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第二回アルシュの世界ぶらり旅1

1.



アルシュの目の前を強い光が覆った。

彼女は眩しそうに目を細め、光を遮るように手を額にやる。

背の高い木々と僕の枝葉に覆われ、殆ど届くことの無かった陽光が、強く彼女に照付けたのだ。


森と外との境界線にアルシュは立っていた。

正面には一面の草原が広がっている。


「いよいよだね、アルシュ。」

「ええ、ソーキが創った世界、楽しみだわ。」


彼女は森からの一歩を踏み出した。


「まずはどこへ行くのか決めているの?」


地図を見ながらアルシュは考えているようだ。


彼女が今見ている地図は、この世界全体を記した所謂世界地図だ。

僕たちの暮らす森を中心に、歪な円形をした大陸とそれを囲む海、そこに浮かぶ島々が描かれている。

その上に大まかな地形などが書き記してある。


森の北側には大地が隆起して出来た高い山々が連なり、山脈を形成している。

それは森の直ぐ先から隆起が始まっており、海の手前まで続いていて、大陸の北半分を二分していた。

その山々から水が染み出し小川となり、それが下流で合流し、東西に何本もの大きな川を作っている。

東側ではそれらがさらに合流し、特に大きな川が、所々に支流を作りながらゆったりと北へカーブする形で海まで流れ出ている。


森の南側には大地が裂けて出来た巨大な谷があり、森の先から始まり、南へ向けて海まで伸び大陸の南半分を二分している。

谷間には、長い年月の間に土砂が流れ込み縦長の森を形成していた。

その森から流れ出る水が途中から徐々に川となり、谷間を海の方へと流れている。


そうして中心の森を除き、山脈と谷によって大まかに東西をほぼ分断された大地に大小の山や川、森や湖、そして平原が点在するのがこの世界だ。

因みに山脈と谷の下には特に太い僕の根が通っている。この極端な地形もそれが原因だ。


アルシュが居る森の出口は北東辺りだった。


「そうね、まずはこの大きな川を目指そうかしら。其処から川沿いに海の方へと向かうのはどうかしら?

 これ以上ない道標になるし、水辺なら色々な生き物も居そうだわ。」

「うん。良いと思うよ。此処からなら川までの間に森や山も無いし。最初の目的地としては良いんじゃないかな。」

「ええ、じゃあ出発しましょう。」


弾むような足取りでアルシュは歩き出した。


「この辺にはまだ、余り生き物が居ないのね。」


キョロキョロと辺りを見ながら歩くアルシュが言う。


「僕たちの森の近くだからね。この森が特別な場所だっていうことは、僕の実から生まれた生き物たちは皆知ってるんだ。だから無闇に近づかないんだよ。」

「そうなのね。早く直接外の子たちにも会ってみたいわ。」


心なしかアルシュの歩調が早まった。


二日ほど歩き続けると、徐々に身の回りに生き物たちが現れ、増え始めてきた。

大小の四足の動物が草を食み、草の陰にはそれを狙う肉食獣の気配がする。

足元には虫たちが走り回り、それを獲物にする小動物がそれを追い回す。

空には時折、鳥が飛ぶ姿も見えた。


それらは時にプライドを賭け同種同士で争い、時に子を守る為に戦い、時に餌として狩られ命を落とす。


「凄いわね。森よりも活気があって賑やか。空気の匂いも全然違うわ。」


泉とエルフの集落とその道中位しか実際に歩いた経験のないアルシュは、忙しなく視線を動かしながら興奮気味だ。


僕らの森にも当然生態系があり、野生の世界もあった。

だが僕やアルシュを守るという森全体の使命があり、外に比べればその争いは穏やかで、泉に居る彼女がそれを目にすることは殆ど無かった。

僕と一緒に上から外を見ていた時も、それを見てはいても今ほどの現実的な感覚は無かっただろう。


だから彼女は間近で見る、生きる為の彼らの営みに魅入っていた。

そうして姿形の異なる様々な生を見続けながら、アルシュは最初の目的地へと歩き続けた。



歩き始めて一月ほど経ったころ、視線のずっと先に陽光を反射する光が見えてきた。

光は地面に緩やかに曲線を描いている。


「あのキラキラしているのが川かしら?」

「そうだね。此処からもう数日ってところかな。」


川に向かって地形が下っている為、遠くからでもその様子が見えた。

休みなく歩き続けるアルシュだが、精霊である彼女には体力の限界など無い。

僕やアルシュには時間の概念も然程無いので、「何日くらい」っていうのも距離感を伝えるための表現だ。


とはいえ、最初は珍しかった風景もここら辺はあまり変わり映えしない為、キョロキョロと引っ切り無しに動いていたアルシュの視線も、最初に比べれば大分落ち着いてきた。


やがて、間近に川が見えてくる。


「もうすぐ最初の目的地に到着ね。久しぶりに水浴びも出来たら良いわね。」

「泉とは違うんだから、流されたら危ないよ?まだ川にどんな生き物が居るのかも分からないんだし。」

「ソーキは心配性ね。気を付けるから大丈夫よ。」


そう言ってアルシュは駆け出した。

流れのある水面が徐々に近づいてくる。

川幅は対岸が霞むほど広い。


十分ほど走ると、ようやくアルシュは岸辺に辿り着いた。


「思ったより距離があったわね。」


思ったより長く走ることになり、ペースが乱れた彼女は若干呼吸を乱している。


「これだけ大きいからねぇ。感覚がおかしくなるよね。」

「そういうものなのね。あ、魚が居るわ!」


直ぐ息を整えたアルシュは、そう言って岸辺の浅瀬へと入り始める。


「流れに足を取られないようにね。」

「ええ、任せて!」


そう言ってアルシュはズンズンと川の中へと進んでいく。

当然川は岸から離れるにつれ深くなっていく。

構わず進む彼女は既に腰のあたりまで水に浸かっている。


「ちょっ、深さも分からないし危ないってば。あの泉みたいに均等に深くなるわけじゃないんだから!」


川底は急に深くなっている場所だってある。

アルシュの進み方は余りに不用心だ。


「え、そうなの?じゃあ危ないわね。」


と、アルシュが岸へと向き直ったその時。

水の中からアルシュの何倍もある大きな口が現れて、彼女を飲み込んだ。


「アルシュー!?」


僕の叫びが虚しく響き、口はそのまま水中へと戻っていった。

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