その十一 始まりの理由
皆さん、夏バテには気をつけてください。
私?もう手遅れ。
早朝の亜麻原市内の、とあるコンビニ。そこから出てきた身長2メートルはあろうかという大柄な青年が、駐車場に停めてある車に窮屈そうに乗り込んだ。それを車内で待っていた女性が、分厚いレポートを読みながら出迎える。
「先輩、買って来ました」
「おー、サンキュ……て、なんだよコレ、あんパンにパックの牛乳?」
「はい。刑事の飯って言ったらやっぱこれでしょ?」
「そりゃ張り込み時の話だろうが。朝飯がこんだけで足りるかよ」
「あ、じゃあ俺のも食います?30個買って来ましたから」
「あんパンをか!?よくあったなそんなに!!」
青年―――雅紀がコンビニのロゴが入ったビニール袋を漁り、中から取り出したあんパンを一つ、女性―――司に手渡す。その安っぽい見た目のあんパンを、なんとも微妙な顔で凝視する司。
「………………もぐ」
そして一口。眉間に刻まれた皺が、さらに深くなる。
「…………甘い」
「そりゃ甘いっすよ、あんパンなんすから」
「………」
もう一口。見た目に違わぬ安っぽい味の皮と粒餡をモグモグしてゴックンする頃には、雅紀は四つ目のあんパンを食べ終わっていた。
「……お前、よくこんなモンいくつも食えるな」
「俺、甘いもの好きなんすよ」
「……見てるだけで胸焼けしそうだ」
どうにか一つ食べ、口の中に残る甘ったるい味をストローを差した500ミリリットルパックの牛乳で流し込む。さすがにそれだけでは足りないが、しかしこれ以上あんパンを食べる気にはなれなかった。
「……ごっそさん」
「あれ、もういいんすか?まだまだいっぱいありますよ?」
「いらねえ。そんで権藤、てめえには二度と飯の調達は頼まねえ」
「えー?こんなに甘いのに」
「それが問題だって言ってんだよ」
そして司が牛乳も飲み終わる頃には、雅紀は30個のあんパンと1リットルの牛乳を胃に収めていた。そのあまりに見事な食べっぷりに、いよいよ司は眉間に皺を寄せるだけでは我慢ならなくなった。
「あーくそっ、マジで胸焼けして来ただろうがっ」
ドスドスドスッ!!
「いだだだだっ!?ちょっ、先輩、やめてくださいよ!」
軽く小突く程度とはいえ、一番下の肋骨に的確に肘を打ち込まれ、結構な痛みに身悶える。車の中では逃げ場もなく、巨体が災いして身動きも禄に取れない。
「ったく。おら、腹膨れたんならとっとと行くぞ」
「いっててて……。もう、折れたらどうすんですか」
「あ?アバラの一本や二本折れたところで、車の運転くらいできるだろ?」
「いやだからそういうこと言ってんじゃなくて!!」
話ながらシートベルトを締め、車を発進させる。とりあえず走り出したところで、雅紀はこれからの予定についてを確認する。
「ええと。今日は四人目の、鈴原紗耶香の大学の友人たちに話を訊きに行くんでしたっけ」
「いんや、そっちは別の班が行ったってよ。お前が棚のあんパン漁ってる間に、課長から連絡来た」
「……あんパンばっか買って来たことは謝りますから。なんとか機嫌直してくださいよ」
「あーあー、脳に栄養が足りてねーなー。腹減ってイライラすんなー」
「だから、すいませんって!!」
朝はしっかり食べる派の司としては、朝食が菓子パンオンリーなど許せないのだった。もっと肉とか食いたかった。なら自分で買って来いよとは、怖くて言えなかった。
「それじゃあ、どうすんすか?予定が空いちまいましたよ」
「……ここまでやって、犯人に繋がりそうな情報は一切なし。証拠らしい証拠もあがってねえ。……四人目から、もう一週間が経とうとしてる。今までの周期からすりゃあ、そろそろ五人目だ」
「ちょ……そういうこと言うのやめてくださいよ。その前に捕まえるために、みんな必死にやってんじゃないすか」
司の言葉を咎めるような雅紀の様子に、司は呆れを隠そうともしなかった。
「アホか。それで今まで捕まらなかったんだ、あと何日かで劇的に捜査が進むわけねえだろ」
「そ……そりゃあ、そうかも……しれないっすけど……。けどそんなこと言ってたら、捕まるもんも捕まらないすよ」
「そんな精神論で捕まえられるんなら苦労はねえよ。……そこでだ」
「?」
赤信号で止まるのと、司の声が低くなるのは同時だった。
なので気になって助手席を見た雅紀は、思わずドキリとした。
―――司がその黒い瞳を、真っ直ぐに雅紀に向けていたからだ。
「……権藤」
「は、はいっ」
「お前―――自分のクビを、賭ける覚悟はあるか?」
「……はい?」
――――――――――
「……こ……ここ、は……」
雅紀は大口を開け間抜け面を晒して、目の前に聳え立つ立派な構えの門を呆然と眺めていた。
亜麻原市郊外。その一角を丸々占める、広大な敷地。分厚く高い、漆喰の壁に囲まれた敷地。
その入口である巨大な門の両脇には、顔に刀傷の刻まれたスキンヘッドの男と、片目の潰れた角刈りの男が仁王立ちしていた。二人とも雅紀に劣らぬ巨体に真っ黒なスーツを身に着けた、威圧感がハンパないお方たちである。
「なんだよ、知らねえのか?」
「いやいやいや、知ってますよ!?知ってるからこそこうして戦慄してるわけでっ!!」
―――ここは、亜麻原市に古くから根差す東雲組の本拠。昨今の暴力団排除条例にも屈することなく儲けを出している、国内でも有数の極道組織である。
「ややややや、ヤバいっすよ、先輩!東雲組って言ったら、この時代に武闘派で通ってる連中ですよ!?」
「だが同時に、この時代に任侠を重んじる、古臭い極道でもある。筋を通しゃあ手を出して来ねえよ」
「そりゃあ確かに、地元に受け入れられてはいるらしいっすけど……」
そうは言っても、東雲組が暴力を生業とする極道であることには変わりない。巨大な門と大男にすっかりビビって腰が引けてる雅紀を置いて、司は門へと歩き出す。すると控えていた大男たちがスッと移動して、司の前に立ち塞がった。
「お待ちを。お客人、ここにはどういったご用件で?」
岩の塊を思わせる、重い声。その迫力に雅紀はさらに震え上がり、司はふん、と鼻を鳴らすと、興味の欠片もない眼と口調で言った。
「退けよ三下。てめえらに用はねえ」
「ちょっ、先輩ぃぃぃぃぃっ!!?さっき筋がどうとか言ってませんでした!?」
「私はてめえらのボスに用があるんだ。さっさと案内しろ」
「ちょっと待ってくださいよ!!」
司の態度に、しかし大男たちは動じない。門番たる自らの職務を全うせんと、再び問を発する。
「どのようなご用件で?それがわからない限り、お通しするわけにはいきません」
「面倒くせえな……いいから退けよ。それとも、力ずくでど退かされてえか?」
「だからちょっと待てよっ!!!」
見るからに屈強な二人の大男を前にして、司はまるで恐れる様子はない。身長160センチ少々の司からすれば倍くらいの体格差があるというのに、本当に力ずくで退かすつもりなのだ。
「先輩待って!お願いだから待ってくださいよ!」
「待てだ?なんでだよ、こいつら退かせば待つ必要なんかねえぞ?」
「それに付き合わされる俺の身にもなってみろって言ってんすよっ!!!」
「ちっ……仕方ねえな。じゃあ、組長に伝えろ。百鬼司、て言やあわかる」
「……え?先輩、東雲組長と知り合いなんすか?」
「まあな」
「……なら最初っからそうしろよ……」
司の言葉に、大男たちは一言二言交わし、頷き合う。
スキンヘッドの男が門から中に入り、角刈りの男が二人に向き直る。
「少しお待ちを」
「急げよ。私はあまり気の長いほうじゃねえぞ」
「なんでいちいちそういうことを言うんすかっ!!!」
そして、待つこと数分。
スキンヘッドが戻って来ると、一礼して道を開けた。
「……お待たせしました、お客人。親父がお会いになると。どうぞこちらへ」
「おう」
「……マジすか。アンタ一体何者なんすか、先輩」
呆れ顔の雅紀の言葉にムスッと不機嫌そうな顔になり、しかし何も言わずに門を潜る。
中は外見から想像できる通りの―――いや、想像以上の広さを誇っていた。
見事に整えられた日本庭園。
歴史ある様式の日本家屋。
和の美しさの詰まったその空間に、雅紀は感心した。
「はー……すごいっすね。ヤクザの屋敷なんて、もっと殺伐としたもんだと思ってましたよ」
「そーだな。きれーだな」
「心底どうでもよさそうすね、先輩」
「そーだな。どーでもいーな」
「………」
もうホントに全然興味なさそうな司に、女としてそれでいいのかと思ったが、怖くて言えなかった。
「こちらです」
「……ふん。相変わらず、デカい屋敷だ」
一際大きな屋敷に着くと、その入口から和服を着た壮年の男が姿を現した。背はそれほど高くないものの、ガッシリとした体つきのその男は、司の顔を見ると一礼する。
「……お久しぶりです、司さん」
「おう。久しぶりだな、弥市」
「や……弥市って、まさか……東雲組の幹部、烏丸弥市……!?こんな大物と、なんでそんな普通に挨拶してんすか!?」
「司さんとは、昔色々ありやして」
「んなこたどうでもいいだろ。弥市、さっさと案内しろ」
「へい。こちらへ」
「……マジで何者なんだ、この人……」
武闘派極道の幹部をまるで舎弟のように扱うその姿に、雅紀はいよいよ頭を抱える。
―――警察官として問題あり過ぎだろアンタ!!
「四年ぶり……で、ございやしょうか。お変わりないようで」
「お前も相変わらず、カビが生えてそうな話し方してんな」
「餓鬼の時分からこうでやしたから。今更変わりゃしやせん」
世間話をしながら、屋敷の中を進んで行く。旅館でもここまで広いところはそう無いだろう―――そう雅紀が思い始めた頃に、何枚もの襖が連なった、一際大きな部屋に着く。弥市はその襖の前で正座し両拳を床に付くと、静かに言った。
「親父。司さんをお連れしやした」
「おう、入れ」
「……失礼しやす」
音もなく、襖が開かれる。
部屋の中には、何十人という黒服の男が控えていて。
その最奥には、一人の老人が座している。
「よう、お嬢ちゃん。久しいな」
老人。そう、老人だ。
顔中に刻まれた深い皺、すっかり色を失った髪。年齢は確実に六十を越えるだろう。
「……ああん?そっちの兄さんは、初めて見る面だな」
だが。
その老人から、老いや衰えはまるで感じない。
重ねた年月が、そのまま力となったかのような。
そんな、無尽蔵の覇気だけがある。
「それじゃあ、名乗らなくちゃならねえわな」
その覇気に当てられ、ただ呆然と立ち竦むことしかできない雅紀に。
まるで、猛獣のような笑みを向けて。
「初めましてだ、若いの」
老人は、吼えるように。
「俺は、東雲組十六代目組長―――東雲顕吾だ」
―――名乗りを上げた。
――――――――――
「せ……先輩……」
「なんだよ」
「俺……帰っていいっすか……」
「ダメだ」
「……ですよねー……」
東雲組十六代目組長、東雲顕吾の前に座る二人、遠慮とか皆無な感じで胡座をかく司と、緊張でガチガチなのがよくわかる感じで正座する雅紀。
そしてその二人を左右の壁際から見る、何十人という黒服たち。
こんな状態では雅紀の様子こそが正常であり、司の様子はハッキリ異常である。
「くくく……相変わらず、肝の据わったお嬢ちゃんだぜ」
「てめえこそ、相変わらず歳のわりに元気が有り余ってるみてえだな」
「おい、女あ!貴様、親父に向かってなんて口を聞きやがるっ!!」
「うひぃぃぃ……!?」
司の態度にいきり立つ黒服たち。それにビビる雅紀。それをそよ風に吹かれたほどにも気にしない司。そんな司の様子に笑みを深める顕吾。
お巡りさんとヤーさんの会談は、早くも白熱していた。
「せ、先輩……!クビを賭ける覚悟はあるかって……仕事的な意味じゃなくて、物理的な意味だったんすか……!?」
「当たり前だろ。仕事辞めんのに覚悟が要るかよ」
「要るよ!!すっげえ要るよっ!!」
今にも懐から光り物を取り出して切りかかって来そうな黒服たちにビクビクしながら、雅紀は気を抜けば逃げ出してしまいそうになるのを必死にこらえていた。
確かに極道の本拠にこんな形で乗り込んだことが知られればなんらかの処分を受ける可能性は高いが、その前に殺されそうである。
「やめとけやめとけ。オメエらじゃあ、このお嬢ちゃんには歯が立たねえよ」
「な、お、親父……!?それは、一体……」
「言葉通りの意味だよ。このお嬢ちゃんの見た目の可愛らしさに騙されると、痛い目を見るぜ」
「な……」
顕吾に制され、立ち上がりかけた黒服たちは再び座った。納得はできないが、絶対の信頼を寄せる顕吾の言葉とあっては信じないわけにはいかないのだ。
「子分の躾くらいしっかりしとけ。話が始められねえだろうが」
「くくく。まだまだ若えんだ、血の気が多いのは大目に見てくれや」
飽くまでも不遜な態度を崩そうとしない司に、黒服たちは悔しげに拳を握り締め、歯を食い縛る。そして雅紀はさらにビクビクする。
「んで?こんなとこまでわざわざ来たんだ、俺に訊きてえことがあるんだろ?」
「殺人鬼が誰か知ってるか?」
「単刀直入過ぎんでしょ、前置きとかねえのかよっ!?」
「品切れだ」
そろそろツッコミ疲れてきたが、しかしそれでもツッコミをせずにはいられなかった。常識人を自負する者として。
「殺人鬼ね。そりゃアレか、今巷で騒がれてるやつか」
「他にどいつが居るんだよ」
「わざわざ来てもらって悪いが、それは知らねえな」
「まあ、そりゃそうか」
東雲組には、亜麻原市中の情報が集まって来る。組員が集めて来る情報、地元住民から集まる情報、そして顕吾独自の、詳細が全く知られていない情報網。
それらにより、顕吾は亜麻原市内においては、他のどの情報屋よりも―――警察よりも、豊富な情報を持っているのだ。
「知ってりゃあ、俺がとっくに潰してるよ。俺の街で好き勝手やらせてりゃあ、東雲の名が廃る」
「いつここがてめえの街になったよ。……まあんなことはどうでもいいか。知らねえってんならもう用はねえ。邪魔したな」
「ちょ、先輩!?それで終わりっすか!?」
「終わりだ。コイツは嘘は吐かねえよ」
「いやそういうことじゃなくって!もっとこう、犯人そのものじゃなくても、犯人に繋がりそうな情報とか―――」
「知ってりゃ教えてるさ。わざわざ無駄な手間かけさせるほど、俺も気の利かない人間じゃない」
「そ、そうですか……すいません」
話は終わりとばかりに、司は立ち上がる。雅紀も慌てて立ち上がり、それに付いて行く。
そして、部屋から出ようと―――
「そういやお嬢ちゃん。これはその殺人鬼と関係あるかどうかわからねえが」
「……へえ。なんだ?」
「この街に、かの伝説の妖刀、村正がある―――てのは知ってるか?」
「………………え?村正?」
そのあまりに唐突な言葉に、雅紀は思考が追いつかなかった。
そして、数秒してようやく。
「……え?村正って……あの村正!?本当に!!?」
「ああ、その村正さ」
村正は、日本において極めて有名な刀工だ。村正の名を世に知らしめるエピソードとして、かつて天下を統一した徳川家との因縁があるだろう。
後年の創作とも言われているが、徳川家康の父と祖父、そして嫡男までもが、村正の鍛えた刀により斬り殺されているのだ。
「そ、それ本当ですか!?本当に、本物の村正が、この街に……!?」
「ああ。といっても、完全な形じゃあないがな」
「―――なに?」
その瞬間。
それまでまったく興味のない様子だった司が、目を見開いた。
―――完全な形では、ない。
「折れてるのさ。柄から一尺くらいのところで、ポッキリとな」
「折れてる……だと?おい、それは、まさか―――」
その問いに、顕吾はニヤリと笑って答えた。
「見覚えがあるだろ?お嬢ちゃん―――折れた、刀に」
「………………………」
「……先輩?」
呆然。唖然。
常にふてぶてしい態度を崩さない司が初めて見せるその様に、雅紀もまた驚く。
そして―――
「……あれ……が……あの刀が、村正だって言うのか」
「ああ、そうさ。お嬢ちゃんも良く知ってるあの刀は、確かに村正の作だ。銘は切られてねえがな」
「………」
司は知っている。東雲顕吾は嘘を吐かず、いい加減なことも言わない。
明かしはしないだろうが、確かな筋からの情報なのだろう。
だから、間違いなく。
「……あの、刀が。あの刀が―――妖刀だと、てめえは言いてえのか」
「ああ、その通りだ、お嬢ちゃん。あの刀は、村正。名刀として名高く、それ以上に妖刀として悪名高い、あの村正なんだよ」
「……っ!!」
ギシリ、と。
拳を握り締める音が、奥歯を噛み締める音が、雅紀にまで聞こえた。
見れば司は、整った顔を憤怒に歪め、しかしその怒りを必死に抑えつけていた。
「……だからどうした。妖刀だかなんだか知らねえが、所詮は刀―――道具だろうが。道具が人を殺すかよ」
「本当に、心からそう思ってるんなら、なんでそんなに怒ってるんだい、お嬢ちゃん」
「……っ」
抑えることはできても、隠すことはできない。
見透かされた怒りが爆発寸前まで膨れ上がり、すんでのところでこらえている状態だ。
「オメエも、納得してなかったんだろ?―――あの事件に」
「……黙れ」
「俺はあの刀が妖刀村正だと知って、ようやく納得が行ったぜ。ああなるほど、そういうことだったのか、てな」
「黙れっつったぞ」
「それまで大人しかった、どこにでも居そうな普通の男が、なぜ突然、人殺しに成ったのか」
「黙れ、ジジイっ」
「簡単さ。どんな経緯かは知らねえが、そいつは手に入れちまったのさ―――妖刀を」
「黙れえええええっ!!」
「先輩っ!?」
ついに我慢できなくなって、司は顕吾に駆け寄り、その胸ぐらを掴み上げる。突然の暴挙に色めき立つ黒服たちを手だけで制止し、顕吾はなおも笑みを深め、続ける。
「妖刀なんて信じないか?そんなもんある筈がないってか?ところがどっこい、あるんだなあこれがっ!!」
「だからどうした!犯人は死んだ、凶器の刀も証拠として署に保管されてる!妖刀だろうがそうでなかろうが、どっちにしたって終わってんだよ、あの事件はっ!!」
「いや、まだ終わっちゃいないさ」
「なにぃっ……!?」
着物の生地が裂けかねないほどの力で締め上げられながら、顕吾はまったく苦しそうには見えない。
修羅の如き眼で睨み付けてくる司を怯むことなく睨み返し―――
「オメエも、知ってるだろうが―――」
決定的な―――
「―――あの刀は、折れてるんだぜ?」
―――事実を、告げた。
「……っ!?」
「あの事件の凶器は、折れた刀。その刀に、刃は一尺ほどしか残っていなかった。なら―――その先の刃は、どこにあるんだろうなあ、お嬢ちゃん」
「……て、めえ……まさか……!?」
顕吾の言わんとしていることがわかり―――いや、わかっていながら目を逸らしていた事実を突き付けられて。
「俺は、こう考えている。今回の殺人鬼騒ぎ、これは人間の仕業じゃない。村正という、人心を惑わす妖刀の仕業だ―――てな」
「ぐ……!」
もしそれが、正解だとして。殺人鬼は本当に、妖刀に操られているだけだとして。
やることに、変わりはない。刀が人を操るなどというオカルトを、警察が認めるわけにはいかないのだ。精々が、精神異常者として罪を免れる程度だろう。それでも十分に最悪と言える事態だが。
―――しかし。
「お嬢ちゃん。なあお嬢ちゃん。オメエはどうする?万に一つ、いやいや億に、兆に一つ、本当に、妖刀の刃こそが殺人鬼だとして。
―――なあ、お嬢ちゃん。オメエは、どうする?」
司の心情は、そうはいかない。
「……私が、どうするか、だと」
終わったと思っていた。そして、始まったと思っていた。
だが、終わってなどいなかった。そして、始まってすらいなかった。
八年前の、あの事件は。
―――八年間の、戦いは。
「そんなこと、決まってるだろうが」
―――ならば。
「相手が誰だろうが、関係ねえ」
ならば、今度こそ終わらせる。
そして、始めるのだ。
「容赦なんざしねえ。情けもかけねえ。法律なんぞ知ったことか」
八年前のあの日に、誓った。
冷たくなって行く、身体を抱いて。
全身に、真っ赤な返り血を浴びて。
漆黒の髪に、僅かな純白を交じらせて。
ただ静かに泣き続ける、弟の姿に。
―――司は、誓った。
「敵は―――」
弟たちは―――
「―――私が、潰す」
―――私が、守る。
「……それだけだ」
それだけを、誓ったのだった。
警察とか極道とか、一応調べてはみたのですがよくわかんないので、かなり妄想が入ってます。
多分こんな極道(色んな意味で)は居ないでしょうが。




