変化
北の街、カムール。他の地方が暑さを迎えているなか、未だ心地よい気候である。
自然豊かな分、都会に見られる新しさはない。それでも、この街を好く人は跡を絶たない。
そんな街にも司令部は在る。この間も、食い逃げがあったばかりだ。安心は出来ない。とはいえ、毎日毎日そんな騒動が起きることは稀だ。
「にょんちゃん大将! 起きるって」
「? ……何時にょん?」
「十一時。午後から会議なんでしょ? いい加減起きないと駄目だって」
「うーん……面倒だにょん……」
「俺も朝は苦手だけど、にょんちゃんは軍人だ。もっとシャキッとしないと駄目だって」
「しょうがないにょん。ウルクン、代わりにそこの書類の山、片付けといてにょん」
机に、山のように置かれた書類が三列。判子を押すだけの作業なのだが、本来は内容を確認して押さなければならない。そんな書類の内容をウルが理解出来る訳がない。
「にょんちゃん大将、流石にマズイって!?」
「大丈夫にょん。にょんちゃんは、許可の判子を押してあげるだけにょん。にょんちゃんの所に来るまでに、きちんとチェックを受けてるから」
「あはは……。部下がしっかりしてなきゃ成せないって」
「ウルクン、よろしくにょん」
泣く泣く書類整理に掛かるウル。
そもそも何故、ウルがカムールに居るのか? それは、ライドの指示のもとだった。
※ ※ ※
一週間前。元帥の声明の直後、ライドに呼ばれたウルは、カムールへ行くように言われた。
「ええェー!」
「君が一番適任だと思う」
「適任?」
「にょんちゃん大将の説得だよ」
「にょんちゃん大将の説得って?」
「君は、人の懐に入り込むのが上手い。君なら、にょんちゃん大将を説得出来る」
「一体何だって……?」
「内緒だ。こちらから連絡をする。それまで、にょんちゃん大将の補佐を頼んだよ」
※ ※ ※
「何で引き受けちまったんだって」
ポンポンと、小気味良い音を立てながら判子を押していくウル。三列有った山が、一列まで減っていた。
「お疲れさまにょん」
「腹減ったって~」
「にょんちゃんからの感謝の気持ちにょん」
野菜や玉子が挟まれたサンドイッチに、ポテトサラダとコーヒーが置かれる。ウルのお腹が思わず鳴った。
「もう十五時にょん。キツかったでしょにょん?」
「直ぐ片付くもんだと思ってたけど、紙って薄いから、なかなか減らなくて」
「充分やってくれたにょん。これを食べたら眠るといいにょん。あとは、にょんちゃんがやるにょん」
サンドイッチを食べ、ポテトサラダを食べ、コーヒーを飲んでようやく落ち着いた。元々苦手な朝に起きて、にょんちゃんの部屋を片付けてもいたウル。満腹感と疲れが、睡魔となって押し寄せてくる。
「お休みなさいにょん」
ソファーで眠りに就いたウルに、肌掛けを掛けると、ささっと判子を押していくにょんちゃん。
仮面をしながらの雑務は、端から見れば異様だろう。それでも慕う軍人が大勢居るのは、なんだかんだキチンとしているからなのかも知れない。
※ ※ ※
「……!?」
「起きたのにょん? 寝ててもいいにょんよ」
ガバッと起き上がったウルは、時計を確認した。十九時を針は指していた。
「判子は?」
「終わったにょんよ。ウルクンのお陰で早く終われたにょん。ありがとう」
「それは良かったって」
「……それと……ライドクンから電話があったにょん」
「大尉から!?」
「うん。どうやら、元帥の失脚が決定したようだにょん。それで、にょんちゃんが次の元帥候補になってるみたいにょん」
「はあァー!?」
「実に困ったにょんよ。国と軍のトップなんて、にょんちゃんには荷が重いにょん」
「判子を押すのも嫌がるのに?」
「ふっ。確かににょん。でも、ライドクン曰く元帥からのご指名らしいにょんから」
「元帥から?」
「お詫びのつもりかもにょん。にょんちゃん達にした仕打ちの、にょん」
「とんでもないお詫びって」
「結局、元帥が蒔いて出た悪評という芽を、都合よく摘む役割を任されるにょんかね。後任はにょん」
「いいじゃん! 今度は、とびっきりの種を蒔いて、善の芽を育めば。その芽で何かを変えてけば!」
ウルらしいと言えばウルらしい、大人の都合などお構い無しの超直球。子供の意見と笑われるのかもしれない。それでも、曇りのない真っ直ぐな言葉には、人を動かす不思議な力があるのかもしれない。
「ウルクン。にょんちゃんが元帥になったら、何かしてくれるにょん?」
「……例えば?」
「真っ白な旗を掲げてほしいにょん。降参とか負けだとかのじゃなく、〝底無しの可能性〟を秘めた白い旗をにょん」
「構わないって! 掲げるって!」
「約束にょんよ?」
ウルとにょんちゃんの約束。その約束は同時に、にょんちゃんの決意でもあった。
※ ※ ※
それから、一週間後。ロンド司令部に、にょんちゃんの姿はあった。赤い軍服に、白い仮面。誰が見ても悪人の姿だ。
にょんちゃんが元帥に就任すると発表されたのが三日前。案の定、国民からは非難の嵐だ。
そして今日が御披露目の日。公の場に現れる初めての日だ。
「元帥、大丈夫かね?」
「やめてよ、ライド大尉。今まで通り〝にょんちゃん〟でいいにょん」
「元帥らしからぬ発言だね、〝にょんちゃん〟元帥」
「元帥なんて、なんだか照れるにょん」
「さあ、時間です。ワタシ達も見守るだけです」
「行ってくるにょん」
大勢の人々が集う大広場。当然、国民全員が来ている訳ではない。しかしその分、一人一人の視線を強く感じる。流石のにょんちゃんでも、緊張をするのは無理もなかった。
「「早く出てこい! 極悪仮面!」」
「「今すぐ飛び降りろ!」」
「……酷い罵声にょん……」
ぎゅっと拳を握り締める。赤い軍服が重く伸し掛かる。心臓の高鳴りを自覚する。
そんなにょんちゃんの視界に、白い旗を振っている少年の姿が入った。そう、ウルが約束を守ったのだ。
「やーくーそーくー! 守ったってー!」
「ありがとう。お陰で助かったにょん」
ウルのお陰で緊張の糸が解れたにょんちゃんは、仮面をゆっくり外した。大勢の前で素顔を晒したにょんちゃんは、ほっこりとした表情でウルを、人々を見る。
「いくよ、ウルクン」
柔らかな笑みを浮かべながら、元帥となった女性は堂々と胸を張ったのだった。




