだい。」
「はいよ。」
おばちゃんは後ろに並ぶ鍋から料理を皿によそい、二人の前に置いた。
小ぶりのジャガイモと小さく切った肉を煮込んだ料理のようだ。
ジャガイモはホロホロになるまで煮込まれていて、スープに少しとろみが付いている。
「へえ、こりゃ美味しそうだね。」
「ええ、いい香りがするわね。」
「どうぞおあがり。」
ハルサさんとアルシュがそれぞれ料理を口へと運ぶ。
「あら、香草だけじゃなくて塩も使ってるのかい?」
「この間隣の村から多めに入ったみたいでね。いつもより多く貰ったもんだから調味に使ってみたのよ。」
驚いた口調のハルサさんにおばちゃんが答える。
海からまだずっと距離のあるこの地域では、やはり塩は貴重なようだ。
「美味しいわ。お芋もお肉もとっても柔らかくて、口に入れると溶けるみたいに無くなっちゃう。」
「ありがとうね。そうやって褒めてもらえると、作った甲斐もあるわね。」
手放しで褒めるアルシュにおばちゃんが嬉しそうな顔をする。
そうやって三人で話しながらお昼を食べ終えると、食堂を出て村歩きの続きが始まった。
中央の広場へ出て、クゼトアさんの家のある区画から見て右の区画へと向かっていく。
「こっちの方は食器とか水瓶を作る職人や農具なんかを作る職人なんかが集まってる場所だね。うちの方よりも石を使ってる家が多いだろう?火を使うから焼けない様に造ってるんだよ。」
「へぇ、火を使うのね。」
「珍しいかい?私も詳しくは分からないけどねぇ。食器や瓶なんかは土で形を作って焼いて作るし、農具の鉄を打つのに火を使うそうだよ。」
「そうなのね。見てみたり出来ないかしら?」
「どうかねぇ。気難しいのが多いし、急に行くのは難しいだろうねぇ。」
「そう。残念だけど、邪魔になっても悪いものね。」
そうして色々な場所を見ながら村の外れの壁近くまで歩くと、左に折れて村をグルっと一周するようにして、クゼトアさんの家の区画へと戻ってきた。
昼前に出発した村歩きだが、既に日は傾き始めている。
「さて、我が家に到着だね。お疲れ様、アルシュちゃん。」
「今日はありがとう、ハルサ。村の色んな所が見られて楽しかったわ。」
「どういたしまして。今日はゆっくり回ったから時間がかかったけど、狭い村だからね。アルシュちゃんの顔も売れただろうし、もう一人で歩いても大丈夫じゃないかね。」
なるほど、そういう意図もあったのか。
「村のもんは皆互いの顔を知ってるからね。見慣れないのが一人で歩くと、どうしても不審に思われるから、こうして一度一緒に顔見せすると安心なんだよ。」
「そういうものなのね。今度は私と同じくらいの子たちにも会えるかしら?」
「ああ、昼間は村の近くの野原や川で遊んでるから、行ってみると良いよ。まあ今日の所はもう日も暮れるし、旦那ももうすぐ帰ってくるだろうから明日にでもね。」
「ええ、そうするわ。」
「じゃあ、私は夕飯の準備をするから、アルシュちゃんは部屋で休んでて構わないよ。」
「手伝わなくていいの?」
「今日は朝から色々手伝ってもらったしね。暫くゆっくりしてな。」
そう言われて、アルシュは宛がわれた部屋へと戻った。
「今日は随分色んなものが見れたね、アルシュ。」
部屋へ戻るともう習慣の様に僕はアルシュへと話しかけた。
「ええ、人間って凄いのね。どんどん色んな物を作り出しているもの。」
「そうだね。人間は他の動物みたいに強い牙や爪も無いしアルシュの様に特殊な力も持っていないからね。その代わりに色々な道具を作って生きていくんだ。」
そして、それが進んだ先が僕が草樹だった頃の世界だ。
便利で豊かな暮らしだったけれど、一方でそれだけではない負の部分も沢山あった。
それを知る僕がこうしてここに居るのも、意味のある事なのかもしれない。
今、あの世界が僕の世界と同じ年月を経ているのだとしたら、どうなっているのだろうか?
より豊かな世界になっているのだろうか?それとも・・・。
そんな事を考えながら僕はアルシュとの会話を続けていた。




