再びクゼトアさんち
1.
「クゼトアさんが無事で良かったね。ハルサさんも嬉しそうだったし。」
部屋に入ると僕はアルシュに話しかける。
「ええ、本当に。溶けちゃってたらどうしようかと思ったわ。」
「怖いこと言わないでよ・・・。」
「でも、あの子には悪い事をしちゃったわね。食べ物を取ろうとしただけだったのに。」
「うん。でもあの状況じゃ仕方なかったと思うよ。痛かっただろうけど、怪我は無かったみたいだし。」
「ええ、ちゃんと手加減したもの。ソーキも上手に力を使えたわね。凄かったわ。」
「ありがとう。前にアルシュにも言われていたしね。」
そういえば・・・。ふと思い至ってアルシュに聞いてみる。
「そう言えばアルシュ、今日も切れの鋭い見事な蹴りだったけれど、他の力は使わないの?あの状況だったらそれでも十分だった気がしたけど。」
前にも言ったが、アルシュは僕の眷属としての、精霊としての力を生まれ持っている。
破壊力だけで言ったらあのローキックには遠く及ばないにしても、遠距離からあのワームを気絶させる位の事は出来たはずだ。
「使い慣れない力よりも、使い慣れた技の方が信頼できるもの。」
「そ、そっか。」
この子は僕(世界樹)の精霊で間違い無いよね?武の精霊とかじゃないよね?
「あ、ソーキまた変な事考えてるでしょう。さっきもだけど、私も女の子なのよ?失礼しちゃうわ。」
「ご、ごめん。」
「あら、本当に考えてたのね。ひどいわね。」
「ちょっ」
見事に鎌をかけられた僕は、その後暫くプリプリと可愛らしく怒るアルシュにたじたじだった。
僕がアルシュのご機嫌を戻そうと四苦八苦していると、コンコンっとドアがノックされた。
「アルシュちゃん。お昼食べようかね。」
ドアが開くとハルサさんが顔を出し、アルシュに声を掛けた。
「さっきはちょっと恥ずかしいところ見しちゃったね」と照れ笑いだ。
「お昼の御飯?でも、魚も捕ってこられなかったし、私も食べて良いのかしら?」
「何言ってんだい。旦那の命の恩人がそんな事気にしないでちょうだいな。それにちゃんと備蓄もあるしね。一日捕れなかったからって飯も食べられないほど苦しくはないのよ。普段だって毎日必ず魚が捕れる訳でも無いからね。」
「そうなのね。なら、頂くわ。ハルサのお料理、とっても美味しいし。」
「ありがとう。そんなに大層なもんは無いけどね。」
アルシュの言葉に嬉しそうにしながら背を向けるハルサさんに着いて部屋を出る。
クゼトアさんは先に食卓の椅子に座っていた。
「おう、アルシュ。さっきはありがとな。」
「気にしないで。無事で良かったわ。」
言葉を交わし、アルシュも席に座る。
テーブルの上には焼いた干し魚と、野菜を蒸した物が三人分並んでいる。
そこに、ハルサさんが炊事場からバスケットの様な入れ物を持ってやってきた。
中身はどうやら小麦粉を練って焼いたものらしい。パンというよりナンに近いだろうか。
「魚はクゼトアが捕っているけれど、他のものはどうやって手に入れているの?」
食事をしながら、アルシュが質問する。
「捕った魚と交換するんだ。野菜なんかはこの村でも育てているし、隣の村では小麦を多く作ってる。
村の中なら魚捕った帰りに交換したりな。隣の村には十日に一回くらい、干物や塩漬けにした魚を纏めて持ってくんだ。あっちは川から離れてるから、喜んで貰えるみたいだな。」
クゼトアさんが説明してくれる。
どうやら少なくともこの村では、まだお金の様なものは無いらしい。
「クゼトアが直接行くわけではないの?」
「ああ、そういう役割の奴が居るんだ。昨日、門の所で話した男が居ただろう?クアロってんだが、あいつと何人かがデカい荷車に魚やら野菜やら沢山乗っけて、隣の村へと運んでくんだ。」
代わりに小麦などを積んで帰ってくるという事なのだろう。
「へぇ、面白そうね。」
「あと二日三日したら出るはずだ。行きたいなら、聞いてみてやろうか?」
「本当!?あ、でも迷惑にならないかしら?」
「アルシュは俺の命の恩人なんだ、その位何でもねぇさ。それにお前さん程の力持ち、逆に有難がられるかもしれねぇな。」
クゼトアさんの言葉に喜んで良いのか微妙な表情のアルシュ。
「女の子に向かって何言ってんだい!」
「いだっ!」
クゼトアさんは隣に座るハルサさんに拳骨をセットに怒られた。
ちょっと親近感が湧く。
お昼ご飯が終わると、ハルサさんは食器を洗ったり洗濯をしたりと家事を始めた。
アルシュとグゼトアさんは隣の物置へと向かう。
午前中にワームに壊されてしまった網を新しく作るためだ。
因みに元々ハルサさんに村の中を案内してもらう予定だったのだが、午前中にあんな事があったので翌日に持ち越しになった。
「材料はまだ前に纏めて取ってきたやつがあるから大丈夫だな。まずは下準備からだな。」
アルシュと一緒に物置に入ったクゼトアさんが五ミリ程の幅の、乾いた細長い木の皮を纏めて取り出す。
「どうしたらいいのかしら?」
「まずは少し水で含ませてから、一本ずつ軽く叩いて柔らかくしていくんだ。あんまり強く叩きすぎると、すぐ切れる様になっちまうから気を付けてくれよ。」
今回は力加減の注意も忘れず伝えるクゼトアさん。
「ええ、気を付けるわ。お手本を見せて貰える?」
「ああ。まずは水に暫く浸けてからだな。」
そう言うとクゼトアさんは横にある大きな桶に水を入れ、そこに木の皮の束を入れる。
二十分待つ間に皮を叩くための木槌の様な道具を二つ取り出し、片方をアルシュに渡した。
「よし、そろそろ良いか。じゃあ一本やってみるから、見といてくれな。」
「ええ、わかったわ。」
アルシュが見る横でクゼトアさんは水に浸した木の皮を一本取り出すと、床に置き手に持った木槌で叩き始めた。
一分と掛からずに細長い皮の端から端までを叩き終えると、それを持ち上げアルシュへと手渡した。
アルシュは手に持ったそれをグニャグニャと弄り回す。
「凄いわ。木の皮とは思えないくらい柔軟になるのね。何でなのかしら?」
「ああ、俺には細かいこたぁ分からねえが、ここら辺じゃあずっとそうやって網を作ってきたんだ。どうだい?力加減は大丈夫そうかい?」
多分、纏まっていた木の繊維が叩くことで分かれて柔らかくなるんだと思うけど、僕も詳しくは分からない。
「やってみるわ。」
柔らかくなった木の皮をクゼトアさんに戻しながらアルシュが言う。
「うし、じゃあ叩き終わった奴はこうやって丸めてこっちに置いてくれ。」
クゼトアさんが紐の様になった皮をホースの様に丸めて脇へ置いた。
それから二人は暫くの間、黙々と木の皮を叩き続けた。
最初はクゼトアさんの三分の一くらいの早さでしか仕事を進められなかったアルシュも、時間が経つにつれて上達してくる。
最終的にはクゼトアさんの半分くらいのペースで一本の皮を仕上げられるようになっていた。
日も傾きかけた頃、最後の一本をアルシュが叩き終えた。
二人の脇には丸めた皮が積みあがっている。
「これで全部かしら?」
「ああ、お疲れさん。今日はアルシュが手伝ってくれたから早めに出来たな。いつもは日が暮れるまでかかるんだ。その後夕飯を食ってから編み始めるんだがな。」
「そうなのね。今日は直ぐに編み始めるの?」
「そうしたいとこだが、休まなくて平気か?」
「私はへっちゃらよ。」
アルシュの体力は底なしだ。
「そうかい、じゃあ俺も負けてらんねぇな!」
そう言ってクゼトアさんが編み方を説明し始めた。
「まずは一番外側だな。ここが一番頑丈じゃないと困るから、二本を縒り合わせるんだ。そっからこうやって等間隔に間が空くように編みこんでくんだ。」
説明しながら、実際に作業して見せてくれる。
「私は何をしたら良いかしら?」
「編み込みがしっかりしてねぇと脆くなっちまうから、こっち側を持っててくれや。」
「分かったわ。」
そうして、さらに数時間かけて二人は投網を作り上げたのだった。
「よし、これで出来上がりだ!お疲れさん。」
流石に少し疲れた様子のクゼトアさんがグーっと身体を伸ばしながら言う。
外はすっかり暗くなっている。
「お疲れ様、クゼトア。こうして何かを作るのって初めてだったから、楽しかったわ。」
「そうかい?そりゃ良かった。さて、遅くなっちまったが晩飯を食おう。ハルサも待ってるだろ。」
二人で家へと向かう。
「あら、お帰り、二人とも。思ってたより早かったね。」
家のドアを開けるとハルサさんが出迎えてくれた。
クゼトアさんが作業している間は、ハルサさんも終わるまで口は出さず帰りを待っていた。
「おう。今日はアルシュが手伝ってくれたからな。いつも徹夜仕事だったのが、もう編みあがっちまったよ。」
「ありがとうね、アルシュちゃん。ずっと作業で疲れたろう?すぐ御飯にするから座ってなさいな。」
「ええ、ありがとうハルサ。とっても楽しかったわ。」
そうして間もなく夕食が始まり、団欒の中で食べ終えるとそれぞれの部屋へと引き上げていった。
「今日はお疲れ様、アルシュ。上手く作れたみたいで良かったね。」
部屋に戻ると、僕はいつもの様にアルシュへと話しかける。
「ええ、物を作るのって大変なのね。ソーキが作ってくれた旅の道具も、もっと大切にしなくちゃね。」
「ははっ、もっと使ってくれても嬉しいんだけどね・・。」
因みに、衣服は別として、ここまでの旅で僕がアルシュの旅装束一式に込めた力は一切利用されておりません。
僕の枝から作った木のナイフなんかは、完全に飾りだ。結構切れ味も良いんだけどなぁ。
「明日はハルサさんが村を案内してくれるんだよね?」
「ええ、どんな所があるか楽しみ。それに、村には私と同じくらいの子も居るって聞いたわ。」
勿論、見た目年齢の話だ。
「そっか。仲良くなれると良いね。」
「そうね。」
僕が草樹だった時に仲の良かった悪友はどんな大人になったのだろうか。
入院していた時に仲良くなったあの子は、無事病気は治ったのだろうか。
ふと、思い出す。
無論、両親の事と同じ様に遠い遠い昔の事だ。
流れる時間は違うとしても、あんな風な友達がアルシュにも出来たら良いなと思いながら、僕はアルシュと言葉を交わし続けた。




