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OUTLAWS  作者: 七四
第一章 人も歩けば鬼に当たる
1/16

その一 契約

 ビシャリという、音がして。


 顔に、生温かい液体がかかった。


 手で拭ってみると、ぬるりとした感触。


 鉄のような匂いが、鼻腔を満たし。


 それが口に入り舌に触れると、同じく、鉄のような味がして。


 視界は、ただ―――ただひたすらに、アカかった。


『……よお、クソガキ』


 見慣れた顔。憎たらしくて仕方ないその顔が、笑みに歪む。


 そして、真っ赤に染まった手を、俺に伸ばし。


『……■■、■■■■■』


 そう言って。


 そいつは―――




――――――――――




「くああぁぁ……」


 大口を開いてあくびをする。今の俺は、さぞかし間抜けな顔をしていることだろう。

 だがそれも仕方ない、ただでさえ普段から早起きなのに、今日はそれに加えて夢見が最悪だった。まだ少し肌寒さの残る四月の上旬だってのに、起きたら全身汗だく、バイトの新聞配達を終えてシャワーを浴びても、まだ頭がいまいちハッキリしない。


「あー、たりぃ……」


 だがまあ、病気しているわけではないので、学校を休むわけにはいかない。いざって時のために、出席日数は稼いでおく必要がある。


 だから、グチグチ言いながらも足を止めることはない。変わり映えのしない通学路の風景を眺めながら、学校へ続く道をせっせと歩く。

 ふと視線を巡らして、ああ桜もとっくに散ったんだっけなんて今更過ぎることを思い、まあ個人的には散った後の桜も嫌いじゃないので、茶一色になった桜並木に顔を向ける。


 その視界の中に、桜の木とは違う茶色が映った。


「おはよ、カナちゃん!今日も眠そうだね」

「……その呼び方やめろっての……」


 トコトコ近付いて来たその茶色がいつも通りの挨拶をして来たので、いつも通りの返事をする。


 少し視線を下げると、そこに居たのは学校の制服である紺色のブレザーを着た女の子。


 肩で切り揃えられた髪は明るい茶色。


 朝日にも似た輝きを放つ、くりくりした瞳も茶色。


 鼻や口元はスッキリと整っているが、まだ少し幼さが残っていて。


 朝から元気いっぱいの、溌剌とした笑顔がやけに眩しい。


 ―――コイツの名前は、柊(ひいらぎ)千草(ちぐさ)。一年の時からのクラスメイトであり、不良で通っている俺に構う数少ない変人の一人だ。高校の入学式で知り合ったのだが、それ以来、どういうわけか懐かれている。


「えー、いいじゃん別に。カナちゃん目つき悪いんだし、顔も怖いし、体もおっきいし、あだ名くらいカワイイほうが丁度良いよ」

「あのな、物事ってな足して引きゃあゼロになるほど簡単じゃねえの。そういうのはミスマッチって言うんだよ」

「ふーん。じゃあ目つきを直せばプラスとプラスで、カナちゃんも晴れて萌えキャラに……」

「なるか。どんな理屈だ」


 ニコニコと笑いながら歩く柊と並んで、学校へ向かう。しばらくすると見えてくる、やたらとデカい門と無駄に高い塀とそれらに囲まれていてもなお上三階くらいがはみ出している校舎。


 ―――私立姫榊(ひさかき)高校。俺たちの住む亜麻原市(あまばらし)で(物理的なサイズが)最大の高校。かなりの歴史があるらしいという以外は普通の高校なのに、とにかく敷地が広く、校舎が大きく、生徒と教員の数が多い。偏差値はピンからキリまでだが、部活動は大体強い。広大なだけでなく、設備もなかなかのレベルのものが揃っているからだ。


 ちなみに名前に「姫」という字があるからって女子校ではないし、女子校だったこともない。名前の由来はあくまで植物のヒサカキだ。


 何度見ても呆れてしまう馬鹿デカい学校に近付くと、その学校に負けず劣らずデカい声が聞こえて来た。


「おい、貴様!なに化粧なんぞしている!?高校生が色気づきおって!」

「……あ」

「ち……」


 そっちを見ると門の前に、竹刀を持ったジャージ姿の中年男が一人。門を通ろうとする生徒たちを呼び止めては怒鳴り散らしていた。


「うわー……笠田先生だ」

「……バ笠田の野郎、朝から元気なこって……」


 その男はこの学校の生徒には有名な、生徒指導の体育教師、笠田だ。陰険で目ざとくしつこく話が長く、しかも女生徒に対する目つきがいやらしいこの教師の悪名は全校生徒に轟いていて、名前を知らない生徒もいる校長より、ある意味有名と言えるだろう。


「メンドくせえなあ……」


 笠田とは色々と因縁がある。俺の態度が気に食わないらしく、ことあるごとに指導の名の下、ガミガミネチネチとつついて来るのだ。

 朝からコイツの相手をするなんてごめんこうむる。ただでさえ今日は気分と機嫌が悪いんだ、ついうっかり殴りそうだ。


「どうすっかな……お?」

「おい、相馬ぁ!なんだそのだらしない格好は!ちゃんとせんかっ!!」

「げ、笠田……!?」

「……わー、相馬君、珍しく早く来たのに……」

「しめた、この隙に門通るぞ。……助かったぜ景虎、後でジュース奢ってやる」


 笠田に捕まったのは、制服を着崩し長めの髪を景気良く逆立たせた男子生徒。俺の悪友、相馬(そうま)景虎(かげとら)。

 景虎の尊い犠牲により、俺は教師に対する暴力事件を起こすことなく校内に入ることができた。


 ……景虎、俺のためにわざわざ早く登校してきてくれたお前のことは、決して忘れない。


 俺、お前の分まで、精一杯生きるから。だから、せめて安らかに眠ってくれ。




――――――――――




「……ったく、まいったぜ。なんか早く目ぇ覚めちまったから早めに来てみたら、笠田のやつ、校門で俺のこと待ち伏せしてやがるんだもんよ」

「別にお前一人を待ってたわけじゃあねえだろうがな」


 ホームルーム後の、授業が始まるまでの短い時間。結局いつもと同じ、ホームルームが始まるギリギリに教室に駆け込んで来た景虎がボヤく。コイツも俺に次いで笠田に目を付けられているので、重箱の隅をつつくようにネチネチ言われたのだろう。


 嗚呼、なんて可哀想なやつ。


「つうかお前、俺のこと囮にして笠田やり過ごしやがったな」

「身に覚えがございません」

「ざけんな。バッチリ見てんだよ、こっちは」

「じゃあそれは見間違いだ」

「お前を見間違う奴がいるかよ、そんな妙ちきりんな頭の奴を」


 そう言って、景虎は俺の頭を―――髪を指差した。


 髪型という点ではごく普通、特別伸ばしてもいないし短く刈り込んでいるわけでもない、自然にしているだけの髪だ。強いて言えばちょっと癖毛気味で、所々がハネてるぐらいか。

 では、何が妙ちきりんなのかと言うと―――


「……つうかお前、また白髪増えたんじゃねえか?」


 ―――俺は、白髪が多い。異常に多い。白髪の房がいくつもあり、全体の割合としては三分の一以上は白髪だ。


 そして景虎の言う通り、今も増え続けている。


「春だからな」

「春!?え、なにそれ季節関係あんの!?」

「ああ。くしゃみすると増えるんだ」

「お前花粉症じゃねえだろ」


 この特徴的な髪も、態度と同じく笠田が気に食わない要素の一つだ。髪を染めることは校則で禁じられているが、俺のは天然なので引っかからない。しかしこの悪目立ちする髪は風紀を乱すから黒く染めろと何度も言われ、そのたびに俺は、髪を染めるのは校則違反じゃないんですかと返していた。

 実際には黒く染めることだけは特別に許されているが、だからと言ってそれは義務ではないし、俺と同じく天然の茶髪である柊にもその義務はない。だがそれでも、笠田は生徒の髪が黒じゃないことが我慢ならないらしく、しつこく言って来るのだ。


 なので柊も、笠田を苦手としている。柊は母親と同じ色の髪をとても気に入っているのだ。


「畜生、誰だよ、早起きは三文の徳とか大嘘吐いたのは……」

「すまん、それは俺だ」

「マジで!?」


 相変わらずオーバーリアクションを返す悪友に呆れつつ、そろそろ一時間目が始まるので、席に戻る。椅子に座って、さてなんの授業だっけかと鞄を漁り始めたところで、隣の席に座る柊がニコニコしていることに気づいた。


 ……いや、コイツは大抵ニコニコしてるんだが、いつもより楽しそうというか嬉しそうというか、まあとにかく少し違う笑顔だった。


「……なんだよ」

「ん?……えへへ、なんだか嬉しくって。またカナちゃんと相馬君と、同じクラスになれて」


 はにかみながらそう言う柊は、そんな些細なことを本当に喜んでいるようだった。


 ……まあ、俺と景虎、柊の三人で、一年の時はよく連んでたからな。先週の始業式でクラス分けが発表された時には、柊にハイタッチを求められたものだ。

 俺も内心嬉しかったし、景虎もそうだと思う。この様子なら、二年の間も、同じような関係を続けられそうだ。


「確かになあ……変わらねえな、俺らも」


 こんな関係、どうしたって卒業したら終わっちまうが―――それまでなら、こうしていられるのは、きっと良いことなんだろう。


 月並みなことを言わせてもらえば。

 

 ―――こんな毎日が、ずっと続きますように。


 そう思うくらいには、気に入っている。




――――――――――




「ただいまー」

「あ、お帰り、お兄ちゃん」


 一日の授業を終え、帰宅部に所属している俺は真っ直ぐに家に帰る。玄関を開けると、二つ下の弟、薫(かをる)がエプロン姿で出迎えた。


「お兄ちゃん、今日もバイトでしょ?すぐ出る?」

「いんや、ちょっと時間ある。……二十分くらいかな」

「そう、良かった」

「あん?」


 俺の答えに薫はにっこり笑って、ぱたぱたと台所へ戻って行く。俺も弁当箱を洗うために台所へ向かうと、なにやら良い匂いがした。


「お、なんだ、また弁当作ってんのか?」

「うん。お兄ちゃん、バイトから帰ってくるの、いつも遅いから。だから晩ご飯用のお弁当」


 そう言っている間にも、作業の手は忙しなく動き続けている。卵焼きやら煮物やら唐揚げやら炊き込みご飯やら、品数が随分豊富だ。


「今日は何時くらいに帰れるの?」

「さあなあ。十時くらいには終わると思うけど」

「……大丈夫?そんなに遅く」

「なにが?」

「だって、ほら……最近、何回もニュースでやってるでしょ?」

「ニュースどころか、テレビ自体ほとんど見てないんだが」

「あー……ごめん、そうだったね」


 なにせ早朝の四時には家を出て、新聞配達のバイトに出るからな。ちなみに俺は普通二輪の免許と愛車のスーパーカブ(110cc)を持っているが、新聞配達はダッシュで行う。これは恐るべき我が姉の指示によるものであり、姉ちゃんはこの他にも様々な試練を俺に課しているのだ。


「ええっと……最近ね、亜麻原市で連続殺人事件が起きてるんだよ。通り魔的な犯行らしいんだけど、犯人はまだ捕まってなくて……」


 ―――通り魔、ね……。


「……あー、それで最近、姉ちゃん忙しいのか」


 俺の十歳上の実姉である司(つかさ)は、亜麻原警察署の刑事をしている。俺も姉ちゃんも家にいない時間が長いので、一週間で一度も会わないことすらあるから気付かなかったが、そういや半月くらい会ってなかったな……。

 そうか、そんな事件が起きてるのなら、家になんて風呂、着替え、睡眠のためくらいしか帰れないだろう。


 ……体壊さなきゃいいが。姉ちゃん、平気で無茶するからなあ。


「とにかく、そういうわけだから。お兄ちゃんが喧嘩強いのは知ってるけど、さすがに連続殺人鬼が相手じゃ危ないよ」

「そーだなあ、そいつは姉ちゃんに任せるとすっか」

「うん、お姉ちゃん、そのために頑張ってるんだから。お兄ちゃんが無茶しても、余計に心配かけるだけだよ。……はい、できた。休憩時間があったら食べてね」


 そんな話をしているうちに、弁当ができたようだ。それを手早く風呂敷で包み、俺に手渡した。


「おう、サンキュ」

「僕の晩ご飯と同じメニューだから。これで別々だけど、一緒のご飯が食べられるね!」

「……おう」


 直視すると目が灼かれそうなくらい眩しい笑顔でそんなことを言う弟の姿に、以前景虎から聞いた話を思い出した。

 なんでも薫が通っている中学で、「お嫁さんにしたい女の子ランキング」なるものが非公式に行われたらしく、薫は見事一位に輝いたらしい。


 ……いいのかそれは。たしかに家事万能だし優しいし気が利くし働き者だし女顔の美形だが、それでもコイツは一応、男なんだが。


「じゃあ、行ってらっしゃい。バイト、無理しない程度に頑張ってきてね」

「おう。そんじゃ、行ってくる」


 私服に着替えてから家を出る俺を、いつものように見送る薫。ニコニコ笑顔で手を振るその姿は、本当に「お嫁さん」のようだった。


 ……なんか、違う意味で将来が心配だなあ、コイツ……。




――――――――――




「あー、遅くなっちまった……」


 バイト帰りの、暗い夜道。時間はさきほど、十一時を過ぎたころ。

 まあ薫の言う連続殺人鬼とやらが襲ってきても、使ってる凶器がナイフ程度なら返り討ちにする自信はある。問題はその殺人鬼対策に街中でパトロールをしてるお巡りさんたちだ。

 万一補導でもされようものなら―――姉ちゃんに、殺される。


「……明るい道は避けてったほうがいいかもな……」


 人目につかないように、暗い道を選んで進む。曲がり角では向こうを覗き込み、警察官がいないことを確認しつつ慎重に進む。


 ……あれ?なんか今、俺って不審者じゃね?この状態見つかったら、補導どころじゃ済まないんじゃね?最悪、俺が連続通り魔殺人犯に間違われるんじゃね?


「……いっそ堂々と行ったほうがいいかもなあ……」


 そのほうが早く家に着くし、却って見付かる危険性が低いかもしれん。それに姉ちゃんが先に家に帰っていた場合、やはり命の危険がある。


 ……うん、堂々と行こう。既にあまり人気のない道に入りつつあるが、今ならまだ取り返せる。お巡りさんの気配を感じたらダッシュで逃げればいい。


 というわけで、こそこそするのを止めて曲がり角を出ると―――


「……ん?」


 コツン、と。


 つま先が、何か小さい物を蹴飛ばした。


「……なんだ、これ?」


 小石……とは、感じが違った。音とか重さとか。気になって下を見ると、転がっていたのは小さな筒。

 大きさは、理科室なんかにある試験管くらいか。恐らく、金属製。

 そして表面には、全体を覆うように亀裂が入っている。


「落とし物……には、違いねえだろうが。なあんか、マトモな代物じゃあなさそうだなあ、コレ」


 亀裂が入っているものの、一応しっかりと蓋をされているようで、中身が零れる様子はない。中身があるのかさえわからんが。

 しかしこんな奇妙な物、気になってしまうのが人の性というもの。謎の筒をしげしげと眺めていると―――


「……?」


 ―――ふと、背後から、視線を感じて。


「………」


 振り返るとそこには、男が五人、立っていた。

 全員が黒いスーツを着込み、この暗い中でサングラスなんぞをかけていやがる。


 ―――どう見たって、堅気じゃあねえなあ。


「……なんだよ、アンタら」

「それを渡せ」

「ああん?」


 「それ」というのは、考えるまでもなくこの筒のことだろう。自己紹介も前置きも一切なし、用件だけを簡潔に告げられた。

 まあ別に、これを渡すのは構わない。もともとこんな拾い物、見なかったことにしてここに捨ててくか明日警察に届けるかくらいしか迷う要素がないのだ。持ち主(そうでなくとも、これが何かは知ってそうだ)が現れたのなら、渡してしまったほうが手っ取り早い。


 ―――だが。


「あのさあ、おっさん―――それが人にモノを頼む態度かよ」


 そんないかにも切れ味の良さそうなデカいナイフを向けられながらとあっては、従う気も失せるってもんだ。


「それを渡せ。……命が惜しいのならな」

「おいおいおっさん。アンタらの顔は、渡そうが渡すまいがどっちにしても死んでもらう、て言ってるぜ」

「……ちっ」


 俺を囲みじりじりと間合いを詰めながらじゃあ、交渉の結果なんざどうでもいいと考えてるのが丸分かりだ。

 ていうかコイツら、俺が振り向かなかったらそのままグサリと行ってたな、絶対。


「勘の良いガキだ。それに、肝も据わってやがる」

「そりゃどうも」

「わかった、正直に言おう。それを渡せ、大人しく渡せば―――楽に死なせてやる」

「……いいね。そのほうがずっとらしいぜ、おっさん」


 ―――さて。


 軽口を叩いてはみたものの、これはかなりマズいぞ。なにせ五対一、しかも向こうはナイフ持ちだ。腕っ節には自信があるが、このおっさんたちも素人じゃねえだろうし―――


『よお、小僧。助けてやろうか』

「っ!?な、なんだ……!?」


 突然、声が聞こえた。……なんていうか普通の声じゃなくて、頭の中に直接響くような感じで。


 なんの前触れもなく聞こえたその声は、硬く、重く、聴く者を威圧する。


 しかしその声質とは逆に、随分と飄々とした、楽しげな声だった。


『儂の頼みを聞いてくれたら、お前さんのことを助けてやるぞ』

「いやそれより、何だよアンタ……!?」

「……まさか、漏れてるのか!?」

「ああ!?アンタまで何言って―――」

「殺せっ!」

「うおっ……!?」


 困惑する俺の様子に何を思ったのか、男たちは一斉に襲いかかって来た。

 慌てて筒をポケットにねじ込み、両拳をボクシングのように構える。


「ちぃっ、やるしかねえか……!」


 とりあえず、囲まれている今の状況から抜け出さなきゃ話にならない。なのでさっきから目を付けていた、男たちの中で若干細めの一人に向けて、右ストレートを叩き込んだ。


「シッ!」

「がっ!?」


 自分で言うのもなんだが、俺は体格に恵まれている。身長は今年あたり190センチを越えそうだし、姉ちゃんから課せられたトレーニングと肉体労働系のバイトにより、筋肉もかなり付いている。

そんな俺の本気の一撃を食らって、細めの男は吹き飛ばされた。


「てめえ、素人じゃねえな……!?」

「まさか。喧嘩くらいしかしたことのねえ、ド素人だよ!」


 格闘技なんざ習ったことはない。だが昔から何かと不良に絡まれることの多かった俺は、殴り合いをする相手には事欠かなかった。そして今では、俺自身が不良扱いだ。


 姉ちゃんに迷惑をかけてることは、わかってる。


 だがその経験に、今だけは感謝してやるよ―――!


「こ、のっ……!」

「シィッ!!」

「ぐはっ!」


 もう一人、ナイフを構えて突き出して来た。それをかわしつつカウンターを決め、体勢が崩れたところをフックで殴り倒す。


 これで二人。包囲に穴ができた―――!


「あばよっ!」

「この、ガキィッ……!!」


 憤る男を無視して、一目散に逃げる。脚力にも自信があり、しかも向こうはスタートに出遅れている。

 このまま一気に引き離せば、振り切れ―――


「……あ?」


 ドン、と。


 何かに、後ろからどつかれた。


「なんだよ……これ」


 少し遅れて、腹に灼熱する痛みが走る。視線を下ろせば、脇腹から真っ赤な液体が吹き出ていた。


「ざっけんな……ここは日本だぞ……」


 振り向くと、リーダー格の男が黒光りする何かを持っていて。


 その先端からは、白い煙が立ち上っている。


 誰だってわかる。あれは、拳銃だ。


 そして、俺は―――撃たれたのだ。


「ガキ相手に、そんなもん使うんじゃねえ……!!」


 なりふり構っていられないらしく、男は再び発砲。俺は慌てて、すぐ側の路地に飛び込んで身を隠した。


「ぐうっ……!」

「逃がすなっ」


 俺を追って、男たちも路地に入って来る。それから逃げるためにどんどん奥へと走って行くが、撃たれた腹が痛くてスピードがでない。

 この辺りの地形は知り尽くしている分、地の利は俺にあるが、このままじゃいずれ追い付かれる。

しかも連中は追いかけながら銃を乱射しているのか、横の壁が狙いを外した銃弾に抉られ、何箇所も砕けていた。サイレンサー、てやつだろうか、銃声は聞こえなかったが。


「ぐっ、くそ……!」


 激痛に耐えながら必死に走り、角を曲がった直後に近くの脇道に飛び込む。これで相手はしばらく、俺を見失うだろうが―――


(どうする……この先は行き止まりだぞ……!?)


 ―――この道には、出口がない。入って来た場所に連中がいる以上、俺はここから出られない。

 少しの間は、見つからずに居られるだろう。だが俺の腹から流れた血が、俺の居場所を教えてしまう。今はただ、暗いから見落としているだけだ。


(……とりあえず、警察に電話を……て、壊れてる!?)


 ……最悪だ。最初の一発、携帯電話を貫通してやがった。懐から取り出したケータイはド真ん中に風穴が開いていて、どう考えても動かない。


(畜生……大声で助けを呼ぶか?いや、そんなことしたら、関係ない人が巻き込まれるかもしれない)


 なにせ夜中で人気もないとはいえ、街中で躊躇も遠慮もなく銃をぶっ放すようなキ○ガイ野郎どもだ。声を聞きつけて来た人も平気で撃ち殺しかねん。


 それにそんなことをすれば、助けが来る前に見つかって殺される。


(くそ……何かねえか?俺はまだ死ねない、死ぬわけにはいかねえんだよ……!)


 俺はまだ、姉ちゃんに何一つ恩を返してねえ。


 俺はまだ、薫に何一つ兄貴らしいことをしてやれてねえ。


 それになにより、二人の泣き顔なんて、見たくねえ―――


『カッカッカッ……追い詰められとるなあ、小僧』

「なっ……!?さっきっからなんなんだよ、アンタ……!!」


 またも突然、頭の中に声が響いた。幻聴だと思いたいが、どうにもこれ、マジで聞こえているみたいだ。


 ……まいった。まさかこの歳で、こんなファンタジーに出会うとは。あと五年早ければ、感動なりなんなりできたんだろうが。


「どこにいやがる?偉そうな態度のクセに、こそこそしやがって……!」

『こそこそなどしとらんわ。お前さんが持っとるだろうが』

「はあ……!?」


 持ってる?俺が?


 そう言われて、思い当たる節なんて一つしかない。ポケットに突っ込んだ金属製の筒を取り出すと、声はご明察、と一言呟き、話を続けた。


『さっきも言うたがな、儂の頼みを聞いてくれたら、お前さんを助けてやるぞ』

「助けるって、どうやってだよ。ていうかアンタ、こんな筒の中に入ってんのか?マジでか?すっげえ小せえじゃねえか、虫サイズだぞ。そんなナリで何ができるってんだよ」

『……失礼なヤツだのぅ、お前さん』


 俺の遠慮ない言葉に流石に傷付いたのか、声のテンションが若干落ちた気がする。印象のわりに繊細なのかもしれない。


『まあ正確に言えば、儂は力を貸すだけだ。この状況を乗り越えられる力をの。で、あとはお前さんがやるんだ』

「力……て、なんだよ、一体」

『細かいことを話しとる暇はなさそうだ。連中、お前さんの隠れ場所に感づいたようだぞ』

「なっ、ぐ、くそっ……!」


 確かに、段々足音が近付いて来る。隠れるのももう限界だ、すぐに見つかり、そして―――殺される。


「……どうすりゃいい」

『ほほう、なかなか物分かりがいいのぅ、お前さん。……頼みたいことは一つだけ。お前さん―――儂と〔契約〕してくれんか』

「け……契約ぅ?なんだよそりゃあ?」

『まあ簡単に説明するとだな、儂はお前さんを依代にして、この世での存在を維持する。その代わりにお前さんは、儂の力を借り、行使することができる。持ちつ持たれつ、対等な関係だ』

「……胡散臭え……ていうか、わけわかんねえ」

『これ以上説明しようとなると長くなる。お前さんにそんな余裕はなかろうよ。……さあ、どうする?』

「………」


 ハッキリ言って、怪し過ぎる。

 まず第一に、コイツが何者なのかが全く説明されていない。話してる余裕がないのは確かだが、上手いことごまかしているのかもしれない。

 第二に、契約とやらでコイツにどんなメリットがあるのかわからん。つまり「狙い」の想像がつかない。存在を維持する、ってなんだよ。

 第三に……本当に、コイツの「力」は、この状況をどうにかできるのか―――?


「……どうすりゃ、いい」


 ―――だが。


 俺はまだ、死ねない。死ぬわけにはいかない。


 ―――死にたく、ない。


『なに、容易いもんよ。儂は無作法者ゆえな、細かい礼儀なぞ要らぬわ』


 だから、どんなに怪しい誘いだろうが。


 それ以外に、生き残る道が、ないのなら。


 ―――選ぼう。


『お前さんはただ、「契約する」と言って、儂の名を呼べばいい』


 心を決めると、この声の主、その姿が、その名前が、頭の中に浮かび上がった。


 そしてそれは、相手も同じだったらしい。


『ほほう、この名は……カッカッカッ、奇妙な縁もあるもんだのう!』

「……いいぜ、ならその縁、精々使わせてもらうさ」


 見えているわけじゃない。だが感じる、いや、わかるんだ。


 見上げる程の巨躯、鋼の如き皮膚、圧倒的な怪力。


 人知を超えた存在、その威容が。


『カッハハハハハ!!気に入ったぞ、お前さん!いやはや、長生きはするもんだ!』

「ああそうさ、俺はまだ、生きていたいんだよ」


 手にした筒が熱を持ち始め、震え出す。


 内側から、凄まじい力が解き放たれようとしている。


『諦めたらそれで終いよ、それじゃあつまらん!最後まで無様に足掻いてこそ、命とは輝くもんだ!!』

「俺はまだ、死にたくない。藁でもなんでも縋りついて、絶対に生き延びてやる。……そのためなら」


 ビシリ、と。


 筒の亀裂がさらに広がり、中から光が溢れて来る。


 眩い光から目を逸らさず、その奥に居るモノをしっかりと見詰めて。


『さあ、儂の名を呼べ、小僧!儂もお前さんの名を、この魂に刻み込もうぞ!!そして―――』

「契約でもなんでもしてやるよ!俺を依代とやらにしてえんなら好きにしろ!!だから―――」


 筒を、高く放り投げる。


 空中で砕け散り、その中から現れたのは。




『儂の力、存分に振るえ―――』

「俺に、力を貸せ―――」




 一人の。




『―――百鬼(なきり)鼎(かなえ)!!!』

「―――金鬼(きんき)ィィィィィっ!!!」




 ―――鬼。





こんにちわ、七四です。このようなあらすじから厨二全開の作品を読んでいただき、ありがとうございます。


オリジナル作品に挑戦させてもらいました。どこまで行けるかわかりませんが、完結目指して頑張ります。

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