クゼトアさんち
1.
村に入り、少し歩くとクゼトアさんの家があった。
木製のそれは、小さいが中々しっかりした造りをしている。
「此処が俺の家だ。おーい!帰ったぞー。」
「狭い家なんだから、そんな大声出さなくても聞こえるよ!」
ドアを開けクゼトアさんが大声で帰りを告げると、家の中から女の人の声がして隣の部屋からその声の持ち主が出てきた。
二十代中頃だろうか。クゼトアさんより少し小柄な女の人だ。華奢だがよく日に焼けて健康的な肌の色をしている。肩甲骨位までのくすんだ赤毛を後ろで縛っていた。
「お帰り。あら、随分と可愛い子を連れてるじゃないの。どっかで攫って来たのかい?」
「何で会う奴みんな、俺を人攫いにするんだよ!漁の帰りに会ったんだ。旅人なんだとさ。」
「こんな小さい子がかい?馬鹿言うんじゃないよ!ますます怪しいね。」
中々奥さんに言うことを信じてもらえないクゼトアさん。ちょっと不憫だ。
「あの、クゼトアの言う事は本当よ?私はアルシュっていうの。」
アルシュがクゼトアさんの横から助け舟を出す。
「そうなのかい?あんたみたいな子が大変だねぇ。中にお入りなさいな。何か暖かいもの作ったげるから。」
「ありがとう。」
アルシュの言う事はサラッと信じて、クゼトアさんの奥さんはアルシュを家の中へと招き入れる。
その後ろから、ちょっと納得がいかない表情のクゼトアさんも続いた。
「俺は魚置いたら、いつもんとこ行ってくるからよ。寝床とか、用意してやってくれや。」
「また酒かい?うちの食い扶持まで持って行くんじゃないよ。」
「分かってるよ。じゃあ、お嬢ちゃんはゆっくりしていきな。」
そう言って魚の籠を背負い直したクゼトアさんは家を出ていった。
・・・何処の世界でも夫婦のやり取りっていうのは似たり寄ったりみたいだ。
「アルシュちゃんって言ったっけ?そこに座ってちょっと待っててちょうだい。今スープを温めるから。」
ドアを入って直ぐにある食卓の椅子を指してクゼトアさんの奥さんが言う。
「ありがとう。あなたのお名前を教えてもらっても良いかしら?」
「私はハルサって名前よ。しかし何だってアルシュちゃんみたいな子が一人旅なんてしてるんだい?さっきの話じゃないけど攫われちまうよ?」
アルシュが勧められた椅子に腰かけながら聞くと、その奥の炊事場へと移動しながら奥さん―ハルサさん―が名乗ってから問い返した。
「私は世界を見て回っているの。ずっと森の泉で暮らしていたから、珍しい事ばかりで楽しいわ。それに私、とっても強いから心配ないわ。」
「森で暮らしていたのかい!?まあ、森の獣から生き延びてたんなら、強いのかもしれないけどねぇ。
まあ、今日はもう暗くなったし旅の疲れもあるでしょ。これ食べたら奥で休みなさいな。粗末な布団しかないけどね。」
若干認識が異なりながらもアルシュの話は通じたようで、ハルサさんは温めたスープを皿によそって持ってきてくれた。
スープには細かい野菜と魚のすり身を丸めたつみれの様なものが入っている。
「ありがとう。暖かくて美味しいわ。」
普段食事をすることの無いアルシュだが、ハルサさんのお言葉に甘えてスープを食べた。
「大したもんは入っていないけどね。魚だけは旦那が取ってくるから、味は良いだろう?」
ニカッと笑ってハルサさんが言う。その快活な笑い方がとてもよく似合っている。
「ええ、とっても美味しい。お魚はどうやって捕まえているの?クゼトアとは魚を取った帰りに会ったから、捕まえ方は見ていないの。」
「此処じゃあ、網を作ってそれを川へ投げ込むんだよ。それで暫く放っといて引き上げると網に魚が引っかかってくるのさ。」
「へぇ、面白いのね。」
「良かったら明日にでも旦那に見せて貰ったら良いよ。直ぐに出てかないといけない訳じゃないんだろう?何日か泊まってったって構わないよ。」
「いいの?迷惑じゃないかしら?」
「良いんだよ、家にゃまだ子供も居ないし。あんな旦那でも魚を捕るのだけは上手いから食料も困らないしね。何もない村だけど、見て回るのもあんたにとっちゃ面白いかもしれないしねぇ。家が狭いのは許しておくれよ。」
「わぁ、嬉しいわ。明日がとっても楽しみだわ。」
アルシュの見た目相応の喜びようにハルサさんも微笑む。
「じゃあそれ食べ終わったら、明日に備えて寝ないとね。こっちの部屋に寝床を用意しとくから使ってちょうだい。」
家の中に二つある扉の内の一つを指してハルサさんが言う。
もう一部屋が夫婦の寝室らしい。アルシュに宛がわれた部屋は、将来の子供部屋だろうか。
その後、ハルサさんとおしゃべりしながらスープを食べ終えたアルシュは、少し赤ら顔で帰ってきてハルサさんに小言を受けるクゼトアさんに明日の事を伝え、快諾されると借りた部屋へと入っていった。
「良かったね、アルシュ。良い人に会えて。」
部屋に入ったアルシュに僕は話しかける。
「ええ、二人とも優しいわ。子供が産まれたら、とてもいい親になりそうね。」
「そうだね。」
アルシュの言葉に、僕は草樹だった頃の両親の顔を思い出した。
僕の両親も仲が良かったけれど、時々父さんが酔っ払って帰ってきて怒られていたりすることもあった。
この世界と同じ時間が流れているのなら、もう遠い遠い昔の話だ。
「前に聞かせてくれたソーキの両親。恋しい?」
「どっちかというと懐かしい、っていう感じかな。この世界の生き物は皆僕の子供みたいなものだし、それに今はアルシュが居るしね。」
「そう。じゃあ、お父さんは大変ね。子供たち皆を見守ってあげなければならないもの。」
「うん、僕一人じゃ大変だからアルシュも手伝ってよ。皆のお母さんとして。」
「ふふっ、なら私とソーキは夫婦ね。」
そうアルシュに言われて、僕は妙に気恥ずかしくなってしまった。
「さ、さあ、明日もあるし布団に入ったら?朝になっても布団が綺麗なままなのもおかしいだろうし。」
「そうね。おやすみなさい、ソーキ。」
強引に話を逸らす僕に答えて、アルシュは布団に入った。
その後、眠る必要のないアルシュは一応用意された布団に横になったものの、明日の事を考えて朝まで目をキラキラさせて、簀巻きになって部屋をゴロゴロと転がっていた。
―隣の部屋からは生き物の営みの声が、聞こえたとか聞こえなかったとか。




