第一七話 剣の英雄 ミア
「俺の親父のほうが強かったに決まってる! 親父が魔王討伐に行けば、救世の英雄って呼ばれてたのは親父だった!」
ミアたちに会う度に、いつもそんなことを言っていたのが、学院の上級生で学年主席イヒャルド=バーランドだ。
彼は明星騎士団の騎士団長の息子で、物心ついた時から剣を握り英才教育を受けているらしい。本人や取り巻きの話だと、新入生でいきなり学院武術大会に出場。第二学年で上級生を相手にして一勝。その後は勝ったり負けたりしながらも、武術大会に毎年出場し続けて、ついには最年少優勝を果たした。
私は興味もなかった。だってそれらの功績は私が入学する前の話で、私が入学してからは、私が三年連続で学院武術大会の優勝して、イヒャルドと言われても何回戦で戦ったのか覚えていなかった程度の相手だったからだ。
あの時の私は大人の騎士たちに混じって訓練していて、目標は学院武術大会ではなく、プトレマイオス星皇国剣術大会の優勝だった。お父さんも振るった国宝の聖剣を、私も振るうことを周囲から期待されていたし。
その目標は今年実現して、プトレマイオス星皇国剣術大会の優勝したのだけれど、今年は二代目魔王軍との戦争が始まって本当の実力者たちがみんなそっちへ取られてしまったから、というのが理由にある。悔しかった。実力者たちが居ない中で優勝してしまったことも、国宝の聖剣を使えなかったことも。
けれども、そんな私は来年はもう出場しなくて良いかな、と考えている。だってお父さんが帰ってきて、私専用の聖剣があるのだから、優勝しても得られるものがない。
ともかくイヒャルドは私から見ればその程度の相手だった。
「だってあなたが強いのは聖剣があったからだ。剣術も魔術も、絶対に親父のが上です!」
しかしイヒャルドが臨時講師に来てくれたお父さんへこの物言いをして、私はムカッとして後ろから訓練用木剣でぶっ叩いてやろうかと思った。
「バーランドさんのお子さんか。たしかにバーランドさんは強いけど」
お父さんが私とエリーゼをちらっと見る。
「俺の剣は、この世の誰にも負けない」
お父さんは虚栄でも自慢でもなく、淡々と事実を口にした、そんな感じだった。私は背筋にぞくりと何かを感じて、お父さんから目を離せなくなった。
「だったら見せてくださいよ!」
イヒャルドは頭に血が登っているらしく、さすがにマズイだろと取り巻きが止めても聞き入れようとしない。
「見せる、か。バーランドさんに決闘を申し込むのは、さすがに悪いから、どうするか。剣術大会出場は、カイが許す訳ないしな」
「お父様、試合をするのが最も早いと思います。お父様と彼が試合をすれば納得できるのではないでしょうか」
実は私よりもずっと好戦的なエリーゼが、めちゃくちゃな提案をする。イヒャルドは私の記憶に残らないくらい弱いのに、お父さんと戦えるはずがない。お父さんも渋い顔をしている。
それをイヒャルドがどう感じたのか、イヒャルドの視線がお父さんではなく私へ移動した。提案したエリーゼではなく私なのは謎だ。
「良い提案です。俺はこの一年、死に物狂いで鍛錬を積んできました。一手、ご指南願いましょう」
「まあ君がそうしたいなら、するか」
試合を見るのも勉強になるということで、今日最初の授業はお父さんとイヒャルドの試合見学となった。生徒たちは興味津々で、イヒャルドがどれだけ善戦できるか、一太刀くらいは浴びせられるのではないか、いや今年のイヒャルドは違う、などという話で盛り上がっている。
訓練していた騎士や兵士たちも、それぞれ集まって来た。勝手に訓練を中断したら罰が下るはずだが、指導教官も野次馬になっているので止める者がいない。
「ミアから見て、お父様はどのくらい強いの?」
「え? 魔術じゃなくて、剣でってことだよね。えっと……」
エリーゼに問い掛けられた時、私は答えられなかった。そういえば私もエリーゼも、お父さんが剣で戦っているところは見たことがない。私たちをファストトラベルという空間魔術で色んな所へ連れて行ってくれる時は、魔術でサポートしてくれるだけで、お父さん自身が剣で戦うことはなかった。
どんな戦いをするのだろうか。私もちょっと気になって、二人の動きを見逃すまいと集中した。私だって剣には自信があるし、【剣の英雄】を取得できたのだ。
訓練場の中央でお父さんとイヒャルドが真剣と同じ重さにした木剣を持ち、お互いに礼をする。
次の瞬間に理解した。私はお父さんのことをまるで分かっていなかった。本当の意味でお母さんや伯父さん、エリーゼの見立ても、理解しようとしていなかった。それが嫌でも理解させられたのは、お父さんが試合相手であるイヒャルドの正面に立ち、構えた瞬間。
私は、自分が持っていた木剣を地面に落としてしまった。
剣の神が降臨された。
そんな錯覚が頭に過ぎる。イヒャルドと試合をしようとしているのは、人間ではない。神だ。剣の神が現れた。違う、あれは私のお父さんのはず。理性と感情が一致しない。
そう考えたのは私だけではなかった。才能があると思っていた生徒の一部が、持っていた荷物を地面へ落としたり、力を失って膝を突いたりしていた。大人の騎士や兵士たちはそこまで酷くはないが、息を呑んで顔を青くしている人も多い。
お父さんはまだ試合を始めてもいない。ただ木剣を握って構えただけ。それなのに才能ある剣士たちには、次元の違いを理解させてしまった。
そうなると私のお父さんに対峙しているイヒャルドはどうだろうか。騎士団長の息子なのだから才能はあるし、話を聞く限り努力は怠らない性格なのだろう。偉そうな態度や嫌味な言葉の数々が目立つが、噂話ではそれを裏付ける実績もある。
そんなイヒャルドは発狂した。
「う、うああああぁぁぁぁーーーー!」
私は初めてイヒャルドの気持ちが理解できた。剣に捧げてどんな辛い訓練も我慢してきた。誰よりも剣を上達するために。誰にも負けない自信があった。少なくとも己が成長した先に、その場所があると信じて。目標とする存在に並び立ち、そして超えていくのだと。
だが、その頂点にして神様が目の前に現れた。人類には届かない。お前の才能も努力も実績も何もかもが、天上の神からすれば塵屑だ。あんなものと対峙したら、二度と剣を握れなくなるかも知れない。私のお父さんだけど。
試合開始の合図もなく飛び掛かったイヒャルドに対して、お父さんは絶望的なまでの力の差を教えた。
「感情に任せるな。それじゃあ成長できないぞ」
「遅いぞ。それだと悪魔どころか、上位の魔物も捕らえられない。もっと基礎訓練に力を入れるんだ」
「この程度の威力なら、連撃を考えたほうが良い。強烈な一撃はもっと効果的な場面で入れろ」
「スキルの使い方が甘すぎる。連結や発動タイミングを意識しろ」
「もうバテたのか。ペース配分が悪い。それじゃあ魔物の群れを倒しきる前に動けなくなるぞ」
私のお父さんは講師として改善点を口にしたつもりだろう。けれど端から見ていた私たちにとっては、イヒャルドの全否定である。
やがて訓練場でうずくまり、嗚咽を漏らすイヒャルドがいた。取り巻きも正規の学院講師も他の生徒も、イヒャルドになんて声を掛けて良いか分からない。あとお父さんもオロオロと困っていた。
「最初からお父様に勝てるとは思っていなかったのに、なんで泣いてるの?」
エリーゼがトドメになりそうなことを言いながら首を傾げている。お父さんもエリーゼと同じように不思議がっていたので、訓練が終わった後に私の感じたことを話すと「モーツァルトとサリエリみたいなものか。教えるって難しいな」と口にしていた。




